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18 宣戦布告




 バラディアからの宣戦布告。

 それは、ジル・エリヴィスの側からすれば、完全に予想外の出来事であったという。


 バラディアとジル・エリヴィスは、この戦乱の時代において互助同盟を結んでいる。

 にもかかわらず、何の断りも予兆もなく、いきなりの宣戦布告であった。


 バラディアは、この国――ルムリア王国の南の国境沿いに位置し、広大な大地に広がる農業が盛んな都市である。

 市街地には多くの人間が住んでおり、それを取り囲むように農地が広がる都市。

 また、広大な大地の半分は未開の地であり、その国境沿いという地理も相まって、一般的にはこう呼ばれる。

 辺境都市バラディア、と。


 ジル・エリヴィスの南にある、辺境都市。

 領主は、ライド=ガルヴァス・フォン・バラディン辺境伯。

 バラディン家はルムリア王国の建国時から王に仕えてきた名門の武家である。


 そのさらに南、国境の向こうには、ガビニア帝国がある。

 帝国と王国はこれまで度々対立し、そのたびにバラディアが先鋒となり帝国と戦ってきた、ルムリア王国にとっての忠臣ともいえる。


 しかし現在は、ルムリア王家の力が弱まり、領家同士で争う群雄割拠の時代になっている。

 だからこそ、権力が乱立し戦乱の時代となっているわけだが。

 バラディン辺境伯は、自らの勢力を守るためにジル・エリヴィスを治めるアドレーン公爵家と同盟を結んだのだった。


 にもかかわらず、ここにきていきなり同盟を一方的に破棄し、宣戦布告を行った。

 それはアドレーン家に対する裏切りと呼んでもよい。


 さらに、ある情報によると、バラディン家はガビニア帝国と手を組んだという。

 幾度となく、ルムリア王国と矛を交えてきた、強大な帝国。

 王国全体で戦って互角だったのにも関わらず、王国内が完全に分裂しているところに帝国が関与すれば。

 いずれかの勢力に帝国が加担したとなれば。

 その結果は、火を見るよりも明らかだった。


 それが最も顕著に表れたのは、兵力の差で合った。 

 エリヴィス軍が1500であるのに対して、バラディア軍は7000と、こちらの5倍弱の兵力を有している。

 さらに、エリヴィス軍が徴兵による寄せ集めの軍隊なのに対し、バラディア軍は専業軍人や傭兵の割合が多い。

 籠城は守る側が有利であり、兵力の3倍ほどの実力を得ると言われているが、それを考慮してもなお、バラディア軍には及ばない。


「なあロノア、今回の戦争、勝ち目はあるのか?」


 戦時中の臨時の部屋として俺に割り当てられた城の上階の部屋にて、俺とロノア、そしてティリナは窓の外の景色を眺めていた。

 この戦争についてロノアにいろいろと聞いてみたのだが、どうにも絶望的な状況のように聞こえる。

 そのため、ロノアに勝ち目について聞いてみたのだが――。


「正直、厳しい戦いになると思われます。いくら、歴史上何度も帝国の侵略を食い止めてきた難攻不落の城郭都市ジル・エリヴィスといえども、この兵力差で勝ちを収めることは困難を極めるのではないかと……」


 言葉を濁しつつ、ロノアは城壁の方に目を向ける。

 城壁の等間隔ごとに立てられた、柱のような円柱形の建物が立ち並んでいる。

 その屋上には、遠目からも見えるような大きさの魔法陣の数々。

 これは、籠城兵器とでも呼ぶべき、攻撃魔道具だという。


 城壁は、城を囲むものが一つ、街を囲むものが四つ。

 五重の防壁が、この街を、そして城を守るように配置されている。

 そのそれぞれに、円柱形の建物が等間隔で建てられており、屋上には魔法陣が展開している。

 難攻不落の城郭都市というのも納得である。


 視界を城壁の内に移すと、迷宮のように入り組んだ道が見える。

 あの辺りは、俺が最初にジル・エリヴィスに来た時に、迷った場所だろうか。

 眼下に見える5つの城壁は、いずれも出入口が一か所に限定されている。

 仮に敵の侵入を許しても、出入り口を制限することで迎え撃つことを容易にしているのだろう。


 そんな市街地では、かつてないほどの人でごった返していた。

 領主からの命令という名目のもと、女性、子供、老人の避難が進められていた。

 実際、企画をして実行に移すまで、全て執事長のセバヌスがやったらしいが。


「そういえば、ロノアさんは昨日と服装が違うけど、戦ったりするの?」


 ティリナの言葉に、改めてロノアの格好を見てみる。


 今日のロノアの格好はこの城のメイド共通のメイド服ではなく、黒と赤の色遣いで、動きやすさを重視したエプロンドレスである。

 また、頭にホワイトブリムは着用しておらず、艶やかな黒い髪がいつもより際立っている。

 さらに、腰には体格に見合わないような長剣を佩いており、メイドというよりはむしろ用心棒のようにも見える。


「はい。私は幼少の頃より剣を修めておりましたゆえ、シグト様に仕える前は、エルキナ様の戦闘メイドとして働いておりました。とは言っても、シグト様と争えばすぐに負けてしまうでしょうが……」


「それは買い被りすぎだ、ロノア。確かに十分な距離があれば剣士より魔法使いの方が強いだろうが、至近距離だと何もできずにやられるだろうからな」


「セバヌス様も同じことを言っておりました。おそらく私がシグト様のもとで働くというのは、私が剣によってシグト様を守る使命があるという意図もあるのだと解釈しております」


