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15 メイドとゲーム




 あの後、ティリナの処遇についての話となり、今後は一人の客人として扱ってくれることとなった。

 危うくティリナと別の部屋にされそうになったが、同室で大丈夫だと言うとすんなり聞き入れてくれたので助かった。


 そんなわけで、無事に俺の部屋へと戻ることができた。


 アンティーク調のタンスに、白く柔らかそうな布団のかかったベッド。

 木目の入った机と、クッションの敷かれた椅子。

 豪華な見た目ではないが、過度に飾ることの無い、品のある感じがする。


 壁には、一枚の絵画が掛けられている。

 天にそり立つ白亜の城と、城下町、そして海が広がる幻想的な風景を映したような絵だ。

 絵画の良し悪しはよくわからないが、そんな俺でも趣の感じられる作品だ。


 俺はベッドの端で座って、ぼんやりと壁画を眺めていた。

 やることもないが、寝るのにはまだ早い。

 そんな時は最近あった出来事を頭の中で整理しようかと思い至ったとき、ふと、肩に何かがぶつかった気がした。


 振り向くと、いつの間にかティリナが姿を現していた。


「ティリナ、どうした?」


「ちょっと、人肌恋しくなっちゃって。嫌だった……?」


「そんなことはないよ。ただ、何か用事があるかと思っただけだ」


 そう言い終えると同時に、肩にかかる重さが増した。

 完全に、しなだれかかってきたようだ。


 そんな彼女を見て、はたと思い至る。

 いつか聞こうと思っていて、しかしまだ尋ねることができなかったことを。


「そういえば、これから俺はどうすればいいんだ?」


 ティリナの言う通りにすればいい、とは聞いていたが、具体的な方針のようなものも気になるのだ。

 今回のように、俺が決定権を握ることも少なくないだろうし、そういう時に、自身が目指すべき方向を知っているかどうかで判断も変わってくるだろう。


 俺の興味という面でも、世界を救う具体的な方法というのは気になるし。


「うーん、しばらくは、ここで働いていていいと思うよ。そんなに急ぎの旅でもないし」


「じゃあ、急がなければいけないのはどういう時なんだ?」


「例えば、『元始の魔獣』の復活が近づいたとき、とかかな。まだ、復活までには時間がかかると思うけどね」


「『元始の魔獣』……?」


「……あ、ごめん。ご主人、あの時の記憶が無いんだったね」


「一回生まれ変わってるみたいだしな」


「うん、そうみたいだね……」


 若干悲しそうな顔をするティリナだが、すぐに表情を切り替えて、人差し指で「1」のマークを作った。


「気を取り直して、まず『元始の魔獣』について説明しなきゃね。あと、私たちが何を目指せばいいのかについてなんだけど――」


 彼女の話を要約すると、こういうことになる。


『元始の魔獣』は、世界に埋め込まれた、最古の魔獣である。

 それは、世界の崩壊を告げる魔物であるとされ、世界の終わりを防ぐためには何としても復活を阻止しなければならない。

 そして、その『元始の魔獣』は『魔獣の祠』に祀られており、近辺には奈落の入り口がある。

 その奈落は『世界のコア』とつながっており、そこに『元始の魔獣』を封印できる神具が眠っている。

 そこにある神具を手に入れ、『元始の魔獣』の復活を阻止し、未来を切り開くのが目的だという。

 しかし、奈落の入り口から『世界のコア』にたどり着くためには『生命の宝玉』が必要で、それが無い場合は奈落の底へ落ち、決して助かることはないのだとか。


 正直、何が何だかよくわからないが、理解を急ぐ必要もない。

 まだ時間はあるという。

 その間に、いろいろと情報を集めて、理解を深めていけばいいだろう。


「まあ、だから手始めに『生命の宝玉』を――」


「ういっす! メイドのチェリスだぜ! 今日からよろしく!」


 突如。

 扉が開け放たれ、現れたのはメイド服を着た少女。

