21 開戦
開戦時、俺はエルキナの寝室にいた。
同じ部屋にいたのは、ティリナ、ロノア、そして寝台に寝転がったエルキナの3人。
俺は部屋の奥にある大きな窓の付近に立ち、戦況を窺っていた。
同じく、ティリナとロノアも窓の外を眺めていた。
戦線は、膠着していた。
両軍の兵士は一番外側の城壁である第一城壁の辺りに集まり、そこで熾烈な争いを繰り広げている。
敵軍は次々と攻城兵器を運び込んでいる。
破城槌により城壁を壊そうと試みる者、梯子によって城壁を上ろうとする者、バリスタのようなものによって城壁内に攻撃を仕掛ける集団。
様々な作戦を立てたのだろうが、どの作戦も城壁を突破する有効打にはなっていない。
一方で、エリヴィス軍はというと。
城壁の上から弓矢や魔法によって敵軍を攻撃し、敵が壊そうとする片っ端から城壁を強化し、たまに城壁の柱から火炎が放射され敵軍や攻城兵器を轟音とともに消し去る。
籠城兵器である魔法陣は一度使うとしばらくの間は使えないようではあるが、城壁に一定間隔で設置されているために数が多く、また稼働させたときの敵の被害も甚大であるため、一方的にエリヴィス軍が有利といってよい。
今はまだ兵力は敵軍に分があるが、このままいけばいずれ敵軍が壊滅し、勝利を収められるものと思われた。
何度目かの轟音。
城壁の柱のうちの一つが、また炎を吐き出す。
それが部隊の中枢に命中したのか、着弾点あたりの敵軍が蜘蛛の子を散らすように逃げ帰ったところが見えた。
「……私、怖いんです」
ぽつりと、後ろで寝転がっていたエルキナが呟く。
怖かった、というのはエルキナが具合の悪い理由についてだろうか。
エルキナの私室に入る直前に聞いた、彼女の悲鳴のことだろうか。
「戦争が、戦いが、怖いんです」
エルキナの方を振り返ってみると、彼女は体を起こし、窓の方を見ていた。
声を震わせながら、彼女はさらに続ける。
「お父さんとお母さんは、戦いで亡くなったんです。だから、私もそうなっちゃうんじゃないかって……。そう思うと、頭が痛くなってきて……」
「迷惑かけてごめんなさい」と彼女は締めくくる。
辛そうな、申し訳なさそうな表情をして、彼女は俯いた。
「大丈夫だよ。ボクと、ご主人がついてるから。エルキナさんが思いつめることはないよ」
気づけば、ティリナがエルキナの背を撫でていた。
今まで聞いた中で一番優しい声で、ティリナはエルキナを励ました。
そのまま、二人で並んで窓の外を眺めていた。
ロノアはどうしているのだろうかと思い、その姿を探す。
剣に手をかけながら辺りを警戒していた。
そうだ。
俺は、エルキナの護衛としてここにいるのであった。
決して、戦況確認のためでもなければ、エルキナの世話役でもない。
何か別のことをしていて、敵が来た時に対応が遅れてしまったとなれば護衛失格だ。
人の振り見て我が振り直せ、ということわざもあることだし、ロノアに見習って俺も戦闘準備をしておこう。
周囲を注意深く観察することも忘れずに――
「……っ?!」
ロノアが息を呑んで、動きを止める。
急いで俺も辺りを見渡すと、その原因となるものはすぐに見つけられた。
窓の外。
第一城壁の外側。
その上空、城壁の高さよりも若干高いくらいの高度。
そこに、水色に輝く巨大な魔法陣が浮いていた。
その魔法陣は時間とともに輝きを増し、魔法陣を覆うように白い光が蓄積されていき――
――辺りを閃光が包み込んだ。
雷とは比べ物にならないくらいの光量により、思わず目を瞑ってしまう。
おそらく、あの巨大な魔法陣から発射された光線だろう。
直感的に、爆発的な破壊力を持つと認識してしまう、そんな光線。
しかしその光は、一瞬のうちに消え去った。
そして、ひと時の不気味な静寂が訪れる。
嵐の前の静けさ。
そうした束の間の静穏は、即座に終わりを迎える――。
ドゴオオオオオオオオン!!!
