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第五話:【ガーディアン】と【エンハンサー】の間で、何かが噛み合う音がした


 ――翌日。


 ダンジョン第三階層。


「――この辺りから“未開拓領域”ですね」


 周囲の警戒をしつつ、横に張り巡らされたアリの巣の様な洞窟の一角で、レオンの広げる地図をリゼッタが覗き込む。


「あぁ、さっき安全地帯(セーフティエリア)があったからこの先には無いと思った方が良いな」


 細かくマス目で仕切られた広いマップはまだまだ空白が目立つ。


 二階層から四階層への階段のルートは明確にあるが、それ以外は殆どない。


 ――それが、この迷宮都市の特徴であり、問題点だったりする。


 現在のダンジョンの最高到達点はギルドの報告によれば、八十二階層。


 日々、多くの冒険者達が地位と名誉を求めダンジョンに潜り続けているが、真面にダンジョンのマッピングがされているのは二階層が精々。


 それ以降は、ただ最短で下層に向かうルートが分かれば良いというのが、このダンジョンに慣れている冒険者の認識だ。


 力のある者は兎に角、利益を求めて下層へ。

 力の無い者は比較的安全な上層へ。


 その構図は揺るがない。それは必然だ。


 だが、その分、他に目が行っていない。


 その一つが、マッピングによる安全性の欠落。


 自分の散策する階層の全貌を把握しているのと、していないとでは、諸々雲泥の差が出てくる。


 特に、実力のそぐわないパーティが、少し無理をして挑戦してみようと思った時、判断の基準になるのだ。


 冒険者の生存率を上げる為、その価値は大きい。


 ギルドに情報料として高く売れ、上層止まりの冒険者達には良いお宝だ。


「それにしても……“約一年でダンジョンの構造が変わる”なんてな。道理で、ギルドにも真面な地図が無い訳だ」


「正に“生きてる”という事なのでしょう。その際に下層の魔物が上層に紛れるイレギュラーも度々あるとか――注意が必要ですね」


 二人は顔を見合わせるが思いの外、近い事に驚いて離れて苦笑する。


「それじゃ、行こうか。援護、よろしく」


「ええ、お任せ下さい」







「――“その器に刻まれし記憶。我が魔力により目を覚まし、己が主の力となれ”【ソウル・エンハンスト】!」


 リゼッタの拡張強化系固有スキルを受け、“クリアグリーンの片手半剣バスタードソード”状の魔力武装を纏った少し大振りな短剣を手に、レオンはゴブリンの群れに向かい駆けた。


