第九話:お前らが苦労してるのは武器のせいじゃないと思うニャー?
『鋼の翼』は今日もダンジョン攻略に赴いた。
目指すは、今度こそ未踏の十一階層。
一度は足手まといが居る状態で何とか十階層までは行けたのだ。
この数日は、たまたま魔物との遭遇が多く、閉鎖空間での戦闘に順応しきれていなかったから、進行が芳しくなかった。
だが、今日こそは、余計な戦闘は避け、最短最速で各階層を抜ける。
――そのつもりだったのだが。
彼等は今、冒険者ギルドの前の広場に帰って来ていた。
大きな噴水の中心に立つ時計は昼を少し過ぎた辺りを差していた。
「――すまない。まさか、こんな事になるなんて……情けない――っ」
噴水の縁に腰かけて、パーティリーダーのヴィル・アルマークはうな垂れていた。
今回の到達階層は――一階層。その中程。
「まぁ、しょうがないわよ。武器が折れちゃ、流石に戦えないもの」
ミリンダ・ルクワードが小さく肩を竦ませる。
「店で買った長剣がヴィルの【固有スキル】に耐えられなかったのは仕方がない。以前より、魔力の出力が上がったのかも」
ライラ・リーイングが納得した様に、うんうん、と頷いた。
「やっぱり、俺達は少し焦っていたんだよ」
ハイザ・ウィスパーの言葉に、ヴィルの拳が握られて、ミリンダが彼を睨む。ライラはプイっとそっぽを向いた。
「実際、得物の手入れも満足に出来ていなかっただろ? 『硬化のルーン』を刻んでいても限界はある。姉ちゃんも自分の剣を見てみろ、剣先が欠けてんぞ」
言われてミリンダは、ぐぬっ、と唸った。
「嬢ちゃんも、いい加減に殲滅魔法を撃とうとするな。折角【連続魔法】なんて強力な固有スキルを持ってんだ、下位魔法を間髪入れずに撃ち続けるだけの魔力もある。回復魔法も使える。その使い分けと使い所を改めるべきじゃないか?」
「――理解はしている」
彼女も不満そうに呟いた。
「その上でどうするね、リーダー。まだ未踏の階層を目指すのかい?」
ハイザは今後の方針を問う。
「――よし、まずは武器屋に行こう」
ヴィルは大きく息を吐き、顔を上げた。
「確かに、僕達は焦っていた。ダンジョンで功績を上げなければと躍起になっていた。でも、良い機会だ、一度立ち止まって皆の装備を整えよう。僕達の実力に見合った武器なら、本来の力を発揮できる筈だ」
「そ、そうね。私の細剣ももっと魔力適正の高い素材の物に替えれば、下位スキルの【魔法剣】だって強力に出来るものね! そうすれば、ゴブリンなんかに負けないわ!」
「私も杖を替えたい。そうすれば、魔力調整がもっと精密になって殲滅魔法も範囲を絞って撃てる……! そうしたら、大型の魔物でも十分に倒せる筈」
「あぁ、そうさ。もっと早く気付くべきだったんだ。ダンジョンは“今までの戦い”とは違う。その本当の意味を見失っていたよ」
ヴィルの表情が幾分、明るくなった。
それは、良い事なのだが……。
「あー、そう、ですかい……――それは、まぁ……」
――いや、武器の“質”の問題じゃなくてですね? 武器の“扱い”の話なんだけど。手入れもしようよ、って話なんですがねー?
一番大事なのは“使い手自身”なんだけどなー。
なんて、ハイザは、言う気も失せて溜息をつく。
「それで、何処の武器屋に行くんで?」
「この迷宮都市きっての名店さ。そこなら、僕らに見合う物が必ずあるさ」
◇
「あちゃー、なのニャー」
冒険者ギルドの中の酒場として出たゴミをギルドの裏に設置されたごみ置き場に出して、獣人の職員はその猫の様な耳をピコピコと動かして、思わず声が漏れた。
獣人の特性として、五感が非常に良い。
多少離れていて喧噪の中だとしても聞き分けようと思えば、ある程度は拾える。
マナーとしては、褒められたものではないが、ギルド職員としては色々と重宝する能力だ。
意気揚々と広場から商業区に向かう三人の冒険者の後を追う男の冒険者を横目で追う。
「――お前らが苦労してるのは武器のせいじゃないと思うニャー?」
声色が軽く語尾は相変わらずだったが、その視線は――冷ややかだった。
「キャロル! ゴミ出しにいつまで掛かってるの!? サボんないでよ、昼は忙しいんだからさ!」
同僚の叫び。
この時間帯は冒険者以外も食事に来て、厨房は地獄の様なのだ。
「おっと、やべーのニャ!? ダンジョンよりもハードコアな戦場が此処にある、のニャ!」
彼女はギルド裏口の取っ手に手を掛けて、
「……――さて、今日は、何人死ぬのかしらね?」
全ての感情が消えた囁きの直後、戸を開ける間にいつもの、賑やかな獣耳職員に戻っていた。