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02 路地裏の少年




 光というものがあれば、必ず闇も存在する。

 明るい部分があれば、当然暗い部分も存在する。

 ひとつ定義を作るとなると、それに対を為す存在も必ず生み出される。


 ここは、統治の光が届かない闇の部分。

 いわゆる貧民街と呼ばれる、薄暗い路地の上。

 襤褸家やあばら家が立ち並び、そこかしこに腐乱臭が漂っていた。

 廃屋に住み着く者や、路上で生活する者で溢れるその区画の人々はみな、目に光を灯していなかった。

 その日暮らしのために薄給で違法な仕事をこなすか、窃盗によって生計を立てて、破綻した者から順に死んでゆく。

 生き甲斐もなく、死にながら生きている者たちの集まり。

 未来など無く、ただただその日暮らしをして死にゆくだけの人の群れ。


 そんな光のない世界の中に、一人の、10歳に満たないような少年がいた。

 それが、俺だ。


「おい、なにボケっとしてるんだよ。さっさと行ってこいよ」


 後ろから乱暴に肩を掴まれた。

 振り向いてみると……ああ、やはり彼だ。


 彼の名は、ジェイグ。

 くすんだ灰色の髪、獲物を狩るような鋭い目、黒ずんだ褐色の肌。

 15歳くらいだと本人は言うが、そこらの大人よりも高い背丈で俺を見下ろしている。


「ああ、悪い。ちょっと寝不足でね」


「ったく、他の奴らに迷惑かけんなよ」


「わかってるって」


 他の奴ら。

 そう。

 俺は、縄張りの一員なのだ。


 そもそも、貧民街で子供が生きていくためにはどうすればよいのかという問いに、答えは一つしか存在しない。

 一人で生計を立てることもできず、すぐに体調を崩し、大人に騙されやすい子供だ。

 治安の良い場所でも子供が一人で生きていくには大変だというのに、まして貧民街ならば。

 貧民街で子供が一人で生きていくことは、無理といっても過言ではない。


 だからこそ、子供同士で集まって、縄張りをつくるのだ。

 年長の者が縄張りを管理し、年少の者でも死なないように助ける。

 年長の者が働いた金で食べ物を買い、足りない分は他人から盗み、奪って生計を立てる。

 成長過程で、生きる術を年長の者から教わっていく。


 そして時が経ち、助けられた者が年長になると、今度は助ける側に回る。

 さらに年少の者を守り、生きる術を教えていく。

 そうすることで、貧民街で子供が生きていける。


「まあ、今回のお前の仕事は別に違法行為ってわけじゃないから、滅多なことでは失敗しないと思うがな」


 そう言って笑いかけるこいつこそが、俺が所属している縄張りのリーダーのような奴だ。


 今日、俺が指示されたのは貧民街の外にある八百屋へ買い物に行くことだ。

 ただし、可能な限り値切ること。


「あそこの親父は偏屈だから、値切るのは難しいと思うけどね」


「違いねえ」


 ジェイグに背を向けて、目的の八百屋を目指す。

 薄暗い路地で、危ない輩に目をつけられないよう周囲を警戒しながら歩く。


 今日も俺は、生に必死にしがみつく。




 ☆ ★




 夜。

 月明かりと、都市部から漏れ出る僅かな灯りだけが、襤褸家の並んだ街を仄かに照らす。


 灯りというのは贅沢の象徴だ。

 灯りを得るためには、消耗品である蝋燭や比較的高価な燭台などが必要になる。

また火の魔法を満足に使えない者は火起こしの魔道具という消耗品も合わせて購入して使わなければならない。


 魔法で一時的に火を起こすことはできるが、それを長時間継続させるとなると相当の技量が必要になってくる。

 それができるのは、魔法使いとして教育を受けた者の中でも一握りだという。

 もっとも、そのような魔法の腕を持つ人間は金を稼ぐことも容易らしく、ほとんどの者が蝋燭に火を灯して明かりを得るという話だが。


「今日も悪いな、シグト」


 俺の魔法で作った火の玉から発せられる光の下で、ジェイグが銭貨を数えている。

 もちろん、そこに金貨や銀貨といったものは存在しない。


「悪いと思うなら控えてくれ。俺は眠いんだ」


 昼間に俺が寝不足なのは、だいたいがこいつのせいだったりする。


「ああ、考えておく。……でも、お前はいいよな。こんな魔法が使えるなら将来は安泰だろ」


 まあ、ジェイグの言う通りだ。

 俺は、魔法で火を起こし、長時間継続させることができる。

 さらに制御も完璧なので、建物の中で火を使っても燃え移る心配もない。


 教育を受けていない俺が、なぜこのような魔法を使えるのかは分からない。

 だが、どういうわけか、火の魔法に限らず様々な魔法を使うことができるのだ。

 誰かに教わったわけでもなければ、魔術の教本を読んだというわけでもないというのに。


「変な奴に目をつけられないことを祈ることにするよ」


「そうだな。祈るべき神がいるのかどうかは置いといて」


 再びジェイグは銭貨を数え始めたので、俺は照明に徹する。

 他の仲間は、別の部屋で雑魚寝をしている。

 夜の見張りを割り当てられた者は入り口付近で外を警戒している。


 夜の静寂は、仄暗い襤褸家の中の音をより一層引き立てていた。


 銭同士がぶつかり合う音。

 見張りの二人がひそひそと話し合う音。

 襤褸家の隙間から吹き込む風の音。


 そんな中で、黙々と時間だけが過ぎていき――



「大変だッ! 人攫いの奴らが来た!」



 突如として、静寂は打ち破られた。





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