28 捜索
エルキナの部屋に行く途中にもティリナを探してみたものの、やはりと言うべきか彼女は見つからなかった。
途中で出会った使用人やメイドに聞いても、特に有力な情報を得ることはできなかった。
わかっていたことではあるが、どういうわけか不安が募っていく。
結局、何の情報も得ることが出来ずにエルキナの部屋のある、城の最上階に来た。
一応、貴族の居住域ということで警備はしっかりとされているのだが、俺はエルキナの護衛を仕事としていることもあり、さらにロノアの存在も相まって、ほぼ顔パスで通された。
また、警備をする彼らにもティリナのことを聞いたが、特に情報は得られなかった。
ややあってエルキナの私室の前までたどり着いた。
ドアをノックして名乗ると、どうぞ、と中から返事があった。
ドアを開けると、白いネグリジェを着たエルキナが、城下町を見下ろす格好で椅子に座っていた。
普段の白いドレスよりも薄い生地で、また肌の露出も多い。
血の気のある白い肌と、純白の布地と、薄桃色の髪、それぞれが上手く噛み合っており、とても彼女に似合っていると感じた。
それはひとまず置いておいて。
今は、エルキナの格好よりもティリナの件だ。
彼女はこちらに振り向き、要件を尋ねるように首を傾げたところに、俺は言う。
「夜遅くに失礼する。ティリナについて、何か知らないか?」
「いえ、特に聞いてないですけど……。何かあったんですか?」
「ティリナが帰ってきていないんだ。もしよければ、探すのを協力してほしい」
「えっ? ティリナさんが見つからないんですか?!」
エルキナは慌てて椅子から立ち上がる。
「すぐに着替えてきます!」と言い、走って部屋から出ていった。
正直、ここまで慌てるとは思っていなかった。
だが、思い出してみれば、俺が第一城壁へ向かう任務を遂行する間、エルキナとティリナは二人きりだったし、その前にもティリナはエルキナの隣で励ましていた、ということも見た気がする。
案外と、エルキナとティリナは仲が良いのかもしれない。
あまりエルキナが乗り気でなかったときは何度も頭を下げてお願いする覚悟で来たが、どうやらその心配は杞憂だった。
エルキナの私室に取り残された、俺とロノア。
こうした待ち時間の間にも、ティリナに魔の手が忍び寄っているかもしれない。
俺は焦燥感を胸に抑え込みつつ、ロノアに問う。
「ロノアは、ティリナの行方についてどう思う? 誘拐された可能性はあると思うか?」
「いえ、城内の警備は万全の体制なので、それは考えづらいかと。手練れの暗殺者の出入ならばともかく、抵抗する人間を城から連れ去ることはできないでしょう。この地点で見つかっていないということは、何者かによって城内のどこかに閉じ込められた可能性が高いと思われます」
「ティリナが抵抗する余地もなく連れ去られた可能性は?」
「限りなく少ない、と言わざるを得ません。あれほどの剣の実力を持ちながら、全く歯が立たなかったというのは考えづらいと思われます」
そう言われ、ティリナの素振りの様子を思い出す。
目で追うことができないほどの、始めと終わりしか見えないほどの、素早い一振り。
確かに、あれに勝る人間は殆どいないだろうし、さらに抵抗を許さないほどの実力差を持つ人間となると実在が怪しい。
「また、ティリナ様は精霊であるため、不意打ちによる気絶や毒による昏倒をさせることは不可能に近いでしょう。よって、誘拐によって城外に出されるということは考えづらいように思われます」
「精霊って、不意打ちと毒は効かないのか?」
「精霊は風の動きによって全方位の情報を検知することができます。そのため、不意打ちは限りなく難しいとされております。また、一般的に精霊は人間よりも毒に強く、人間用に調合された毒は精霊にはほとんど効かないでしょう。とはいえ、全く効かないというわけではありませんが」