 ゴブリンの数は全部で四体。内三体は剣や斧を携えた本来のゴブリン。


 小さい子供程度の背で中年男性の様な、だらしのない無い緑色の体躯。


 そしてその後ろに、二メートルを超える緑の巨体――ホブゴブリンが大剣を手にしている。


 レオンと、押し寄せるゴブリン三体が接敵する寸前、


「“その矛先は我が手の内に――惑え”≪ヘイトコントロール≫!」


 彼のクラス【ガーディアン】の恩恵による魔法スペルが、ゴブリンに発揮される。


 敵の敵意を集めた上で、任意の対象にその敵意を押し付ける幻惑系魔法。


 敵意を移す事の出来る対象は自分か“敵対関係では無い人物”。


 即ち――パーティメンバー。


 背筋が凍る様な悪寒とゴブリン達の狂気に染まる眼光を受けて、リゼッタは、


「“その身は軽く、風の如く――駆けよ”≪クイックネス≫!」


 敏捷性強化魔法を――“ゴブリン達にかけた”。


 レオンとゴブリンがすれ違い、緑の怪物の速度が跳ね上がる。


 そして、


「“不可視の守壁しゅへき――阻め”《プロテクトウォール》!」


 リゼッタに刃こぼれた剣や斧が届くより早く、彼女の前に薄オレンジ色の半透明の壁が現れた。


 壁がある事をゴブリン達も見えているが、≪ヘイトコントロール≫による無性に駆り立てられる敵意と、無理やりに早められた脚を止められる程、ゴブリンは上等ではない。


 鈍い激突音と、


「こちらは問題ありません! グレイシスさんはホブを!」


 リゼッタの声にレオンは速度を上げた。


「任せろ……っ!」


 魔力で強化した脚力で、大剣を振り上げるホブゴブリンに肉薄し、魔力で編まれた刀身を纏った短剣で迎え撃つ。


 鉄の刃と魔力の刃が触れる瞬間、その衝撃はクリアグリーンの片手半剣に吸収され、一秒にも満たない硬直がホブの動きを奪う。


 レオンの迎撃系防御に分類される固有スキル【インパクトアブソーバー】。


 ――実戦で、些細な間が一瞬でも空けば命取り。


 衝撃力を加算されたクリアグリーンの魔力剣が青白い炎の様なオーラを纏う。


「――≪蒼波刃そうはじん≫!」


 魔力を斬撃として放出し、武器のリーチを延長する【ソードマン】の剣術スキルの基本系の一つ。


 本来の威力としては、“使用者が直接、剣で斬りつける”のと同程度。


 だが、長年繰り返し続け練度を上げたスキルに、己の固有スキルに付随する【リリースバースト】による威力の上乗せ。


 そして、リゼッタの固有スキル――魔力で編まれた刀身がその冴えをもう一段、上に研ぎ澄ます。


 五メートル程までに肥大化した蒼い奔流がホブゴブリンを吹き飛ばした。


 魔物の心臓であり、冒険者達の飯のタネである魔石コアだけを残して、その肉片が霧となって消えていく。


 神の恩恵による奇跡の一片の反動による、疲労感と僅かな動きの鈍りを感じる。


「急げっ……!」


 それが消えた直後に、レオンは踵を返す。


「――≪ヘイトコントロール≫!」


 リゼッタの展開する防壁に食らいつく一体のゴブリンの敵意を強引に自分に向けさせた。


【インパクトアブソーバー】の効果は既にスキルの威力を向上させて消化される。


 もう一度、【リリースバースト】を適用させるには一旦、パリィする必要があるが【ソウル・エンハンスト】による片手半剣の魔力武装はまだ生きている。


 ゴブリン単体になら、そのまま斬りつけるだけで十二分。


「せやぁっ!」


≪ヘイトコントロール≫の敵意操作は若干の狂暴性を引き上げてしまう副作用もある。


 だが、ゴブリンなら一対一で力任せに突っ込んできてくれた方が御しやすい。


【ソードマン】のスキルも不要。


 走りながら剣をゴブリンの腹に突き刺し、そのまま薙ぎ払う。


 その頃に、リゼッタの防壁に亀裂が入ったのが見える。


 ――もう持たない。


 続けて、残りの二体のゴブリンの敵意を自分に向けた。


「っ――こっちも、そろそろ……!」


 構える短剣が纏う魔力武装の一部が霧散して行く。


 ガラスが砕ける様に薄緑の刀身が砕ける間際、


「“刃の冴えよ――研ぎ澄ませ”≪シャープエッジ≫」


 短剣に戻った刀身に青いオーラが灯る。


 ――良いタイミングだ。


 その斬撃強化(バフ)を受け、


「≪円旋衝えんせんしょう≫!」


 その場で横に回転しながら剣を振るう。

 自身を中心に円状の斬撃を放つ範囲系剣術スキル。


 本来の攻撃回数は一度だが、熟練度を上げれば追撃の派生スキルに発展できる。


 神の恩恵の促される様に、身体が自然と動く。


「――≪追転牙ついてんが≫!」


 逆回転の追撃。


 同じヵ所に二度の斬撃を受け、ゴブリンは両断され魔石を残して霧散する。


 その硬直が解けた時、レオンは大きく息を吐いて力を抜いた。


「――お疲れ様です、グレイシスさん。上位スキルと見紛う程の、練度の高い見事な剣術スキルでした」


「お疲れリゼッタ。単に上位スキルが使えなくて下位スキルを使い込むしかなかっただけだけどね」


 あはは、と苦笑するレオンに、


「スキルは階級が重要なのではなく、その威力で何を成すのかに意味があるのです。自身の研鑚けんさんを誇り、今後も続けて頂ければと思います」


 リゼッタは言ってから、慌てて口を押えた。


「――すみません。突然、偉そうに……」


「いいや。それに謝るのは俺の方だ。囮にして悪いな。――やっぱ取り分はそっちを多くしないと割りに合わないだろ」


「あぁ、いえ、そんな事は。この立ち回りは私が提案したものです。それに先ほど程度の状況なら再度、防壁を展開する余力もありました。この階層なら攻めに集中して頂いて問題ありません」


 それよりも、と、


「固有スキルの持続時間が短く申し訳ありません。この階層での戦闘にも持たなければ、下層では使い物にならないでしょう」


「あれだけ高威力の魔力武装なんだ、その位のデメリットはあるだろ」


 レオンが小さく肩を竦ませるが、リゼッタは首を横に振るう。


「いえ、これは単にスキルの熟練度が足りていないだけですので……」


 頭上に『?』を浮かべ小首を傾げるレオンに、


「【ソウル・エンハンスト】は“武装そのもの”の経験・記憶に応じて魔力武装としての質が大きく変動してしまいます。言い換えれば“持ち主の愛着の度合が攻撃力に加わる”奇妙なスキルですので……」


「頻繁に武器を取り替える冒険者相手だと、スキルの効果が薄い――?」


 コクリと彼女は頷いた。


「上級冒険者程、武器に拘らず己のスキルで戦います。“あのパーティ”もそうでしたから……」


 ですので、と、


「グレイシスさんの短剣は長年大切にされていたのでしょう。アレほどの性能は見た事がありません」


「――まぁ、俺が冒険者になる前からの相棒だからな」


 レオンは自分の剣を見ながら、どこか遠い目をした。

 リゼッタがその表情に声をかけようか困っていると彼はその視線に気が付いて、


「いや、すまない。兎に角、この周辺のマッピングは終了だ。無茶をする事も無いし今日は撤収しようか」


「……えぇ、そうですね。ダンジョンに長居をするにも、ポーションや他のアイテム以外にも携行食などの準備が必要ですし」


 頷いて二人は、”まだ余裕がある”内に早々に帰路につく事にした。



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