29 発見
ティリナが見つかった。
それを聞いて、様々な憶測が俺の頭の中を駆け巡った。
果たして彼女は無事なのか。
彼女はなぜ夜遅くまで消息を絶っていたのか。
誰かに彼女が攫われていて、これからその「誰か」と争うことになるのか。
もしくは、もう既に手遅れだったのかもしれない。
……想像すると同時に、背中に冷や汗が走る。
いや、悪いことばかりを考えても心臓に悪い。
もしかすると、城の中で迷子になっただけだったかもしれない。
部屋からの出方が分からなくて途方に暮れていたところを、エルキナかロノアが見つけ出してきた可能性だって考えられる。
しかし、それらをロノアに問う余裕もないほどに、俺は全力で走った。
話で聞くよりも、早く自分の目で確認したかったから。
全力で走り、ロノアに追いつく。
そして、ロノアと共にティリナを見つけた場所へと駆けた。
夜の、薄暗い城の廊下を、ただひたすらに駆けた。
☆ ★
ロノアが立ち止まったのは、居住域の一角にある、一つの部屋の前であった。
つられて俺も、その場に立ち止まる。
扉の奥から声が聞こえた気がして、俺は扉に耳を近づける。
「――ってこと?」
「はい。我々精霊は、他の精霊を感知する機能が備わっております。そのため、『生命の宝玉』はその能力を使って探すのがよろしいかと。ティリナ様も――」
間違いない。
これはティリナと、執事長セバヌスの声だ。
そして、その声色からは、切羽詰まったものは感じ取れない。
声色からも、普段通りのティリナの状態が窺える。
ティリナに大事がなくてよかった。
何者かに攫われたわけではなくて、本当によかった。
ほっと胸をなでおろして、俺は扉から耳を離した。
無事だと分かったので、ティリナを引き戻しに行くために扉をノックする。
入手の許可の返事が来ると思ったら――ドアが開き、執事長のセバヌスが姿を現した。
「いかがなさいましたか?」
「夜遅くまでティリナが帰ってこなくて、心配になりまして。それで、彼女を探した結果、ここにいると分かりましたので、連れ戻しにやってきました」
「それはそれは、失礼いたしました。つい、話に夢中になってしまい、時間を忘れてしまっていたようです。ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」
セバヌスが深く頭を下げる。
部屋の奥では、いつも通りの青色のドレスを着たティリナが気まずそうな顔をしている。
「あの、ええと……ご、ご主人……?」
「どうした?」
「心配かけちゃって、ごめんなさい。ボクがご主人を守らなきゃいけないのに、これじゃあ頼りにならないよね……。本当に、ごめんなさい」
彼女が頭を下げる。
頭を上げることなく、ずっと俯いたまま、誰もが無言の時間が過ぎる。
きっと、頭を下げたまま、俺の返事を待っているのだと察して、それほどまでに反省しているのだと理解して、俺は口を開く。
「頭を上げろ、ティリナ。とにかく、無事でよかった。だから、反省するなら、今回みたいなのを繰り返さないように気をつけてほしいな」
「はい……」
「だから、この話はもう――」
言いかけて、後ろからの足音が聞こえて振り返る。
そんな俺の目には、こちらに向かって走ってくるエルキナの姿が映った。
「ティリナさん?!」
エルキナはティリナを見て、驚いたような、安心したような声を上げる。
そのまま全力で駆けてきたエルキナは、ティリナの前で足を止めた。
はあ、はあ、と息を切らしながら、
「怪我はありませんか? 体調は大丈夫ですか?」
「ボクは大丈夫です……。エルキナさんにも、心配かけちゃってごめんなさい……」
「いや、いいですけど。許しますけど! ……とっても心配したんですよ?! シグトさんに『ティリナがいない』って言われて、ちょっと眠かったのが吹き飛んで心臓が飛び出るかと思ったんですからね?!」
そう言いながら、大げさに胸の辺りをさする仕草をする。
エルキナの口調はどこか冗談のような感じがして、責めるようなものは感じられない。
彼女なりに、失敗をして落ち込んだティリナを元気付けようとしているのかもしれない。
ティリナはそんなエルキナの声を聞いて、ふふっ、と息を漏らした。
そして、顔を上げてここにいるメンバーに目配せして、もう一度改めて謝った。
「ご主人も、エルキナさんも、ロノアさんも。迷惑かけちゃって、本当にごめんなさい」
そんなティリナの言葉に対して。
俺も、エルキナも、ロノアも、各々が許しの言葉を口にする。
ともあれ、これで一件落着だ。
俺はティリナとロノアを連れて、俺の私室まで戻る。
こころなしか、今日はよく眠れそうな気がした。
「ねえセバヌス。もちろん分かってるよね?」
「……はっ。いかような処分でも受け入れる所存にございます」
何やら、後ろで物騒な言葉が聞こえた気がしたが、俺は聞こえないふりをした。