 部屋の入り口で、ビシッと敬礼をしている。


 橙色のショートヘアの、小柄な少女。

 俺よりも年下で、11、2歳くらいに見える。

 心なしか、白地に黒の模様の入ったメイド服のサイズが合っていないような気がする。


「おう、よろしく」

「よろしくお願いします」


「オレはメイドだから、そんなに固くならなくていいからな!」と言いながら、ずかずかと部屋の中に入ってきて、ふと机の前で立ち止まった。

 そして、手に持っていた荷物を置く。

 木製の、正方形の板のようなものに、白と黒の小さな置物。

 板には模様がついており、濃い色の正方形と薄い色の正方形が交互に並んでいた。


「さっそくだけど、ゲームしようぜ! そこのお兄さん、相手を頼む!」


「ええと、何のゲームだ? 俺はゲームには詳しくないんだが」


「おっと、お兄さん、このゲームを知らないのか。これはチェスって言ってな、オレとセバヌスで作ったんだ! すっげえ面白いんだぜ!」


 なんとも要領を得ない説明だが、とりあえずチェリスがチェスというゲームをやりたいということは伝わってきた。

 というか、チェリスとチェスの名前は似ているが、目の前にいる少女の名前がゲーム名の起源だったりするのだろうか。


 そういえば、チェスという名前はどこかで聞いたことがある気がする。

 俺の記憶が正しければ、この国の貴族の間で最近流行っているゲームの一つだったか。

 何をするのか分からないが、とりあえず悪いことは起きないように思う。


「わかった、やろう。それで、そのチェスってのは、どういうルールなんだ?」


「ルールは簡単だ。この、頭の形が十字になってるキングをめぐって争うゲームさ。自陣の色のキングを守り切って、敵陣の色のキングを先に取った方の勝ち。どうだ、簡単だろ?」


 俺は無言で頷く。

 相手の色のキングを先に取った方が勝ち。

 単純明快なルールだ。


 チェリスが机を部屋の中央に移動させ、盤上の駒を手早く並べ、黒い駒が集まった方に彼女は立っている。

 ということは、俺はおそらく彼女の対面である、白い駒が集まった方に立てばいいのだろう。

 机の前に立ち、さっそく盤上に並べられた駒を触ろうとして、チェリスが「ちょっと待った!」と俺の行動を止めた。


「普通にやっても十分面白いんだけど、何かを賭けた方がスリル満点でもっと面白くなるんだぜ。お兄さんも賭けに乗らないか?」


「どんな賭けだ?」


「勝った方が負けた方の言うことを一つ聞く、っていうのでどうだ?」


 この条件だと、勝った方が負けた方に途轍もない要求をするのが普通だろう。

「私の奴隷になりなさい」とか「一夜限りの関係を」みたいな要求をされたとしてもおかしくない。


 だが、このメイドはそういうことを言いそうな雰囲気は無い。

 もし俺が負けたなら、「今度の昼飯おごりな!」とか「もう一回ゲームしようぜ!」とか言いそうである。


 雰囲気で人を決めつけるのもよくないが、ここはチェリスの楽しそうな口調と俺の感覚にしたがってみるとしよう。

 一応、釘は刺しておく。


「よし、わかった。ただ、あまり過激なことは言うなよ」


「わかってるって。そんな酷いこと言わないよ」


「あと、ひとつ確認なんだけど、このゲームって相手側のキングを取れば勝ちなんだな?」


「そうだぜ? 何か分からないことでもあるのか?」


「いや、大丈夫。ちょっと確認したかっただけだ」


 勝利条件は、相手側のキングを取ること。

 敗北条件は、自分側のキングを取られること。

 やはり、単純明快だ。


「それじゃ、始めよっか。お兄さんから始めていいぜ」


 先攻を譲られ、俺はにやりと笑う。

 さて、では始めようか。


 俺は、盤上の駒へと手を伸ばし――






――チェリス側にある、黒色のキングを手に取った。




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