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20 勘違い




 ドアの先から聞こえてきたエルキナの悲鳴。

 確実に、扉の向こうでは何かが起きている。

 エルキナが悲鳴を上げるほどの、何かが。


 状況的に、忍び込んだ敵だろうか。

 ならば、躊躇っている暇はない。

 一刻も早く、エルキナを助け出さなければ!


「エルキナ! 大丈夫か?!」


 咄嗟に叫んだせいで敬語が抜けてしまったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 ドアを乱暴に開け放ち、周囲を見渡して状況確認に努める。

 壁際で蹲るエルキナ。

 しかし、どこを見渡しても敵の姿は見えない。

 逃げられたか。それとも、俺が姿を捉えられないほどの実力者なのか。

 ならば、相当厄介なことになる。


 ティリナは扉の外に注意を払い、ロノアは剣を構えながら敵を探す。

 そうすると俺は、エルキナの保護だ。


 周囲に気を付けつつ、エルキナのもとまで駆ける。

 そして、すぐにでも魔法を放てるように意識を集中させる。


 ふと、足をつつかれるような感触がした。

 何事か、と思って振り向くと、エルキナが俺の脚をつついていた。


「あ、あの。ごめんなさい……。敵が来たわけじゃなくて……」


「えっ……? じゃあ、さっきの悲鳴は何だったんですか?」


「それは、その……。ちょっと、思い出したくないことを思い出しちゃいまして……」


 今はもう大丈夫、と言わんばかりにエルキナが立ち上がる。

 そのまま歩き出そうとして――ふらっ、とよろめいた。


 そのまま力が抜けたように真正面に倒れていくのを見て、急いでエルキナの正面に移動する。

 肩を支えても手遅れだと判断して、正面から抱き留めた。


 甘く優しい匂いに包まれ、視界を薄桃色の髪が覆う。

 彼女の着る白いドレスが、ふんわりと俺に覆いかかる。

 胸の辺りには、柔らかい感触がぶつかった。


 彼女は力が抜け切ったように俺に全体重を預けてくる。

 呼気は聞こえるし、胸越しに心臓の鼓動も伝わってくる。

 苦しそうにもしていないし、毒を飲んだというわけではなさそうだが……。


「本当に大丈夫ですか? 休んだ方が良いと思いますよ」


「はい……」


 エルキナはもう一度、一人で立ち上がろうとしたが、さっきと同じように倒れられても危ない。

 そう思い、左手をエルキナの膝の裏あたりに持ってきて、横抱きにした。

 お姫様抱っことも言う。


「ひゃっ?!」


 エルキナは体をビクッとさせる。

 拒絶されたか、と内心で焦る。

 確かに、無言でいきなりお姫様抱っこをすれば、驚くかもしれない。

 反射的に拒絶してもおかしくないし、そもそも立場的に許されない可能性だってある。

 行動に移す前に、一言断っておくべきだった……。


 ここは、謝罪だ。

 誠心誠意、謝って許してもらうしかない。

 立場的に、少女の不興を買ったとなると解雇どころではなく処刑されてもおかしくない。

 そのことに後々ながら気づいて、額に冷や汗が流れる。


「申し訳ありません。不躾な行動でした……」


 急いで、しかし怪我をさせないようにそっと、エルキナを地面に下ろそうとして――。


「あ、いや、そんなつもりじゃなくて……。ちょっと驚いちゃっただけだから、そんなに謝らなくても大丈夫です……。 むしろ、気を使ってくれて感謝してるというか……」


 俺から目を逸らしながら、しどろもどろにエルキナは宣う。

 横抱きから降ろそうとしている俺に対して、彼女は俺の首に手を回すのはどういう意味だろうか?


「ええと、どこに行けばよろしいですか?」


「は、はい。寝室でちょっと休みたいなと思ったので、そちらでお願いします……」


 そう言われ、少し躊躇う。

 なぜならば、高貴な女性は自分の寝室に男を立ち入らせないと聞いたことがあるからだ。

 情報源も確かでないし、うろ覚えの記憶ではあるが、でも確かに筋が通っていると思った記憶があるのだが。

 それとも、エルキナは俺のことを召使いと同じように、道具として扱っていて男としての意識はしていないのだろうか?

 それならば、納得はできるのだが。


 とはいえエルキナに直接頼まれてしまっては仕方がない。

 俺が彼女の寝室に入っても問題ないということなのだろう。

 再び彼女を持ち上げ、お姫様抱っこをする。


 今度は、悲鳴はない。

 それどころか、エルキナは抵抗の気持ちさえないのか、身体から力を抜いて、されるがままとなっている。

 ちょっとした出来心で彼女のエメラルドの瞳を覗いてみると、彼女も俺を見ていたのだろうか、視線が合った。

 彼女は何かを言おうと口を開きかけて、しかしそれをやめて目線を外した。


 なんとなく気まずい雰囲気になったので、その空気を変えるべく俺はロノアを探した。

 彼女は既に剣を納めており、視線が合うとメイドとしてのお辞儀をされた。


「ロノア、エルキナ様の寝室はどこだ?」


「この部屋から出て、すぐ右側の部屋です」


 そう案内すると同時に、ロノアは扉を開ける。

 細かい気遣いに感謝しつつ、俺はエルキナを抱え、教えられた部屋へ行く。


 移動中、耳元でエルキナが「私のことは呼び捨てで大丈夫です」と囁かれたので、首肯しておく。

 公爵家当主様を呼び捨てにするのは畏れ多いが、彼女はもしかすると、身近にいる人に敬語を使われるのは気疲れするような性格なのかもしれない。

 ここは、素直に従っておくのが得策だろう。


 そういえば、部屋を出る際にティリナが羨ましそうな表情をしていた気がする。

 ティリナもお姫様抱っこをしてほしいのだろうか?

 まあ、彼女とはいくらでも時間はあるはずだから、後で確認してみるか。


 というわけで、エルキナの寝室にたどり着いた。

 両手が塞がっている俺に代わり、ロノアが扉を開ける。


 最初に目に入ったのは、城下町を展望できる大きな窓。

 ジル・エリヴィスを俯瞰できる展望台のような景色。

 活気のある人通りと、やや不規則に並ぶ家の並びと、遠くに広がる自然の景色。

 きれいな景色だ、と心から思えた。


 そして次に目に入ったのは、大人3人で寝ても場所が余るような大きな寝台。

 純白の布団は遠目から見ても柔らかそうであり、さぞかし寝心地が良いだろうなと思った。

 そう思いつつも、俺が寝転がることはさすがにまずいと分かっているので、気持ちを抑えてエルキナを横たえた。


「すみません。ありがとうございます」


「いえ、お役に立てて幸いです。あ、そういえば敬語を使わない方が良いんでしたっけ?」


 まさか、呼び捨てにしながら敬語を使え、ということは無いと思って聞いてみたが、その通りであったようだ。

 エルキナは首肯して、言葉を続ける。


「あー、そうですね。その方が私としても気疲れしないで済みます」


 そう言いながら彼女は寝台の上でくすくすと笑う。

 そんな彼女を見て、気持ちが落ち着いたようで何より、と俺は安心した。

 先ほどの、追い詰められたような表情はどこにも見当たらなかった。


 直後、窓の外の景色の一部が赤く光った。

 赤い閃光が、城壁から外に向かって発射された。

 遅れて、天を穿つような轟音が辺りに響き渡った。


 それが、開戦の合図となった。




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