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13 救出




 そこは、俺の目指していた城壁の入り口だった。

 城壁がくり抜かれ、扉が取り付けられているようなそこには、一台の馬車が見えた。

 それも、汚れが一切見えない白い馬車。

 馬車の側面に紋章が描かれているということは、これは王族か貴族の馬車だ。


 そして、この辺りは騒然となっていた。

 この辺りにいた人間たちが、揃ってこの場から走り去ろうとする。

 小さく悲鳴を上げる者や、何かに躓いて転ぶ者もいるが、それに構うものはおらず、一斉に逃げるように走っていた。


「おい! お前も逃げろ! 危ないぞ!」


 俺の横を通り過ぎた40くらいの男が俺にそうやって声をかける。

 しかし、振り向いた時にはもうその男の姿は見えなかった。


「ご主人、あの人、助ける?」


 声だけのティリナが尋ねる。

 人混みに紛れており何が起こっているのか俺には分からないが、ティリナには分かるらしい。


「何が起こっているんだ?」


「貴族の女の子みたいな人がならず者たちに襲われてる。ボクは精霊力が今ほとんど使えないから戦力にならないけど、ご主人なら助けられるはず」


 暗に、あの女の子を助けろ、と言っているのだろう。

 そう言われなくとも助けようと思っていたのだが、ティリナもそうやって言うのならば、俺の判断は間違っていないはずだ。


 別に、人が襲われているのを見たら常に助けようと言っているわけではない。

 そうしていたらきりがないし、先にも進むことはできない。


 だが、今回はそういうわけにもいかない。


 襲われているのは、貴族と思わしき少女だという。

 貴族を見捨てて良いことはないが、貴族を助けて悪いことはない。

 助ければ、何らかの形でお礼を貰うことができるだろうし、話をして情報を収集することもできるという打算がある。


 しかも、この様子では治安維持の兵士はまだ到着していないだろう。

 もしくは、数が足りていないという可能性もある。

 そこに俺が協力して戦果を挙げれば、この街における俺のイメージは良いものとなるだろう。

 俺についての良い噂が市民にまで流れて、この街で活動しやすくなることも見込める。


 さらに、俺は早いうちに冒険者ギルドに行ってひと稼ぎしなければ、今日の夕食、そして宿泊費が危ないという事情もある。


 だから、この騒動を治めることができるならその方が良いし、その際に人助けをするのはやぶさかではない。


 人混みをかき分け、俺はさらに事件現場へと近づいた。

 そして、この目で初めて今の状況を見る。


 少々華美に飾られた、白い馬車。

 その扉の奥で、怯えた目で周りを見るのは、14,5歳くらいの少女。

 馬車の中にいる少女を守ろうと立ち塞がっている、白の鎧の騎士が8人。


 それらを取り囲むような配置でじりじりと包囲を狭めているのは、背丈も年もバラバラで統一感の無い、ならず者たち。

 数は、100近くいるだろうか。


 そして、彼らの目には、光が灯っていなかった。

 この目に俺は見覚えがある。

 そうだ、俺の生まれ育った場所、その付近にいた大人。彼ら彼女らは、そんな目をしていた。


 あれは、破滅の目だ。

 自分が破滅することが分かっていて、それを少しでも遅らせようと、他人を陥れるときの目だ。

 誰も得することのない、絶対悪の目だ。


 そして。

 俺はあの時とは違い、魔法が使えることを隠してはいない。

 きっかけは、冒険者見習いの仕事で冒険者パーティーの荷物持ちをしていた時に、パーティーが壊滅して死にかけたときだったか。

 あのパーティーの生き残りが俺の魔法の凄さを喧伝したおかげで、俺としても隠すわけにはいかなくなった。


 ただ、悪いことばかりだったわけでもない。

 数々の魔法使い職の冒険者と顔見知りになったし、俺の知らない魔法を教えてもらったりもした。

 俺自身も魔法を人に隠すことなく練習したことで、あの時以上に上達した。

 ベテランの魔術師には及ばないかもしれないが、そこらの魔法使いよりはずっと上手に魔法を使えるようになった。


 ならず者の中に、そんな俺よりも魔法を使える奴などいない。

 もしそんなやつがいたならば、それはならず者になんかならずに、貴族の護衛や冒険者になっているだろうから。

 わざわざ、こんな命知らずな襲撃に参加せずとも、暮らしてけるだけの金があるはずだから。

 よって、俺の魔法が打ち消されることはないだろう。


 俺は、手に持っていたカバンを地面に置く。

 右の掌を天に掲げ、力を込め、意識を集中させる。

 敵となる、ならず者一人一人に向けて、照準を合わせる。


 そして、時を伺いつつ、少女と白い鎧の騎士を巻き込まない、最適な時を見極めて――




――今だ。


雷撃の雲(ライトニング)


