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25 大規模魔法陣




 ロノアの案内によって、道に迷うことなく戦線付近までたどり着き、第一城壁守護隊の指揮官と合流することができた。

 そこで領主代理を示す黄金色の徽章を見せると、すぐに指揮官と引き合わされ、指揮官はこちらの情報をすぐに受け取ってくれた。


 軍の関係者が俺のことを疑うことや、事務的な作業により滞りが生じるかもしれないと思っていただけに、思ったよりもあっさりと事が進んで拍子抜けした。

 エルキナから受け取ったこの徽章の信頼性と、防衛隊が壊滅寸前という一刻を争う事態によって話がスムーズに進んだのだろう。


 城の屋上にある大規模魔法陣を撃つ準備をしていること。

 魔法陣の発射合図は狼煙によって行われ、それから軍隊の避難を完了できる最短の時間の後に発射される。

 そのため同士討ちを防ぐために、狼煙(のろし)と同時に撤退の合図を出すこと。

 それまでの間、いかなる手段を用いても敵軍を第一城壁付近で抑え込むこと。

 その全てを、余すことなく指揮官に伝えた。


 そして、任務が完了した俺とロノアはというと。

 第一城壁のやや後ろに位置する見張り台の上にいた。

 石造りの円柱形の建物の上からは、城壁付近での熾烈な戦闘や、城壁の外の自然の景色、そこに陣取る敵軍の姿を見ることができた。

 最前線のすぐ近くの城壁は大きな穴が開いており、そこから敵が進軍し、エリヴィス軍はそれを食い止める形勢となっていた。


 なぜ俺が、エリヴィス城に戻らずにこんなところにいるのかというと。

 指揮官に頼まれて、魔法によって敵軍の足止めに参加することにしたのだ。

 第一城壁守護隊の魔法部隊は白兵戦になった地点で第二城壁まですべて移動してしまったという。


 近接戦闘では魔法を使う時に生まれるタイムラグが致命的なものとなる。

 そのため魔法使いというのは後衛を担当し、射程の長い魔法によって遠距離攻撃や味方支援を使うことが多い。


 だが、白兵戦となると魔法部隊は必要なくなる。

 敵味方が入り乱れた場面では、遠距離からの範囲攻撃は優位に働かないからだ。

 そのため、守護隊が壊滅する前に魔法部隊は避難をして、第二城壁の軍勢と合流し、第二城壁の手前でまた魔法による牽制を行う予定だったらしい。


 よって、現在の最前線には魔法部隊がいない。

 そうなると近接戦闘によって敵軍を食い止めるしかないわけだが、それでは大規模魔法陣の攻撃に敵も味方も巻き込まれてしまう。


 そこで、俺に白羽の矢が立ったのだ。

 どうやら指揮官は、俺がエルキナの護衛であり、魔法を使えると知っていたらしい。

 大軍と渡り合えるほどの魔法の技量は持っていないので一度は断ったのだが、「仲間を見殺しにしたくないんだ!」と何度も頼みこまれて、その懇願に負けて最終的に首を縦に振ることとなった。


 まあ、無理はせずに、やれるところまでやってみようと思う。

 どうやら敵の魔法部隊は、城壁を壊すために大規模な儀式魔法を放ったことで、かなり消耗しているらしい。

 また、見張り台の上は相手の魔法部隊の射程外だから直接狙われることもないだろうとのこと。

 敵軍に一矢報いる隙があってもおかしくはない。


 そんなことを考えていると、指揮官の大声が耳朶を打った。


「総員、撤退! 第二城壁の防衛に向かえ!」


 その声により我に返ってエリヴィス城の方角を見ると、その上空には白い狼煙が上がっていた。

 同時に、眼下に見えるエリヴィス軍が撤退を始める。

 俺の背後に付き従っているロノアは、剣を抜いて周囲の警戒をしている。

 万が一、この建物に敵が入って来た時の備えをしているのだろう。


「シグト様。油断は無きようにお願いします」


「ああ、分かってる。ロノアこそ油断するなよ」


「はい」


 ロノアと短く言葉を交わした後、視線を下に戻して戦況を確認する。

 エリヴィス軍が撤退をし、それをバラディア軍が追う展開になっている。


 俺の役割は足止めである。

 だからといって、白兵戦のど真ん中に霧を撃ち込んでは、味方もまとめて足止めしてしまうことになる。

 よって、俺の狙う先はただ一つ。

 どうしても、敵軍が第一城壁の中に入るために通らなければならない場所。

 一箇所、城壁に開けられた大きな穴。

 俺はそこに照準を合わせ、意識を集中させる。


濃霧の帷(フォッグ)


