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第七話:『グレイシスさん』より『レオ』の方が戦闘時には呼び易いという話



 レオン・グレイシスとリゼッタ・バリアンがそれぞれのパーティを追放されて、その場でパーティーを組んでから早、五日が経っていた。


 元々、彼等は他の冒険者の様に、ダンジョンの完全踏破を目指す訳でも、一攫千金のチャンスを掴みたい訳でも無い。


 ただ、ある程度のペースである程度の額が稼げれば良い、のスタンスだった。


 お陰で、『世界の中心に挑むダンジョン』へのアタックでも、そこまでの危機感は今の所感じない。


 ――寧ろ、


「……! ウェアウルフ、二体が来ます!」


 ダンジョン第四階層。


 通路が自分達が来たものを合わせ五つ繋がる小部屋エリアでマッピングの確認をしていると、リゼッタの補助魔法エネミーサーチがいち早く人狼の接敵を感知する。


 狭い空間にいきなり、素早い魔物が乱入してくれば、対処は厄介。

 だが、あらかじめ“どんな魔物が、どの通路から来るのか”が分かっていれば対処はし易い。


 そう、寧ろ……楽だった。


「あの通路からです!」


「あいよ!」


 マップを仕舞い、愛用の大振りな短剣を抜く。


 そして、


「“不可視の守壁しゅへき――阻め”……」


 リゼッタが、詠唱を紡ぎ防壁を張る準備を開始する。

 並行してレオンが通路付近に控え、腰のポーチから小石適度の結晶アイテム『スタンジェム』『スリープジェム』『インパルスジェム』を一つずつ取り出した。


 そして、耳を澄ませてウェアウルフの接近に備え――、


「リゼ!」


「≪プロテクトウォール≫!」


 レオンがアイテムを投げ込み、その合図で防壁を展開させウェアウルフが小部屋に侵入する直前で阻んだ。


 アイテムの効果が現れるまで数秒掛かる。


「グルルルッ!!!!」


 そんな時間があれば、元々警戒心の強い人狼は異変を察して逃げ出してしまう。

 それがダンジョンで生まれた原種であれば、即座に別の通路で迂回してくるだろう。


 故に、


「“その矛先は我が手の内に――惑え”≪ヘイトコントロール≫!」


 二体の敵意をレオンが引き受ける。


 鋭い爪で防壁を引き裂こうとするが、そう簡単に崩せる程、彼女の守りは甘くない。


 小さな小石のアイテムが砕け、内包していた下位魔法の更に劣化版の、地面に広がる『神経を麻痺させる煙』と『眠気を誘う煙』を『弱い衝撃波』が拡散させる。


 更に、


「――≪プロテクトウォール≫!」


 二枚目の防壁をウェアウルフの背後に張った。


 ジェム系のアイテムは単純に結晶が大きくなる程に内包する魔法のランクも上がる。

 小石程の小ささの場合、その範囲や効果も薄い。



 だが、状況と組み合わせ次第で、また話は違って来る。

『スタン』と『スリープ』のジェムはこの程度の大きさでは、それぞれの効果は薄いが、同時に使ってやれば、金縛り状態にはしてやれる。


 重い気体故に地面に溜まるが、小さな爆発でも起きればその気体は上に逃げる。


 更に、狭い空間で、かつ、嗅覚の敏感な素早い相手なら――、


「ギャゥ!? キゥアゥ!?」


 より即効に強烈に効く。


