第六話:このパーティは長くは持たないな、と彼は酒を呷りながら呟いた
パーティ『鋼の翼』。
その初期メンバーであったレオン・グレイシスを追放した翌日。
彼等はダンジョン攻略に赴いていた。
現在の到達階層は――三階層。
冒険者ギルドで購入した最短ルートしか記されていないマップを頼りに辿り着いた四階層へと続く階段の手前のエリア。
ゴブリン三体とホブゴブリン一体の群れと対峙していた。
先手必勝と、
「私が焼き尽くす――“煉獄の扉よ我が声に応え――”!」
クラス【ソロモン】であるライラの最大火力の火系魔法≪インフェルノ・ノヴァ≫の詠唱を、
「バカ、嬢ちゃん! 気負い過ぎだ、殲滅魔法なんざ地下でぶっ放すもんじゃねぇって言ってんだろ! くどい様だが、旦那に姉ちゃん、高威力の広範囲系スキルも無しだ! 巻添えになるぞ!」
ハイザが止めて、残りの二人に釘を刺して槍を手に前に出る。
「分かっているさ……! ミリンダ、先にゴブリンを片付けるぞ!」
「ったく、もどかしいわね!」
彼に続き、下位剣術スキルをそれぞれ起動させる。
先行するハイザの突進系槍スキル、
「≪突牙槍≫!」
構えられたボロボロの丸盾ごと、青いオーラを纏った槍がゴブリンを串刺しに、
「≪双連刃≫!」
ヴィルの長剣が紅いオーラを纏いながら左右からの逆袈裟。
「≪瞬雷剣≫!」
ミリンダの細剣の黄色いオーラと稲妻を纏う刺突が貫き、焦がす。
だが、
「キャ……アキャ!!」
「――ガギァ!!」
ヴィルとミリンダはゴブリンを殺しきれていなかった。
「何っ!?」
「嘘っ!?」
血塗れで、今にも死にそうなのに……狂気じみた笑みを浮かべながらゴブリンは組みかかろうと手を伸ばす。
「――ひっ!?」
ミリンダもSランク冒険者だ。
今までも、命の危険を感じた事はある。
グールやアンデットなどの異臭を放つ魔物とも戦い慣れている。
だが、最弱の筈のゴブリンにかつてない嫌悪感を超えた恐怖を感じてしまった。
――スキルの反動の硬直が解けても、身体は動かない。
「くっ、ミリンダ!!」
ヴィルがそれぞれのゴブリンにトドメをさす。
「――ライラ!」
「これなら問題無い――≪フレイムランス≫!」
中位火系魔法の巨大な釘の様な炎槍がホブゴブリンに向かい放物線状に飛んだ。
手にしている棍棒で迎撃するにも天然素材の鈍器で撃ち落せる訳が無い。
そのまま肩に刺さり、炸裂する。
ヴィルが怯むホブゴブリンに肉薄し、
「≪連光蒼波刃≫!!」
青白いオーラを纏う長剣を振るい、無数の斬撃が放たれる。
剣術スキルの中でも基本系≪蒼波刃≫の中位の放出系多段スキル。
その高威力にホブゴブリンがその魔石ごと吹き飛ばされた。
「――はぁ……はぁ……!」
スキル発動後の硬直が解け、押し寄せる疲労感に剣を持っている事が出来ず剣先を地面に落とした。
「くっ……僕が、Sランクの僕が――たかが、ホブゴブリンの群れなんかに……!」
口惜しく呻るヴィルの背をハイザは軽く叩く。
「まぁ、このダンジョンに来たのも、人数が減ったのも昨日の今日だ。本調子じゃないのもしょうがねーさ」
「っ、アイツが居ようが居まいが関係ない! まだ僕は行けるさ!」
「あぁ、分かってるよ。だが、嬢ちゃん達はそうはいかないみたいだぜ?」
ハイザが肩を竦ませ親指で後ろを指した。
ミリンダとライラはその場でへたり込んでいる。
「決断はアンタに任せるがね、リーダー?」
少しの沈黙の後、
「――今日は、これで帰還しよう」
彼等は“まだ戻れる”内に、帰路につく事にした。
◇
地上に戻り、ヴィル達は冒険者ギルドで回収した魔石を換金し、夕食も程々に宿に戻った。
「どうだい、旦那。一杯付き合うかい?」
「――僕はもう寝る。明日もダンジョン攻略に出るんだ、残らない程度にしておけよ」
「はいよー。お休み、旦那~」