 魔法の名前を、小さく呟く。

 そうすることで、より一層イメージが具体的になり、魔法を扱いやすくなる。


 手のひらを向けた先から黒い雲が出現し、徐々にその姿を大きくする。

 黒い雲の制御を維持し、射線が通った者から順に、雷撃を浴びせる。


 スナイパーのように、射線が通る瞬間を見極め、その時を逃さずに撃ち抜く。

 一人を一撃で仕留めきれるように。

 かつ、少女と騎士に危害を加えないように。


 右の掌を黒い雲の方向に向け続ける。

 俺の手のひらのちょうど上で黒い雲が激しい光を放つ。

 的確にならず者だけを焦がし、火花が散り、一人、また一人と倒れてゆく。


 最終的には、数人を逃す結果となった。

 建物の入り組んだ方向に、一目散に逃げだしたからだ。

 しかし、ここでならず者を皆殺しにする必要は無い。

 大切なのは、少女を救うことだ。


 少女を襲う敵が全てこの場からいなくなったところで、集中力を解き、魔法を霧散させる。

 辺りは少し焦げ臭く、地面も所々ではあるが黒く焦げていた。


 俺は少女と騎士が無事であることを目視で確認する。

 雷の魔法は地面が濡れているなどの原因で狙っていない対象も感電する恐れがあるのでなるべくそういうところには撃ち込まないようにしたのだが、やはり大丈夫だったようだ。


 用は済んだ。

 邪魔者は排除され、少女は助かった。

 俺は地面に置いたカバンを持ち上げ、再び歩き始め、冒険者ギルドへ向かおうとして――


「そこのあなた! ちょっと待ってください!」


――呼び止められた。


 馬車の扉が開き、薄桃色の髪の、純白のドレスを着た少女が姿を現した。

 馬車と少女を守っていた騎士たちは頭を下げ、少女が馬車から降りるところを出迎えた。

 礼儀作法には疎い俺でも高貴だと分かるような立ち振る舞いで、少女は馬車から降り、そのまま俺の前まで歩き、立ち止まった。


「あの! 私についてきてください!」


「はい……?」


 この少女は、いきなり何を言い出すのだろうか

 どこに連れていかれるのか、そもそも彼女は何者なのか、全くわからないのだが……。


「お願いします!」


「……」


 彼女の目的は分からないが、とにかく必死だということだけは伝わってくる。

 だが、こういうときはまず、自己紹介から入るべきなのではないだろうか。

 とは思いつつも、少女が何かを言いかけているので、邪魔をしないように俺は少女の言葉を待つ。


「あ、あのー……」


「……」


「え、えっと……」


 少女は、俺の目を見て何かを言おうとして、しかし何も言えないでいることを繰り返す。

 気まずくなったのか、その場をうろうろと歩き始めた。

 きょろきょろと辺りを見渡しているが、誰かを探しているのだろうか。

 そう思い、俺も辺りを見渡してみるが――先ほどよりも付近に騎士が増えたくらいだろうか。

 白い制服に、剣を佩いた騎士たちが、城壁の中からぞろぞろと出てくる。

 先ほどの暴動について、騒ぎを聞きつけて駆け付けたのだろう。


 少女の方に目線を戻してみると、彼女は少し俯いていた。

 目当ての人が見当たらなかったのだろうか。

 しかし彼女はすぐに首を横に振り、自分の頬を平手でたたきながら、何かを呟く。


「こういう時こそ落ち着いて。落ち着くのよ、私」


 少女は自分で自分に言い聞かせ、それで少し落ち着いたのか、じっと俺の目を見つめてきた。

