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14 護衛




 目的地に着くまで、彼女は無言だった。

 たまに俺の方に目線を向けてくることはあったが、特に何も言われなかった。

 顔色を見る感じだと、何を話せばいいか分からない、みたいな感じだろうか。


 俺はと言えば、窓の外の景色を眺めつつ、「何か面白い話をしてください」みたいなことを言われた時にどうしようかとずっと考えていた。

 貴族令嬢が面白いと思う話ってどういう話なのか……、と必死になって悩んでいたのだが、それは杞憂に終わったようだった。


 そんなわけで、馬車がたどり着いたのは、街の中心部に位置する圧倒的な城。

 名を、ジル・エリヴィス城という。


 身長の5倍はあるような、圧倒的な存在感を放つ、石の城壁。

 石を積んで作られたであろう大きな城門をくぐると、そこには一面の庭園が広がっている。

 赤や黄色の花が咲く区画、緑の芝となっている区画、今はまだ何も植えられていないため土が見えている区画。

 そして自然の中で休憩するためなのか、庭園の中央の辺りには屋根のついた建物に、机と椅子が備え付けられている。


 さらにその奥に進むと、右側に石造りの宿舎群があり、左側には倉庫のようなものがある。

 そして中央には、この城のメインとも言っていい、壮大な建物。

 円柱形の建物が5本ほど横並びに(そび)え立ち、それらが城壁くらいの高さの建物で繋がっている。

 中央部は円柱の建物がより一層大きくなっており、頂上には円錐形の屋根が天へと連なるように佇んでいる。


「そういえば、エルキナ様はどういう立場なんですか?」


 この城に案内されるということは、この街の領主の娘、というのがもっともありそうな話ではあるが、一応聞いてみた。

 情報収集の意味もあるが、この先、どんな立場の人が出てきて、どういう話になるのか、ということの心構えをするために。


「ええと……。今は、この街の領主で、アドレーン公爵家の当主で、王位継承候補者です」


 その言葉を受けて、この少女が思ったよりも偉かったということに驚いた。

 見るからに世間慣れしていないのにもかかわらず、本当にそのような役職が務まるのだろうか?

 いや、そういう時は後見人や補佐官が実質的な政治をするのだったか。

 情報源も確かでないうろ覚えの記憶だが、そうだったような気がする。


 話を聞くと、アドレーン公爵家の当主となったのはつい最近のようだ。

 というのも、エルキナは前当主ガルニアとその正妻の一人娘であり、また、その両親は戦乱の中で命を落としたため、エルキナが若くして当主になったのだとか。

 そして、エルキナの父であり前当主のガルニアは先王の弟であり、エルキナは王族の血を引いているということで、とある派閥から王位継承候補者として祭り上げられているのだと教えてくれた。


 そんなわけで、エルキナが思ったよりも波乱万丈な人生を歩んでいることを知ったところで馬車が止まった。

 俺は執事然とした使用人に客室へと案内され、そこでゆっくりくつろいだ後、メイドに晩餐の案内をされて今に至る。




 ★ ☆




 晩餐をすると言われ、案内された場所に行くと、すでに準備が出来ていたようだった。

 長机には所狭しと料理が並んでおり、俺のために用意されたであろう椅子の対面には、エルキナと、白髪の混じった髪の執事のような男が座っていた。

 その執事が一瞬、俺を見て驚いたような表情をした。

 すぐにその表情を元に戻し、平然とした顔で呟いた。


「ほう、精霊を使役された方でしたか」


 そう言われ、思わず周囲を見渡してしまった。

 ティリナが言いつけを破って外に出てきたのだろうか。

 精霊を連れている者は稀だし、ティリナが見つかると、怪しまれたり目を付けられたりしそうだと言ってあったのに。


 しかし、そんな思考とは裏腹に、周囲を見てもティリナはいない。

 それに、なんとなくティリナが俺の中にいるような感覚もする。


 では、なぜ俺が精霊を使役していると分かったのか?

 ティリナが姿を現しているときに、俺を見かけたのか?

 いや、ティリナはこの街に来て以降、一度も外には出ていないはず……。


「おっと、失礼。わたくしは執事長のセバヌス・チェンと申します。シグト様も席にお付き下さい」


 席を勧められると同時に、近くにいたメイドが俺の椅子を引き、そこに俺は座る。


「なんで、俺が精霊を取り込んでいると分かったんですか?」


「いえ、何か確固とした理由があるわけではございません。もっと感覚的な話でして、精霊を使役する方は、普通の人間とは違う雰囲気を持っているのですよ。もっとも、わたくし以外でこのようなことを見分けられる者に出会ったことはございませんがね」


