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22 任務




 エルキナに任務を託され、城を出た。

 同時に、彼女から黄金に輝く徽章を受け取った。

 これは領主代理を示すものであり、軍の指揮官に会う際に見せればよいと言われた。

 それを懐に仕舞いこんで、任務を遂行する。


 任務完了は、早ければ早い方が良い。

 そして時間制限は、第一城壁の防衛隊が壊滅するまで。


 防衛隊が壊滅するか、俺が情報を伝えて味方の軍隊が避難の様子を見せたと確認された時、大規模魔法陣が発射される。

 城の上から個人の動きは見えないが、集団の動きであれば観察が可能だという。


 とにかく、時間に余裕はないとのことだ。

 だからこそ、無駄なものは持たずに身軽でいた方がよい。

 城内で、使用人に剣や魔法杖を渡されそうになったが断ったのは、そんな理由だ。


 広大な城の庭園に大勢の民衆が避難してきているのを傍目で見ながら第五城壁を抜け、城下町に出る。

 この辺りの土地は区画が大きいため、ジル・エリヴィスの中では比較的道が分かりやすい。

 城に仕える高官が所有する屋敷の辺りを全力で駆け抜ける。


 第四城壁を潜り抜けると、商店通りに出た。

 いつもならば大勢の人々が行き交い、活気に溢れているこの通りは、今日は全く雰囲気が違った。

 確かに大勢の人たちが路上にいるのだが、それは商店街が賑わっているからではなく、悲壮感を浮かべて避難する人々によるものだった。

 そんな中、人の流れに逆らって、第三城壁へと走る。


 第三城壁には、ところどころに兵士が立ち、主に外敵に対して警戒していた。

 城壁の柱のような円柱形の建物の上では、数名の兵士が作業しているのが見えた。

 だんだんと、前線に近づいている感覚がある。


 横目で兵士の様子を見つつ、第三城壁の城門を潜ろうとしたところで、肌にピリピリするものを感じて立ち止まった。

 戦線が近くなってきて、まき散らされた殺気を拾うようになったのか? と思ったが、それは直後に見た景色に一瞬で否定された。


 城門の外。

 太陽の反射光が目に入り、視界をそちらに移す。

 見張りの兵士が二人。

 黒いローブを着た長身の男が、一人。

 彼は掌を天に掲げており、その上には二つの氷塊が浮いている。

 太陽は雲に隠れたのか、氷塊がもう一度煌めくことはなかった。


 そう考えた、直後。

 二つの氷塊が、まるで何かに突き動かされるように、発射された。

 氷塊は寸分の狂いもなく二人の兵士の顔面に激突する。

 兵士は突然のことに反応しきれず、あっけなく意識を手放した。


 しかし彼はそれを一瞥したのみで、気に留めることはなかった。

 そのまま、城門を潜ってこちらへと歩く。


 こいつは敵だ。

 バラディアの手先だ。

 そう判断すると同時に、彼の言葉が耳朶を打った。


「城からの連絡員、ってとこか。ま、誰だろうと潰すだけの簡単なお仕事よ」


 にやりと笑みを浮かべ、鋭い眼光でこちらを射竦める。


 普通の人間なら、この殺気だけでも動けなくなってしまうのだろうか。

 しかし、俺の生まれ育った場所には、こういう目つきの奴らは掃いて捨てるほどいた。

 別段、恐れる必要は無い。


 しかし、先ほどの氷魔法を考慮するとなると、事情は異なる。

 一瞬で作り上げた氷塊、それを寸分の狂いもなく顔面に直撃させる。

 一般人よりも強いであろう兵士でさえ、反応することすらも許さずに気絶させた、その力。

 俺も全力を出せばそのくらいはできるが、彼は涼しい顔でそれをやってのけた。

 おそらく、本気ではないということなのだろう。


「おっと、だんまり君か。そりゃそうだよな。敵の俺にかける言葉なんて無いもんな」


 そう言いながら、右の掌を天に掲げ、氷塊を生成、即座に発射する。


 大きさ、速さ。

 どちらを考えても、俺が避けることは不可能。

 ならば。


火焔の演舞(ファイア・ノヴァ)


 虚空から炎を呼び出す。

 それを制御し、氷塊の射線上に壁となるように配置する。


 炎の壁に氷塊が直撃し、ジュワッ、と水の蒸発する音が響く。

 氷塊は溶け、徐々に小さく、また速度も遅くなる。


 しかし、用意した炎を通り抜け、俺の間近まで迫る。

 軌道が若干逸れたようで、俺に当たることはなかったが、しかし俺の全力の魔法でも敵の魔法を打ち消すことができない事実が残った。


 これは、勝てない。

 持久戦に持ち込めばどうにかなるかもしれないが、生憎そんな時間は無い。

 俺のタイムリミットは、第一城壁防衛隊が敵軍に突破されるまでの長くはない時間なのだから。


 よって、逃亡戦を選択する。

 逃げながら、どこかで敵を撒いて第一城壁に到達する。

 任務を達成するには、それしかない。

 ならば、手始めに目晦ましだ。


濃霧の帷(フォッグ)


「そうはさせないよ、颶風の裁き(イレイス・ウィンド)


 すぐさま、敵は俺の目晦ましを打ち消す。

 しかし、魔法とは一般的に、念じてから効果が出るまでにはタイムラグがあるものだ。

 事前に準備しておいた濃霧の魔法に比べ、その発現を見てから唱えた暴風は効果が出るのに時間がかかる。

 それは僅かな時間ではあるが、戦いの中でそれは大きな差となる。


 このように、霧が消え去る前に敵の背後を取れるくらいには。


 もちろん、背後から敵に魔法を撃ち込むことはしない。

 これは逃亡戦。

 ここで戦い、無駄な時間を使ってしまっては、目的が達成されない。

 それに、背後から何か魔法を撃ち込むまでのタイムラグの後には既に、向こうも次の魔法の用意が出来てしまい、すぐにとどめを刺せるわけではないのだ。


 剣士の戦いとは違い、魔法使いの戦いは魔法を使おうとしてから実際に発動するまでの時間を考慮する必要がある。

 冒険者の間でよく「魔法使い同士の戦いは遅い」と言われるのは、このような理由である。


 さて、敵の背後を取った。

 背後とはつまり、城門を抜けることができたということである。

 ならば、そのまま走れば、正面から邪魔されることなく第一防壁にたどり着くことができる。


 俺は、敵から逃げ切るために、とにかく全力で走った。




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