 少女のエメラルドの瞳が、じっと動かずに、俺とその背景を映す。


「……」


 じっと見つめ合って、数秒、いや、十秒以上経ったのかもしれない。

 何も言わず、じっと見つめ合うのはなんとなく気まずいし、経過する時間も遅く感じる。


 彼女からは何も話し始めないし、そろそろ俺から何か言った方が良いのだろうか。

 そう思っているうちに、少女は目を見開いて、そして少し顔を赤らめて俯いた。

 何かに気づいたのだろうか。


「あ、あのー……。先ほどは、助けてくれてありがとうございました……。ええと、私は、エルキナ・フォン・アドレーンと言います。お礼をしたいので、お城まで来てもらいたいんですが……」


 エルキナと名乗った少女は、そう言いながら、腰までかかるくらいの長さの髪をくるくると巻き、目線を若干泳がせていた。


 かなり長い時間がかかった気がするが、この少女はあまりこういう場面に慣れていないのかもしれない。

「フォン」という名前を持っているということは間違いなく貴族だし、もしかすると平民と話すのに慣れていないのかもしれない。

 もっとも、慣れなくとも普通に自己紹介することくらいはできそうなものだが。


 ともあれ、ようやく話が進む。


「俺はシグトと言います。レキシアから来た冒険者です。お礼に関しましては、謹んでお受けいたします」


「で、では……あそこの馬車に乗ってください」


 エルキナは、城門に止めてある白く豪華な馬車を指さして言う。

 ふつうこういう時には、偉い方が先を歩いて案内するような気もするのだが、まあいい。

 俺もこういう貴族と会話する場面は初めてなのだし、変なことは口にしないに限る。


 そういえば、ティリナのことはどうしようか。

 ここでいきなりティリナに現れてもらうのは色々と面倒なことになるだろうから、選択肢からは除外する。

 何もない空間からいきなり現れるなんて普通の人間ではまず無理なことだし、そもそも貴族様の前で怪しい動きをすればどうなるか分からない。


 では、「連れがいるから呼んでくる」と言って、ティリナとともに案内してもらうのはどうか?

 この場合、言った先では俺とティリナの二人分の歓迎があるだろうが、そうなると困ったことが生じる。

 ティリナが、依り代である俺のもとに、自由に戻れないのだ。

 二人で別の場所を案内されたり、違う部屋をあてがわれたり。

 そういう時に、ティリナは(依り代)に戻れずに、無理して精霊力を使うことになる。

 その結果どうなるかは俺には分からないが、ティリナに悪い影響があることに違いない。


 そんなことを考えているうちに、馬車の前までたどり着いた。

 使用人らしき人に、馬車へ乗り込むための台を用意され、それを踏み台にして馬車に乗り込む。

 ついでなので、その使用人に気になったことを聞いてみる。


「あの、俺はどこに座ればいいんですか?」


「エルキナ様はそういうことを気にするお方ではないので、好きに座ればよいかと思われます」


 とのことなので、馬車の内部にある、向かい合った長椅子の端に座った。

 さすがに、椅子の真ん中に座るのは畏れ多いのでやめておいた。


 エルキナは何も言わずに俺の対面に乗り込み、そのまま馬車は動き出した。




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