ハイザは、ははは、と酒瓶を片手に軽く笑うが、内心は冷ややかだった。
――ダンジョン攻略、か。
今の状態で攻略と言えるのか、と小さく失笑して安い酒を流し込む。
「っぱはぁー! 流石、迷宮都市だ。安酒でも十分旨い!」
何か肴でも用意すれば良かったな、と思う。
それはそうと、
「しっかし……ねぇ」
――正直、レオン・グレイシスを追放したのは早計だったと思う。
せめて、新メンバーの目途が着いてからでも良かった筈だ。
まぁ、その彼が重要な人物だったか、と言われればこのパーティの新参であるハイザには判断に困る。
弱い訳では無いのは確かだが、他のメンバーとは戦闘スタイル的に噛み合わないのも確かだ。
上位スキルや魔法で押し切るパーティ構成の中で、カウンターが本領の稀有な【ガーディアン】は悪い意味で浮くだろう。
そもそも“外”での強さの基準は、如何に多くそして早く上位スキルや魔法を発現するか、が重要視される。
それを問題無く、“無駄撃ち出来る程”の魔力があれば間違いなく“Sランクに入れてしまう”。
それには、生来の資質が大きく影響し、“外”では彼の様な冒険者が活躍できる場面は少ないだろう。
だが、ハイザも昨日からダンジョンと“外”の勝手の違いを感じている。
単純に広い草原と狭い洞窟では立ち回り自体が根本から異なるのだ。
長物の得物は振り難く、高火力の広範囲スキルや魔法は巻き添えや崩落の危険があり安易に使えない。
自分達――いや、Sランク冒険者と言われる手合程、その上位スキルや魔法に頼るものだ。
「……やりづらいね、ホントに」
それぞれの【クラス】の恩恵で授かる≪スキル・魔法≫は使い込む程に上位のものを覚えていく。
下位のものは次第に使う機会が無くなっていくものだったが、このパーティはそれが露骨だった。
スキルは使い込む程にその威力を増していくものだが、覚えたての下位スキルはろくに使い物にならない。
その点、【ガーディアン】故に他の前衛の【クラス】の様に上位スキルが使えない彼は、下位スキルの使用を強いられていたが、その分、威力に補正がかかっている。
同じ下位スキルを使用すれば、その威力はパーティーリーダーよりも上回る筈だ。
故に、ヴィルのスキルもゴブリンでさえも“必殺”にならなかった。
相性といえば、レオン・グレイシスはダンジョン向けの冒険者なのだろうか。
そして、このパーティは閉鎖空間戦闘向けではない。
特に酷いのが【ソロモン】のライラ。
常に最大火力の魔法で殲滅しようとする悪癖はいつ仲間を巻き込むか分からない。
【ブレイダー】のヴィルは、冷静に努めている様だったが、功績を残す事に躍起になっているように思える。
先のホブゴブリンに対して中位スキルを使用したのは良いが、固有スキルの【リミットブレイク】を併用していた。
あれでは上位スキルの中でも更に上位に匹敵する威力だ。
固有スキルを使うのであれば、ただの≪蒼波刃≫で事足りた筈。
立ち位置が悪ければ、仲間を巻き込む事もあるし、壁際で撃てば威力が拡散し周りに被害が出る事もある。
場合によれば、居合わせた他パーティの妨害になる事もあるだろう。
【ルーンソード】のミリンダは、些か自信過剰な様な気がするが、それが細かいミスに繋がり、積み重なると取り返しのつかない事となる危険もある。
それに、女だからといって『あの程度で我を失う様では』それこそ“足手まとい”だろうに。
何より、まだ一桁台の上層部はまだ良い。
感覚としては、能力面から見れば“外”とまだ極端な差は感じられない。
しかし、十階層程からは、ただのゴブリンですら能力が跳ね上がる上に≪スキル≫を使い出す個体も出てくる、と換金の際に獣人の職員がわざとらしい語尾で世間話の様な軽さで言っていたのを思い出す。
客観的に見て、このままダンジョン攻略を続けるとしたら、
「このパーティは――」
……――。