第四十四話:彼女の提案
レオン・グレイシスとリゼッタ・バリアンが正式のパーティを組んでから五日後。
二人は、ダンジョン五層を探索していた。
未だ埋められていない未開拓領域の奥。
狭い瓢箪状のエリアに二体のリザードマンが居た。
人の形に似た二足歩行の蜥蜴型の魔物は冒険者が持っていたであろう手斧と直剣をそれぞれ携えている。
通路に身を顰めながらレオンは“若干短めの片手剣”の感覚を確かめ、リゼッタは雑嚢から安価のスリングショットと小石程の赤い結晶アイテムを取り出す。
そして、視線を合わせ頷いた。
「――っ!」
スリングショットで放たれた赤いジェムはリザードマンの頭上を飛び越え、小さな落音が響く。
二体の爬虫類の特徴を継ぐ魔物の視線の先、極小の火系魔法が炸裂した。
僅かな熱を伴う光と音。本来は畑を荒らす猪を追い払う位しか出来ない粗悪品。
しかし、警戒心と縄張り意識の強い種類を焚き付けるには十二分。
それぞれがエリアの奥へと走る間際、
「“その矛先は我が手の内に――惑え”!」
「“その身は軽く、風の如く――駆けよ”!」
【ガーディアン】の幻惑系魔法が直剣を持つ個体に、【エンハンサー】の俊敏性強化魔法が手斧を持つ個体に作用する。
真逆に駆ける二体の距離が一瞬で大きく開いた。
「――シャーァッ!!」
敵意を強制された直剣持ちがレオンに斬りかかる。
リザードマンは細身ではあるが全身の筋肉はしなやかで、強靭。
速力はウェアウルフに迫り、膂力はホブゴブリンにも劣らない。
ゴブリンなどよりも遥かに鋭く力強い一閃をレオンは弾いた。
相手の攻撃に自身の攻撃を当てて発動する、迎撃系防御スキル。
彼の固有スキルが、その威力を片手剣に蓄積させリザードマンの動きを僅かな間だけ停止させる。
この一瞬だけで、攻勢に出るには十分だった。
「《瞬刃閃》!」
打ち出された即撃系剣術下位スキルが白い光を瞬かせて、リザードマンの首に直撃。
刃が蜥蜴の皮膚を裂き、肉を斬り、骨を断つ僅かな抵抗を感じるが、
「《シャープエッジ》!」
リゼッタの斬撃強化が刀身に乗り、鋭さが増した刃がその首を飛ばす。
胴体が倒れ魔石を残して霧散する頃に、意図しない加速で地面を転がった片割れがレオンに駆けながら手斧を投げた。
「っ、らぁっ!」
それを片手剣で弾き、姿勢を落として矢を引く様に構える。
蒼炎の様な斬撃を纏う剣先でリザードマンの胸の中心に狙い定めた。
スキルが発動するより早く、リザードマンが更に踏み込みレオンに肉薄する。
「ッ、シャァ――!」
食らいつかんとする突進を、
「“不可視の守壁――阻め”!」
レオンの前に展開した防壁魔法が阻んだ。
自身の速力と体重から生まれた衝撃に頭部が大きく弾かれ、腹部が露わになった。
そこに、
「《蒼波瞬迅牙》!」
踏み込みと体の捻りを加えた、【インパクトアブソーバー】で威力を向上した剣術中位スキルの刺突がリザードマンの胸を貫いた。
だが、まだ殺し切れない。
「ギィ……!」
リザードマンは片手剣の刀身を引き抜こうとしてか掴んだ。
――ならば、と。
「《円旋衝》――《追転牙》!」
そのまま横に回転しながら剣を振るい、自身を中心とした円状の斬撃を放つ範囲系剣術下位スキルの二連撃。
体が両断され、リザードマンは短い断末魔を残して霧散する。
スキル使用時の僅かな硬直が終わり、レオンは大きく息を吐いて緊張を解いた。
「――お疲れ様です、レオ。五階層に来て連戦でしたが、危なげなく処理出来ていますね」
「おう、お疲れ。まぁ、それもリゼのお陰なんだけどね」
ただ、とレオンは自身の片手剣の刀身を見て眉を顰めた。
付与したものの耐久性を上げる『硬化のルーン』で明らかな刃こぼれは無いが、その違和感は確かに感じていた。
「本当に微妙なんだけど、所々で刃の切れ味にムラがある気がする。……まぁ、リゼの
強化魔法があれば、なんの事はないんだが……」
「逆に言えば、強化魔法がなければ、常に違和感を感じてしまうという事です。その差が些細なものだとしても、ダンジョンでは命取りになりかねません。やはり、一度資金をかけて武装を見直すべきでしょう」
リゼッタは、短く考えて――ふむ、と決心した様に頷いた。
「提案なのですが――」