 ――こうなってしまえば、素早い狂暴な人狼だろうと煮るなり焼くなり思うまま。


「“その器に刻まれし記憶。我が魔力により目を覚まし、己が主の力となれ”【ソウル・エンハンスト】!」


 ということで、レオンはリゼッタの魔力武装で斬る事にした。


 姿勢を落とし、息を整える。

 使い続けた剣術スキルを起動させ、身体が自然に動くのを感じる。


「≪蒼波瞬迅牙そうはしゅんじんが≫!」


 刀身が黄色く光りながら、蒼い斬撃を炎の様に纏う。


 地面を蹴り、ウェアウルフに肉薄する頃には防壁に亀裂が走る。


 大きく息を吸い、崩れかける防壁ごと≪蒼波刃≫の威力を上乗せした突進系中位スキルが一体のウェアウルフを貫いた。


 強烈な刺突と蒼い斬撃に飲まれ、短い断末魔を残し霧散する。


 僅かな硬直を感じるが、片割れの人狼は充満する気体に足掻き、それ以上に動きが鈍い。


「――!!」


 剣を薙ぎ通路の壁に薄緑の刀身ごとウェアウルフを押し付ける。


「ァ゛、ギァウォゥ……!!」


 そのまま壁を削りながら胴を両断し、霧となった。


「――……っ! たはぁっ!!」


 レオンはジェムの煙が残る通路から、小部屋に戻り大きく息を吐く。


 短剣が纏う魔力武装はまだその形を保っていた。


「お疲れ様です、グレイ――レオ……ン、さん」


 ぎこちなく、リゼッタが声をかける。


 自分の言葉に違和感があるようで、どこか恥ずかしそうにしながらも、


「えっと……あの――、一応、《アンチエラー(状態異常回復)》を……!」


 “汝を蝕む不浄なる淀み――清らかに”


 詠唱の後、レオンの身体がすっ、と軽くなる。


 本来は毒や麻痺などの神経系の不調を回復させる魔法だが、平常時に使用しても“健康状態”にしてくれるので、傷を癒すヒール系の代用とはいかないが、交戦が多くなってくるとその場しのぎだとしても、重宝してくる。


 リゼッタはわざとらしい咳払いで、


「安価なアイテムを有効的に使う手腕、お見事です。状況は限られますが戦況を変えるに十分な効果があります。グレ――レオは博識なのですね」


 言って、どこかバツの悪そうに視線を逸らす。


「待ち伏せ前提の狭い通路で、壁を張って貰う必要はあるけど、林檎二個分の出費でウェアウルフ二体が狩れれば儲けもんだわな」


 地上の市場では林檎一つ『七〇ユロル』。

 ウェアウルフの魔石は一つ『四五〇ユロル』。


 使用したジェムは林檎と同じ値段で冒険者ギルドで購入できる――差し引き、『三八〇』ユロルの儲け。


 毎回都合よく狙える訳では無いが、洞窟状のダンジョンではその機会はままある。


 一応の保険として策を用意しておく価値はあるだろう。


 短剣が纏う魔力武装が砕けるのを見届けて、それはそうと、とレオンは、


「やっぱ、愛称で呼ぶの――やめとくか? 別に無理に……」


「いえ、戦闘時の意思疎通を簡易にするのに必要ですので。ご心配なく、早急に順応します」


 真面目だなー、とレオンは思う。


 始まりは、昨日のアタック中、レオンが彼女を咄嗟に「リゼ」と短く呼んだ事だった。

 当時は、三階層を移動中、ゴブリンが死角から飛び出して来て彼女に防壁魔法と強化魔法を促して事なきを得たのだが、それを機に互いの名を呼ぶ時間が勿体ないとのリゼッタからの提案だ。