「そしたら、ボクと一緒の役割だね。ロノアさんの足を引っ張らないように頑張るよ」


「そうなんですか?」


 ロノアは驚いてティリナを見やり、俺も「えっ?」と声を上げてしまった。

 ティリナが武器を持っているところは見たことが無い。

 戦えるとしても、精霊術や魔法がメインだと思っていたのだが。


「そうなのか? ティリナ」


「あー、ご主人にも言ってなかったっけ。ボク、こう見えて剣も使えるんだよ? ロノアさん、ちょっと剣借りてもいい?」


「構いませんが……」


 ティリナはロノアから剣を受け取り、部屋の中央まで歩いて行く。

 きょろきょろと見渡して周囲に邪魔になるものがないことを確認した後、鞘を付けたまま素振りをする。

 ティリナの手元から青白い光が僅かに発せられ、次の瞬間、ヒュン、と風を切る音を立てながら、剣を振りぬいた。

 残像が残るような速さで、剣筋を見ても一流の剣士のものとわかる。


 さらにそこから、ひゅんひゅん、と2回ほど風を斬った音が聞こえた。

 それを見て……否、見えなかった俺は驚愕を隠せなかった。


 先ほどよりもさらに速い素振り。

 さらに、1回目と2回目の間、剣を振る方向を変えたときでさえ、その剣を捉えることはできなかった。

 始まりと終わりが見えただけの、途轍もなく速い素振りだった。


 慣れない剣にもかかわらず、さらに身長に似合わない長剣にもかかわらず、その上、鞘がついていて振りづらいにもかかわらず。

 そんなことを気に留めた様子もない、凄まじいとしか言いようのない素振りであった。


「貸してくれてありがとう。ボクの素振り、どうだった?」


 ロノアのもとにティリナが歩いてゆき、借りていた剣を差し出した。

 それを目で追っていた俺も、自然とロノアの方に目が行った。


 ロノアは、固まっていた。

 目を見開いたまま、口を半開きにさせ、氷漬けにされたように硬直していた。


「おーい、ロノアさん?」


「は、はい。すみません。私としたことが……」


 ティリナから剣を受け取り、腰に差し直す。

 その際、ロノアの手元が少し震えているように見えた。


「すごいんだな、ティリナ。剣が見えなかった。最初に手元が光ったのは、精霊力を使ったのか?」


「さすがご主人、よくわかったね。精霊力を使って身体強化して素振りしたんだ。ただ、あまり長い時間やると精霊力を使い果たしちゃうから、あんまり頼りにしないでね。あくまでこれは、非常時にご主人を守るためのものだから」


「……これでは、私は足手まといになってしまいますね」


「ううん、そんなことないよ。ボクには時間制限があるからね。それに、ロノアさんも強いんでしょ? 訓練を積んだ人の佇まい、って感じがするもん」


「そう言っていただけると幸いです……」


 ロノアは謙遜しているが、彼女もかなりの実力者なのだろう。

 でなければ、領主であり公爵家当主のエルキナの戦闘メイドなど務まらないだろう。

 ティリナも言う通り、ロノアの普段の佇まいは歴戦の兵士のように隙が無いことだし。

 ただ単に、精霊力を使ったティリナが規格外だというだけで。


 そういえば、エルキナといえば。

 護衛のための打ち合わせのため、エルキナの私室に呼ばれていたのだった。

 そろそろ、約束の時刻になった頃だろうか。

 窓の外の時計塔を見てみると、もうすぐ正午の鐘が鳴る時刻――約束の時刻の5分前を指していた。


「では、そろそろ仕事の時間だから、エルキナ様のところに向かう。ロノア、案内してくれ」


「はい、わかりました」


 気持ちを切り替えたように顔を上げ、ロノアは俺に一礼をする。

 そのままロノアが先導し、俺、ティリナの順で部屋を出る。


 城内の最上階まで上がると、明らかに城内の雰囲気が変わった。

 床には赤い絨毯が敷かれており、壁には等間隔に絵画が掛けられている。

 綺麗な色彩の風景画や奇抜な模様を描いた抽象画が、金や銀の装飾が加えられた額縁に飾られている。


 そんな廊下をロノアの先導で進むと、突き当りの扉まで来た。


「ここがエルキナ様の私室です。おそらく、今の時間はここにおられるかと」


 そう言うと、ロノアは俺の後ろに控えるように移動した。

 一歩踏み出し、シンプルな模様の白いドアの前に立つ。


 そうして、ドアをノックした。

 しばらく反応がなかったので、こちらから要件を伝えた方が良いのかと思って口を開きかけて――


「打ち合わせに参り――」


「ひぃっ!」


 突如、扉の内から聞こえた悲鳴で口を噤む。

 年若い少女の、押し殺したような叫び声。

 この声といい、場所といい、間違いなくこの悲鳴はエルキナが上げたものだ。


 扉の中で、何らかの異変が起きている。

 エルキナが悲鳴を上げるような、何かが。

 瞬時に俺は、そう結論付けた。


 もう敵はここまで来ていたというのか。

 この城を囲む兵士に、この城の中で働く者に一切気づかれずに、エルキナの部屋にたどり着いたというのか。

 それができるだけの実力者が、扉の先にいるのではないか。

 そう考えると、自然と鳥肌が立った。


 俺は、エルキナの護衛として雇われた身である。

 ならば、ここはすぐにでも駆け付けなければならないのではないか。

 手遅れになる前に、助けに行かなければならない。

 迷っている暇はないのだ。


 ちらと後ろを振り返り、ロノアと視線を合わせる。

 ロノアは俺の意図に気づいたようで、首肯を返した。


 扉へと向き直る。

 今は礼儀作法など後回しだ。

 ドアノブを手荒につかみ、強引に扉を押し開けた。




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