24 戦闘メイド
「ありがとう。助かった」
「いえ、シグト様に仕える戦闘メイドとして当然のことです」
「でも、なんで助けに来てくれたんだ? エルキナの護衛は良いのか?」
「はい。あくまでも、私の主はシグト様でございます。シグト様をお守りするのは当然のことかと。エルキナ様にも同行の許可は頂いております」
どうやら、俺が急いで城を出たとき、後を追うようにしてロノアも城を出たらしい。
しかし、全力でダッシュする俺に追いつくことはできず、ここまで来てしまったのだとか。
それで、立ち止まって戦闘をしているところに、ロノアが追いついたということらしい。
それを聞いて俺は苦笑を浮かべる。
時間制限があると聞いて、飛び出るように城を出たことは否定できない。
そして、この任務は俺一人で行うと思いこんでいたため、周囲を顧みずに全力で走ったのだったか。
そう考えると、ロノアには申し訳ないような気がしてくる。
「すまんな。てっきり俺は一人で任務をこなすものだと思っていた」
「シグト様が気に病む必要はございません。私ども戦闘メイドは、主から必要とされた時に戦い、必要のない時はいないものとして行動する存在ですので」
「気を遣わせて悪いな。……時間もないことだし、情報伝達の任務を続行しようか。ロノアは来てくれるか?」
「はい。シグト様のお望みとあらば」
その返事を受け、俺は周囲の安全を確認し、第一城壁へと向かうため足を踏み出す。
住宅地に立ち並ぶ建物や、第二城壁によって視界が遮られているため戦況は分からないが、まだ手遅れとなっていないことを祈るしかない。
願わくば、第一城壁守護隊が壊滅していないことを。
「……うっ」
後ろからうめき声が聞こえ、即座に振り向く。
目に映ったのは、腹のあたりを右手で押さえ、苦しそうに呻くロノア。
「大丈夫か?!」
「……すみません。私としたことが……」
そう言いつつも膝から崩れ落ちそうになっているのを見て、急いで駆け寄り、彼女を支えながらゆっくりと地面に寝かせる。
彼女の額は冷や汗で滲んでいた。
しかし、今すぐに行うべきことはロノアの治療を考えることではない。
確かにそれも大事ではあるが、もっと重要なことがあることも確かである。
極めて冷静に、落ち着いた口調で尋ねる。
「まだ敵がいたのか? そいつはどこに行ったのか、わかるか?」
「……いえ、先程の敵と戦った時のものです。いったん痛みが引いたと思って油断していたら、この様です……。ご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ございません……」
「そうか、それなら問題ない」
もしこれが、新たに現れた敵の仕業だとすれば、かなり厄介であった。
俺の認識を掻い潜り、ロノアの抵抗も許すことのない、そんなことができるのは相当の実力者ということになるからだ。
しかし、そうでないなら彼女を治療しても問題ないだろう。
治療中、誰かに襲われる可能性も否定はできないが、傷ついた彼女をここに放置をするよりはよほど良い。
とはいえ、治療と言っても俺が使えるのは気休め程度のものだ。
出血も骨折も部分欠損も治すことはできない、あくまで痛み止め程度、自己治癒の促進を促す程度のもの。
それでも、治癒魔法を使える者は少ないらしい。
俺に治癒魔法を教えてくれた冒険者ギルド所属の魔法使いは、俺がすぐに習得したことに対して大変驚いていた。
彼女が躍起になって、さらに上位の治癒魔法を教えてくれるくらいには、治癒魔法を使える人は数少ないということだろう。
結局、さらに上位の治癒魔法は習得することができなかったが。
そんな回想をしながら、意識を集中させる。
透き通った力が右手に集まるように意識し、その力がある程度集まったところでロノアの腹に触れる。
痛みのある部分に直接触れてしまったのか、それとも単に驚いただけなのか、彼女は僅かに身を震わせた。
しかし俺の行動を妨げようとはせず、彼女は自身の手を腹から離した。
俺は彼女の腹のあたりに手を当てて、透き通った力を制御しつつ、呟く。
「治癒の光」
暖色の光が俺の右手から溢れ出し、それがロノアの腹へと吸収されていく。
魔法を制御して、的確に、彼女の痛がっていた場所に効果が出るようにする。
溢れ出る光が、辺りを柔らかく照らし出す。
やがて、柔らかい光が収束し、俺は手を離した。
一応、効果があったのかどうかを確認するために彼女の顔を覗き込む。
そこから読み取れたのは、驚愕と安心であった。
彼女は自ら立ち上がり、身体が動くかどうかを確認した後、俺に対して恭しく礼をする。
「ありがとうございます。おかげですっかり痛みも治まりました。……僭越ながらお聞きしますが、先ほど私に施していただいたのは、治癒魔法でしょうか?」
「ああ。痛みが治まったようで何よりだ。だが、骨折や筋肉の疲労が治ったわけではないから普段通りの動きはできないかもしれないから気をつけろよ」
「承知しました。お心遣い感謝します」
もう一度ロノアはスカートをつまみながら頭を下げる。
いわゆる、メイドの礼というものをする。
彼女が頭を上げるまで待ってから、俺は言う。
「改めて、任務に戻るとしよう」
俺たちの任務は、城の屋上にある大規模魔法陣を撃つことを第一城壁守護隊の指揮官に伝えること。
そして、魔法陣の発射合図についても共有し、同士討ちを防ぐように行動することだ。
そのためには、急がなければならない。
報告では、第一城壁守護隊はいずれ壊滅すると聞いた。
それまでに到着し、情報を共有しなければならない。
さもなくば、大規模魔法陣が撃たれずに終わるか、同士討ちによる大量の死者を出してしまう羽目になる。
俺はロノアと共に、先を急いだ。