轟音。
同時に巻き上がる砂嵐。
城壁の辺りの視界が、一旦遮断される。
風が吹き、立ち込めた砂の壁は色が薄くなり、だんだんと景色が戻ってくる。
城壁の輪郭が見え始め、色が分かるようになり、そして砂が晴れる。
そして見えたのは、一箇所に大穴が開き、崩れかけている城壁だった。
そこから、敵軍がなだれ込む。
対するエリヴィス軍は城壁の穴の周りに集まり、徹底抗戦を行う。
地上で両軍が激突する、白兵戦が始まった。
しかし、押されているのはエリヴィス軍。
バラディア軍の数による攻めにより、少しずつ、でも確かに、エリヴィス軍の被害が増えていく。
そんな時、部屋のドアが激しく叩かれた。
「どうぞ。入ってください」
エルキナが返事をするとすぐに扉が開き、メイドが入ってきた。
腰に剣を佩いており、メイド服も黒と赤の色――ロノアと同じ格好である。
おそらく、戦闘メイドというやつなのだろう。
「報告いたします! 先程、第一城壁が決壊しました! もうじき、第一城壁守護隊も壊滅することでしょう。しかし、敵の侵入ルートは一箇所。敵軍もそのあたりに戦力を集めております。そこで大規模な魔法陣による攻撃をすれば、一網打尽にすることが望めます。どうか、城の屋上にある大規模魔法陣の使用許可を頂けないでしょうか?!」
切羽詰まった口調でメイドは言う。
話の流れからすると、この城の屋上には大規模な攻撃魔法陣があり、それを用いれば敵の猛攻を止められるかもしれないということだろうか。
そして、それの使用権限はエルキナが持っていると。
言葉を向けられたエルキナの代わりに、ロノアがその言葉に応じる。
「あの攻撃魔法陣は大規模すぎるがゆえ、味方をも巻き込んでしまいかねません。それは、エルキナ様の、ひいてはアドレーン家の望むところではないはず。そのため、魔法陣を使う際には前線の軍と連絡を取り、味方を避難させる必要があるかと思われます」
「しかし! そうこうしているうちにも守備隊の崩壊は迫っております! この機を逃せば敵軍を叩くチャンスは訪れないかもしれません! どうか、使用許可をお願いします!」
メイドは、エルキナに向けて深く頭を下げる。
同時に、白い布団の上で上体を起こしているエルキナに視線が移動する。
エルキナの隣に座るティリナが、エルキナに耳打ちをしているような格好が見えた。
耳打ちを終え、エルキナは目を丸くしてティリナを見る。
それに対してティリナは力こぶを見せるような仕草をし、白くて細い腕をのぞかせる。
俺には頼りなさそうに見えたのだが、エルキナにはそうではなかったようで、覚悟を決めたように頷いた。
そしてそのままの流れで、エルキナは俺の方に向く。
自然と、目線が合った。
「シグトさん。連絡係、お願いできますか?」
その言葉に、僅かな時間で考えを巡らせる。
おそらく、こういうことだろう。
城の屋上にある兵器は強力過ぎて、広範囲を攻撃してしまう。
そのため、連絡係が事前にその兵器の使用を伝え、同士討ちを防ぐように働きかける。
もし失敗すれば、多くの敵軍を打倒できると同時に多くの味方軍を失うこととなる。
責任重大だ。
だが、俺はエルキナの護衛である。
エルキナに危機があれば――そう思いかけて、先ほどの事柄を思い出す。
ティリナの剣の扱い。
目にも留まらぬ速さで、慣れない剣を完璧に制御してみせた。
そんな彼女がいるならば、滅多なことではエルキナに危機が及ぶことはないだろう。
そう考えて、俺は頷く。
「わかった。その任務、俺が受けよう」




