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プロローグー西高の魔王ー

「おはようございます! ()()

「おはよう、ひなた」


 夏休みを目前に控えた七月のある朝、遠くの空にモクモクとした入道雲が見える、汗ばむような陽気の中、いつものように、ひなたが駅前で綾人(あやと)たちを待っていた。


「おはよ、ひなた」「ひなちゃん、おはよう」「おっはー、ひなた」


 綾人と一緒にいた三人も、口々にひなたに朝の挨拶を投げかける。


「おはよー、(あかり)一葉(かずは)水月(みづき)


 このメンバーの中では、ひなただけが自宅の最寄駅が逆方面だった。

 そのため、ひなたはこうして毎朝、学校の最寄駅であるここ市沢駅で、綾人たちと合流するのが恒例になっている。


「おっす、マッキー!」

「おはよう、真木(まき)くん。みんなも」

「おはようございます、日々希(ひびき)さん、如月(きさらぎ)先輩」


 この二人は、綾人が所属する部活の最上級生たち。部長の如月と、副部長の日々希だった。


「あれ、珍しいですね。お二人揃って」


 ひなたがそう口にする。確かに、通学時にこの二人と同時に顔を合わせることはまれだった。


「……なあ、今真木って」

「しっ、馬鹿っ。目ぇ合わせるな」

「じゃ、やっぱりあいつがそうなのか? ……朝から何人かわいい子はべらせてんだよ。噂通りだな」


 側を歩いていた三年生の男子たちが、ひそひそとそんな会話を交わす。


「ん、なんなの、あいつ? あの学年章って()()だろ?」

「知らねえの? 噂くらい聞いたことあんだろ、新聞部の……」

「っ! あいつかよ」

「ああ、気を付けろよ。男で気に入らないやつは病院送りだし、()()()()()()()()()()()()()って話だ。とにかく、目ぇ合わせんな」


 辺りには同じように、綾人たちを遠目にうかがいながらひそひそと話をしている生徒たちが、幾人も見受けられる。


「……ひでえな、なんで学校も放っとくんだよ、あんなの」

「教師も手出しできねえんだとよ。体育の熊谷(くまがい)は新学期そうそうのされちまったらしいし、ほら、(さき)ちゃんいるだろ、古文の」

「ああ、かわいいよな。俺、すげー好き」

「……残念だったな。咲ちゃんも、とっくにあいつの女なんだってよ」

「……マジかよ」

「生徒会も、いまやあいつの支配下だって話だしな。野球部の話も聞いたか?」

「なんだよそれ? 野球部がどうかしたのか?」

「今年は良いピッチャーがいるって評判だったのによ、この前、地区大会で一回戦負けだっただろ。あれも、あいつの不興を買って潰されたってことらしいぜ」

「どんだけだよ……」

「さすがは、『西高の魔王』だな……」


 


「…………いや、日々希さん、さっきから一人でなにを言ってるんです?」

「ん、ちょっとあの男子たちの会話のアテレコをね」

「……」

「緑原先輩、あんまりお兄ちゃんで遊ばないでくださいよ」

「あはは、ごめんね、灯ちゃん。でも実際そんなもんよ、マッキーの評判って」

「本当にもう……」


 そう言って、灯は深い溜め息をつく。

 周りを歩く女子生徒たちは、その灯の様子に、なんとも言えない苦笑いを浮かべた。灯を気遣いながらも、日々希の言うことを否定もできない。そんな心情が、ありありと透けて見える。

 綾人としては身に覚えのないことばかりだったが、彼についてそんな噂が流れていることもまた、確かな事実なのだった。


「頭脳明晰、スポーツ万能にして、男女構わず気に入ったやつは即ハーレム入り。伝統ある新聞部の権威を盾に、やりたい放題ってね」

「日々希、さっきからふざけすぎよ」

「ごめんごめん、麗花」


 麗花というのは、如月の下の名前だ。時折悪ふざけの過ぎる気のある日々希を諌めるのは、新聞部の部長として、また仲のいい一人の友人としての、麗花の役回りだった。


「でも、なんでそんなことになってるんだろうね? 綾人くん、こんなにいい人なのに」


 そう言ったのは一葉だった。人差し指を口元にあてて、ぽわんとした様子でそんなことを呟く様子は、いかにも一葉らしい。


「いや、そりゃそうなんだけどね。火のないところに……ってやつ?」


 親友の水月が、さっきの灯への苦笑いをそのまま引きずったような表情で、一葉の疑問に曖昧な答えを返す。正鵠を得てはいないが、そんな噂が立つのも無理はない。当人の綾人を例外として、一葉以外のメンバーは、皆それを理解している。


「さっぱり分からない。まだまだ勉強不足だな、俺は」


 そう独りごちた綾人の表情は、真剣そのものだった。四月からの学校生活において、彼はいつも同じように、真面目に、誠実に物事にあたってきた。

 ……少なくとも、気持ちの上では。


「なんか、色々ありましたもんね……」


 しみじみと、そう呟くひなた。

 その様子に、図らずもその場のメンバーたちは皆、この数ヵ月の出来事に思いを馳せるのだった――



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