 感覚、か。

 でも、何かが普通の人と違うのは確かなのだろう。

 ティリナが姿を現さなくとも精霊の存在が分かる、ということは、頭に入れておいた方が良いかもしれない。


「では、世間話もほどほどに、食事の方を楽しんでいただきましょうか。あまり長い間待ってしまうと冷めてしまいますしね」


「はい。では遠慮なく」


 手元に置いてあったナイフとフォークを持ち、机に並べられた料理を少しずつ自分の取り皿へと貰っていく。

 白いパンにオートミールのクッキー、豚や鳥などの肉、野菜の盛り合わせなど、どれも美味しそうな料理が並んでいた。


 その中でも、特に気に入ったのが、仔豚を厚切りにした焼肉だ。

 脂がのっていて、柔らかく、くせのない味わい。

 少し辛めの調味料も、その味を引き出していた。

 もしかすると、今まで出会った食事の中で一番美味いかもしれない。

 さすがは公爵家の食卓だ。


 ちなみに、食事中に何かを話すのはマナー違反のようで、俺が何かを食べているときはエルキナもセバヌスも、それぞれ自分の食事に集中していた。


 腹いっぱい食べ、少し休んでいると、同じく食後の休憩をしているエルキナと目が合った。


「あの、シグトさん」


「はい、何でしょう」


「助けてくれて、本当にありがとうございました」


 エルキナはそう言って頭を下げる。

 だが、それを言い終えた後も、エルキナの口が動いているのが見えた。


 その内容が分かれば、これからの交渉で活かせるかもしれない。

 読唇術があれば交渉が有利に進んだのに、と悔しく思いかけたところで彼女の潜めた声が聞こえ、意識を耳に集中させる。


(これからも私のことを守ってくれたら安心なのになー)


 彼女の本音だろうか。

 しかし彼女は何事もなかったかのような顔をしているから、おそらく誰かに聞かれたとは思っていないのかもしれない。

 いや、もしかすると、独り言に見せかけて俺の思考を誘導する技術――この少女にそれができるとは思えないが。


 どちらにせよ、エルキナの独り言は、特に聞き耳を立てなくとも聞こえるくらいのものだったので、その話をしてみるのが無難だろう。


「それはつまり、俺をここで働かせてくれるということですか?」


「へっ?! もしかして、聞こえてました?!」


「ばっちり聞こえてましたよ」


「え?! あ、その、そんなつもりでは! すみません! 今のは無かったことに……」


 エルキナは顔を赤く染めて俯く。

 ということは、あれは本当に「漏れ出た本音」というやつだったのだろう。

 確かに、ぽろっと漏れた本音を拾われるのは恥ずかしいかもしれない。


「しかしお嬢様、その案も存外良いかもしれませんぞ?」


 エルキナの隣に座っていた執事のセバヌスが、教え諭すような口調で言う。

 対してエルキナは、下を向いたまま「うーん……」と何かを考えているようだ。


 一般的に、位の高い者に仕えることは平民からすると名誉なことである。

 貧民街で暮らしていた時も、ごく稀にではあるが、そうやって出世して人生を成功させた奴もいた。

 冒険者見習いをしていた時には、冒険者から宮廷魔術師へと出世した男の噂話を聞いたことがある気がする。


 だが、貧民街にいた頃や冒険者見習いをしていた頃なら飛びついた話であるだろうが、今の俺は出世に対する興味はさほどない。

 というよりも、俺には為すべきことがあるのだ。

 ティリナとともに、世界を救う旅をする。

 だから、ずっとこの街にとどまるような事は避けたほうがよいのではないか。


 いや、ちょっと待て。

 俺は何のために、この街に来たのだったか。


「あの、シグトさん。私の護衛とか、やってみる気はないですか……?」


 こちらの機嫌を窺うように、エルキナは上目遣いで俺を見つめる。

 これはどちらかというと「お礼」というよりも「お願い」のような気がするが、この際それは置いておこう。


 俺は、何のために城郭都市ジル・エリヴィスに来たのか。

 端的に言えば、情報収集のためであった。

 だからこそ俺は冒険者ギルドを探し、そこで情報を集めつつ、ついでに当分の活動資金を稼ごうと考えていた。


 そう考えると、ここで護衛として雇われるのは得策かもしれない。

 冒険者ギルドで情報を集めるよりも、権力者の下で働いていた方が様々な情報が入ってくるだろうし、その情報も比べ物にならないくらいに正確だ。

 さらに、要人の護衛となると、冒険者とは比べ物にならないほどのローリスクハイリターンの職業だ。

 護衛が安全だと言うつもりはないが、冒険者という職業は危険すぎる割にさほど報酬が多くないのだから。


 もう、迷う必要もないだろう。


「はい。是非とも、護衛をやらせてください」


「……!! ありがとうございますっ!」


 エルキナは驚いたように目を見開き、頭を下げた。

 薄桃色の髪がふわっと浮き上がり、近くにいたメイドが慌てて彼女の髪を整える。

 顔を上げた彼女は、どこか嬉しそうだった。


 こうして俺は、公爵家当主兼王位継承候補者のエルキナに雇われることになった。

 なんとなく、これからが忙しくなるような気がした。





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