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そしてBLへ

 一組のあかりと教室前で別れ、四組に向かう。まだ始業までは時間があるので、廊下や教室のあちこちで、談笑する生徒たちがいる。

 僕は自席で、暇つぶしに持参した本を開く。

 学校で人間関係や記憶喪失に関連した本を読むのは、灯によると「寂しいボッチとか、危ない人だと思われる」可能性があるそうなので、月刊の科学雑誌を用意してきた。


 ところが、まだ一ぺージも読み終わる前に、学ランの前ボタンを全開にし、中にグレーのパーカーをきた男子生徒から、声をかけられた。


「あの……すんません、真木さん」


 この男子は、自己紹介によれば、名前は「島袋しまぶくろ さく」。出身は僕と同じ南中で、好きなものは「ジミヘン」とのことだった。


「ごぶさたっす! 島袋っす!」


 ……さて、いよいよだな。

 灯に「気をつけること!」と言われている、同じ中学出身の生徒。上手く乗り切れるといいんだけど……。


「あれ、まさか忘れちゃいました? 南中の野球部の。あ、髪染めてるからっすかね? もー、つれないじゃないっすか。あんなに一緒にいたのにー」


 なるほど、同じ中学ってだけじゃなく、野球部の後輩でもあるようだ。


「……てか、ヤットさん、マジでどうしたんすか? 去年普通に受かってましたよね? ヤットさんの頭で、まさか留年なんてことないでしょ?」


 僕の耳元に唇を寄せて、声のトーンを落とし、そうささやく彼。

 ヤットというのは僕のことだろう。

 でも、なぜそんな風に話すんだろう? 

 まつげが触れ合うほどの距離にある彼の顔を、まじまじと見つめる僕。

 彼は、「ごくっ」と唾を飲んで、僕の顔を見つめ返している。


「なぜ、そんな風にするんだ?」

「え?」

「なにも、隠さないといけないことはないだろ?」

「あ、いや……ヤットさんがいいって言うなら、俺は別にバレたって構わないんですけど……」


「ガタンッ」


 左斜め前の席で話をしていた三人組の女子生徒のうち、椅子に座っていた子が、転げ落ちていた。……ある意味器用だよね、それ。

 立っていた他の二人は、なぜか少し赤い顔でちらちらとこちらを伺っている。


 ――ね、ねえ、あれってさ、やっぱり……

 ――しーっ! 今いいとこなんだから!


「いや、でも、やっぱりこういうことは……。いくらヤットさんが気にしなくても、馬鹿にするやつとかも、いるかもしれないじゃないっすか。ヤットさんのすごさも知らないのに。俺、そんなの……」


 ――ね、ねえ、すごいらしいよ、真木君

 ――嘘、だって、淡泊そうじゃん

 ――馬鹿、知らないの? ああいうのが本当はすごいんだって


 耳がいい僕には全部聞こえてるんだけどな……。

 すごいと誉めてもらえるのはうれしいんだけど、「すごい」の対義語が「淡泊」ってのが、どうもよく分からない。


「すまんが、一つ聞いてもいいだろうか?」

「なんすか、ヤットさん?」

「俺は濃厚なのか?」


「バタンッ」


 今度はさっきの子だけでなく、三列左の席で携帯をいじっていた子まで、一緒に滑り落ちている。

 このクラスの女子は、みんな三半規管に異常でもあるのかな?


「ノーコー? ……ああ、『ノーコン』ですか? いや、そんなことないっすよ。ヤットさん、百発百中って感じじゃないっすか。こう、狙ったところに、ズバーンと」


 ――ね、ねえ、ズバーンてなに? なにがどうなっちゃうの? 百発百中なの?

 ――そりゃあ、ナニが狙ったところにズバンするんじゃ……

 ――でも薄いみたいだよ?

 ――馬鹿ね、そりゃあ百発もやってたら薄まるわよ

 ――や、やっぱり、すごいんだね、真木君


「まあでも、ヤットさんの一番のすごさはアベレージっすよ。あのストライクゾーンの広さは、みんな尊敬してましたし。他の誰も手が出ないようなとこでも、ヤットさんだけはこう、バコーンと」


 ――バ、バコーン?

 ――ストライクゾーンも広いんだってよ?

 ――相手を選ばずズバンバコンてことね。総攻めよ、彼

 ――や、やっぱり、すごいんだね、真木君


 話が、中学時代の野球部のことになっているのはなぜだろう?

 もともとは、留年についての話題だったはずなんだけどな。

 結局「すごい」と「淡泊」の関係についての謎は解けなかったけど、そろそろ話を戻すべきかもしれない。

「留年の話だけど」

 当然ながら、この話題についての対応方法は、灯との訓練でも想定していた。

「実は、去年の冬に事故に遭ってしまってな。しばらく入院してたんだ」

 灯からのアドバイス。基本的な対応方法は二つ。

 ①留年について知らない人であれば、正直に事故にあって入院していた、と伝える

 ②記憶については、「事故で記憶が曖昧になっている」という「ぼかした」説明をする

 重要な注意事項として、「記憶喪失」という言葉は、変に注目されるのを防ぐために、「どうしても」という時以外は使わない、というのもあった。


「え、マジっすか?」


 少し周りを気にするように見渡した後、彼はさっきと同じように、耳元でささやくようにして続けた。


「てかヤットさん、俺、春休みに、たまたまあおいさんにも会ったんすよ。『西高受かりました』って伝えても、全然そんなこと言ってなかったんすけど、どうかしたんですか?」


 葵さん? もちろん、僕には誰だか記憶がない。


「事故のせいで、少し記憶が曖昧でな」


 彼の表情が、頬を片方だけ上げたしかめ面に変わった。こめかみの辺りを掻きながら、話を続ける。


「あー……もしかして、触れちゃいけないとこ、でしたかね? でも、他にも阿部さんとかにも連絡したんすけど。あ、俺ですね、高校では軽音やるつもりでして。この学校の先輩には、一応野球やらないって挨拶しとこうかと。でも阿部さんも、そんなことなにも……」


 阿部さん? もちろん、僕には誰だか記憶がない。


「事故のせいで記憶が曖昧でな」

「あれ?……すんません、なんかヤットさん、怒ってます? もう、やだなー、全然そんなつもりじゃなかったんすよ」

「全然怒ってないよ、島袋朔さん」 

「やっぱ怒ってんじゃないすかーっ!」


 急に大声になった彼は、両手で僕の肩を掴んで、大きくぶんぶん揺する。


「さっきから、なんか前と違うし! ちゃんと前みたくしてくださいよーっ」


 ――すごい、修羅場だよ、修羅場

 ――彼、捨てられちゃったのかな?

 ――甘いわよ。あれは真木君のリバが許せないってことなの


 ……うーん、困った、どうしたものか。「葵さん」も「阿部さん」も分からないし、灯の言う通り「さん」付けにしたのに、それもいけなかったらしい。

 これは「どうしても」というときだよね、妹よ。


「実は、事故のせいで記憶喪失になってしまってな。覚えてないんだ」

「えーっ、ヤットさん、なんすかそれーっ?」

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