 レオンとしては、『リゼ』の方が呼び易いし、実際『グレイシスさん』よか『レオ』の方が戦闘中は都合が良い。


 今は二人だから、最悪、『おい』とか『お前』でも良いのだが相手を軽視する様な呼び方はお互いの経験上、言いたくないのだ。


 仮に今後、パーティが増える可能性も考えると、慣れていた方が無難だろう。


「レオ、レオ……レお?」


 リゼッタはブツブツと、暗記する様に呟くが、繰り返し過ぎてイントネーションが分からなくなってきている。


 男を愛称で呼ぶ、という事自体に気恥ずかしさとかは無い様だ。単純に言い慣れようとしているらしい。


 そのしょうも無い事に直向ひたむきな姿は、某魔法剣士さんの自信過剰な傲慢さや、某天才魔導士さんの様な全てを諭した様なつまらなさそうな表情なんかより、ずっと――


「可愛いなー」


 思わず口をついた感想に、自分で噴き出した。


「レオ、レオ、れ――あ、申し訳ありません、何か仰いましたか?」


「ん? いや、何も?」


 引き攣る笑みで誤魔化して、


「それより、今日はそろそろ上がるか。リゼの魔力も大分消耗してるだろ?」


「確かに、熟練度上げの為に固有スキルを連続で使用したので……帰還時の戦闘を考慮すると少し危ない所です。念の為、魔力ポーションを使わせて貰ってもよろしいですか?」


 冷静な判断に、「もちろん」と答える。


「――冒険者のダンジョンアタックはギルドで換金するまで、ってな」





「お疲れだニャー、また明日もバリバリ魔物倒して、ガンガン魔石を持ってくるのニャー」


 冒険者ギルドの換金カウンターで、わざとらしい語尾の職員から本日分の稼ぎを受け取り、レオンは分配分をリゼッタに渡した。


「――はい、お疲れ」


「お疲れ様です」


 リゼッタは受け取った金袋とレオンの手にする物の膨らみの差に、申し訳なさそうに、


「あの……本当によろしいのですか? 後衛の私の方が取り分が多いというのは――」


「最初にも言ったろ? 俺があのダンジョンでやっていけるのもリゼの援護があってこそ。場合で囮にもなって貰ってるんだから、それでも少ない方だよ。それに、孤児院の為に少しでも早く貯めたいだろ?」


「――確かにそうですが……」


 本当に真面目な子だなーと、レオンは頬を指で掻いた。


 彼女の美徳ではあるが、もう少し軽く考えても良いと思う。


 事実、ダンジョンでの魔力管理も偏りがある。

 前衛であるレオンの補助や回復に多く割く分、自分の怪我の回復は二の次にしている節があるのだ。


「あぁ、そうだ。帰りがけに『ダンジョンドロップ』も見つけたし、明日は休みにしないか?」


 二階層で拾ったダンジョンドロップ(鉄鉱石)。ダンジョンは魔物を生み出すが、資源を生み出す事もある。

 それらは地上で入手できる物よりも質が良く、貴重な素材や魔力を帯びた強力な武器(ユニークウェポン)が手に入る場合もある。


 今回の鉄鉱石は、思わぬ臨時報酬だった。


 よろしいのですか? なんてリゼッタが言いそうなのが表情で分かったレオンは、


「右足。少し痛いだろ?」


「……」


 彼女が目を丸くしたのに小さく肩を竦ませる。


「前からの癖でね。パーティメンバーの動きは気にするようにしてるんだが、三階層から動きが少しぎこちない様に思えてな。俺の気のせいかと思ったけど、さっきから片足かばってるからさ」


「あ……」


 リゼッタは言われて、無意識に左側に重心をかけているのに小さく声を漏らした。


「慢性的な疲労から来る不調は、魔法やアイテムで誤魔化せても解消はされない。ゆっくり休むしかないからな。それに、俺だって、流石に連日でのアタックはしんどい、たまには昼まで寝てたいぞ」


「それは寝過ぎの様に思えますが」


 クスリと、彼女は笑う。


「――では、お言葉に甘えてそうさせて頂きます」


「おう。俺もその方が良いからな。それじゃ、お互いゆっくり休もうぜ」


 レオンは小さく手を上げて、別れの挨拶をするが、


「あ、あの。お休み、という事でしたら――!」


 リゼッタは少し、戸惑いを見せるが、意を決した様に、


「明日、少し――私に付き合って頂けませんか!」


 彼に伝えた声が思いの他、大きく出てリゼッタは顔を赤くさせていった……。



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