それならば、城外に運び出された可能性は低いか。
しかし、それは安心するための要素には値しない。
無事である可能性は高いとはいえ、まだ、ティリナが見つかったわけではないのだ。
物事に「絶対」というものは無い。
そんな「絶対」に縋った者から順に、破滅はやってくるというものだ。
そうやって死んでいった者を俺は何人も見てきている。
貧民街でも、冒険者ギルドでもそれは変わらなかった。
だから、早く探しに行かなければ――。
「遅くなってすみません!」
扉が音を立てて開き、エルキナが中に入ってくる。
白を基調にした、動きやすそうな服に着替えられている。
声色には焦りのようなものが滲み出ているが、それは俺の内心も変わらない。
「私は、私じゃないと入れないところを見てきます!」
「ならば俺は、外に手掛かりが無いかを見てくる。ロノアは客室や居住域を頼む」
「かしこまりました。ティリナ様を見つけ次第、もしくはすべての探索を終えた後にこちらで集合するということでよろしいでしょうか?」
「ああ、そうしよう。エルキナもそれでいいか?」
「はい、わかりました! ではさっそく探しに行ってきます!」
焦った様子で、エルキナが部屋を飛び出した。
俺とロノアも、それに続く。
どういうわけか、俺は何かを勘違いしているような気がしてしまった。
☆ ★
城の外に広がっている、真夜中の庭園。
城から漏れ出てくる光と、星の灯りだけをもとに外を歩く。
地面を、植えられた植物を、城の城壁を、注意深く観察しながら。
胸の中に、焦燥感を仕舞いこみながら捜索をする。
外に、城の庭園の付近に、ティリナがいる可能性は少ないだろう。
ロノアも、ティリナは城の内部に残っている可能性が高いと言っていた。
しかし俺は、自ら進んで外の捜索を願い出た。
それはなぜか。
ひとつは、エルキナとロノアが協力すれば、くまなく城の中を探し尽くせるだろうことだ。
逆に、まだ城に来て間もない俺には、城の中で知らない場所が多すぎる。
そういう面で、ティリナの捜索には役に立たないと考えた。
それだけではない。
もしティリナを匿っている輩がいるとして、こちらが城の中でティリナを探していると勘付かれたらまず何をするか。
もちろん、城の外に出るだろう。
そこで俺が外にいれば、俺と遭遇する確率が高まる。
そうでなくとも、城に出入りするために通らなければならない庭園の辺りを探せば、何か手掛かりがあるかもしれないというのもある。
よって、俺は外を歩いていたのだが。
すでに、城の外周を回り終えてしまっていた。
しかし、手掛かりとなりそうなものは何一つ掴めていない。
これが意味するところは、ティリナは外部からの干渉を受けていないということ。
もしくは、証拠を残さないほどの手練れがティリナを攫ったということ。
前者であればロノアかエルキナが何か情報を掴んでいる可能性が高いが、後者であればすでに手遅れである。
ロノアかエルキナが何か手掛かりを掴んでいてくれればよいのだが。
もし、誰も何も分からなかった場合は……。
自然と、胸の鼓動が早くなる。
探し始めてから、かなりの時間も経っている。
すべての探索を終えた後にエルキナの私室で集合することになっていたことだし、そろそろそちらに向かう頃合いだろう。
そこで、ティリナの安否が分かる。
無事であればよいのだが、そうでないならば……。
藁にも縋るような心持ちで俺は庭園を後にし、城の入り口に向かった。
その時だった。
「シグト様!」
城の中から、慌てた様子でメイドの格好をした女性がこちらに駆ける。
その慌て具合から、ティリナに何かがあったのかと、胸の内が一瞬で不安に染まる。
こちらに向かって走りながら、メイド服の女性――ロノアが叫ぶように言う。
「ティリナ様が見つかりました! 至急こちらに!」
「ああ、わかった!」
気づけば、俺は走り出していた。




