12 城郭都市ジル・エリヴィス
城郭都市ジル・エリヴィス。
幾重にもなる城壁で囲まれた街は、遠くから見ると物々しい雰囲気を醸し出していた。
どうやら、戦略上重要な都市ということで、歴史上多くの戦争が起きた場所であるらしい。
そのため、この国――ルムリア王国の古の王が、周辺地域の防衛を兼ねてこの街に大規模な城壁を建造したのだとか。
それ以降、この城郭都市ジル・エリヴィスは難攻不落の城郭都市として、一度も敵国の手に渡ること無く今に至るという。
遠くから見るとこの街は物々しく見えたが、それはおそらく高い城壁に囲まれたせいで市街地が見えなかったためであろう。
近づいてみると、道に沿って店が立ち並び、路上には多くの人がいて活気にあふれており、ごく稀に馬車が通ることもある。
俺の見慣れた故郷の街レキシアと、何ら変わらない光景がそこにはあった。
「ご主人、ようやく到着したね」
ティリナの声が聞こえてくるが、彼女は姿を現しているわけではない。
彼女に余計に精霊力を使わせないために、俺の中で大人しくしてもらっているのだ。
「ああ。食料の件はありがとうな」
「ううん、困ったときはお互い様だよ」
そうだ。
精霊の泉からジル・エリヴィスまでの道のりで、彼女には本当にお世話になった。
特に、俺は精霊の泉に着いた地点で食料を持ち合わせていなかった。
また、あの森林の中では食べることができる動植物を見つけることもできなかった。
そんな中で、精霊術によって俺の腹を満たしてくれたのはティリナだ。
あの精霊術は『与える術』と言うらしいが、あれのおかげで、俺は飢えと無縁でいることができた。
水は魔法で、食料は精霊術で、全て完結する。旅で必要だったのは、方位磁針と俺の着替えくらいだった。
ただ、ティリナの精霊力は限界に近かったようで、何度か無理をしている場面もあった。
荷物が少なくて済むため非常に便利ではあるが、今後はなるべくこの方法はとらないようにしよう。
街に入る際に城門で通行税をとられたのだが、幸いなことにティリナは俺の中にいるため、とられた税金は一人分だった。
少し、得をした気分になる。
とはいえ、そもそも税金を取られることが想定外で、今日の夕食や宿泊費が危うい状況になってしまった。
このままだと、今日もまたティリナの『与える術』にお世話になってしまう。
彼女もそろそろ限界が近そうだし、あまりそういうことはしたくない。
これは、なるべく早めに冒険者ギルドにたどり着き、そこでひと稼ぎしなければ。
そうして俺はティリナを匿ったまま一人で街を歩いている。
冒険者ギルドを探して大通りを歩いていたのだが、冒険者ギルドが見つからないうちに突き当りにある城壁まで来てしまった。
道が分からなかったので通行人に道を聞いた結果、冒険者ギルドはもうひとつ城壁の内側の区画にあるらしい。
そのため、城壁の内側に入るための道を探していたのだが、ちょっと困ったことになってしまった。
「ねえ、ご主人。この道、さっきも通ったよね?」
姿を現さず、声だけを俺に届けるティリナの言う通り。
そう。迷子である。
道行く人に道程を尋ね、その通りに来たはずなのだが、どうやらここは俺の生まれ育った場所と同じようなにおいがする。
薄暗い雰囲気に腐乱臭の漂う場所。おそらく貧民街なのだろう。
教わった道が間違っていたのか、それとも俺が教わった通りに歩かなかったのかは分からないが、とにかくこっちの方向でないことは分かる。
しかし、そこから引き返して、別の道を通ってみてもやはりこちらにたどり着いてしまう。
「おかしいな……もう一度大通りまで戻って道を聞き直してみるか……」
そう呟き、貧民街の入り口の辺りから立ち去ろうとして、足を止める。
「きゃああああああああ!」
悲鳴だ。
女性の、若い声。
声は、思ったよりも近くから聞こえる。
俺は、迷うことなく、その声の方向に走った。