 足止めの基本中の基本。

 霧によって視界を遮り、往く手を阻む。


 霧の魔法を制御し、濃霧を城壁の穴の付近にとどまらせる。

 すぐさま、こちらの視点からは城壁の穴が霧に覆われ、だんだんとぼやけて始め、ついには見えなくなった。


 しかし、その状態は長くは続かない。

 おそらく、敵の魔法部隊が風の魔法を使って霧を吹き飛ばしたのだろう。

 右から左へと、濃霧が流れていくのを見て、霧の魔法の制御をやめ、次の魔法の準備に移る。


石壁の檻(ストーン・ウォール)


 これは、空中に岩塊を出現させ、使い手の制御によってそれを成形し、石の壁を作る魔法。

 普段は防御に使うことが多いこの魔法だが、壁を作るという性質上、道を塞ぐこともできる。

 ただし、距離が離れすぎていたためか、跳び越せるくらいの大きさの石の壁しか出現させることができなかった。

 そしてそれも、城壁の外側から飛来した氷の弾によって砕かれ、粉々になった。


 もう一度俯瞰して戦況を眺めてみると、すでにエリヴィス軍の大部分が城壁の穴から離れていた。

 それを追って敵軍も侵入してきているが、俺が城壁の地点で足止めしているおかげか、その数はそれほど増えていない。

 狼煙が上がってからも、それなりに時間が経っている。

 もうじき、大規模魔法陣が発動する頃合いだろう。

 だから、もう少しだけ足止めをすればよい。


 相手は複数人が交代で行っているから、俺と戦うことによる消耗は殆どない。

 一方のこちらは、全て俺が魔法を放っている。

 普通に戦うのであれば、一方的に不利になるだけの展開。

 だが、俺の目的は時間稼ぎである。

 持久力勝負をする必要は無い。


 次は、何の魔法を放とうか。

 そう思った直後。


「……っ?!」


 辺りを眩い閃光が埋め尽くした。

 あまりの光量に、思わず目を瞑ってしまう。

 一瞬の後、光が収まったかと思い目を開けようとした次の瞬間――。



 ドゴオオオオオオオオオォォォォン!!!!!!



 空気を、大地を揺るがすような轟音が鳴り響く。

 全てを壊し尽くすような音を耳にして、反射的に両手で耳を塞ぐ。


 目を開けると、砂煙によって視界が塞がれていた。

 これでは、何がどうなったのか分からない。

 この隙をつかれて敵に攻撃されては、たまったものではない。


「ロノア! 目を瞑ってくれ! 魔法を使う!」


「承知しました」


 砂嵐によって、近くにいるはずのロノアさえもぼんやりと輪郭が見えるのみだ。

 だが、普段通りの落ち着いた言葉を聞いて、ロノアが無事であると確信する。


 口を開けることによって砂が入ってきてしまったので、それを地面に吐き捨てて、唱える。


颶風の裁き(イレイス・ウィンド)


 使ったのは、風の魔法。

 本来は暴風によって対象物を吹き飛ばすそれは、俺の制御によって風量が抑えられる。

 もし風量を抑えないとなると、強風に流された砂や小石が直撃して少なくないダメージを負ってしまうことがある。

 また飛んでいった小石が味方の兵士の目に入って失明されるというのも避けたい話だ。


 地面に落ちている小石を飛ばさないように、空気中に舞う砂だけを吹き飛ばすように魔法を制御する。

 周囲の視界が晴れ、敵の姿がないこと、ロノアが無事であることを確認する。

 そしてしばらくして、城壁付近に舞う砂も徐々に薄れ始めた。


 そして、そこに現れたのは――。


 地面が抉れてできた、太い線。

 無理やり地面を削り取ったような跡が、城壁を横切って街の外まで続いている。

 敵軍によって穴を空けられていた城壁は無残に崩れ落ち、瓦礫の山になっている。


 城壁付近にいたはずの多くの敵兵は跡形もなく消え去っていた。

 削り取られた地面と、敵兵と、その武器防具。

 それらは、残骸さえも残さずに、どこかへ消え去っていた。

 よく見てみると、崩れ去った城壁の瓦礫も、抉れて消え去っている部分がある。


 俺の立つ見張り台の後方では、運良く射線から逃れた敵兵とエリヴィスの兵士が戦っていた。

 とはいえ、それを戦いと呼ぶにはあまりに一方的すぎた。

 敵兵たちは統率など無く逃げ惑い、それをエリヴィス軍が蹂躙している様であった。


 もう、先程の負け戦の雰囲気はどこにもない。

 第一城壁守護隊が壊滅しそうになっていた時以上に、今の敵軍は撃滅の状態であった。

 まるで、逃げる獲物を狩る肉食獣のような状況であった。


 もう、戦況が覆ることはあるまい。

 そう判断した俺は、俺に付き従う戦闘メイド――ロノアに声をかける。


「では、城に帰るとするか。案内を頼むぞ」


「かしこまりました」


 こうして、俺たちの戦いは終わりを迎えた。




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