第四十三話:貴族の嗜み
迷宮都市が巨大なスカルドラゴンの襲撃を受けた五日後。
世間は落ち着きを取り戻していた。
あの一件で都市の安全性を危惧した者達は離れたが、それでも世界の中心であり続けている。
寧ろ、積極的に催し物を執り行い人々から不安を取り除こうとする動きがあった。
その時流の恩恵を受ける人物も多いだろう。
とある鍛冶貴族にとっては特に、書き入れ時となる筈だ。
ビングスアークス家。
貴族街でも取り分け豪華な屋敷の当主であり鍛冶屋『幻獣の牙』のオーナー、レイモンド・ビングスアークスが自身の執務室でお気に入りの宝石を愛でていると、二度ドアがノックされた。
「――入れ」
失礼します、と秘書の男が五本の剣を乗せた台車を押して部屋に入った。
「“品評会”で使用する剣が仕上がりました。確認をお願い致します」
「うむ……」
レイモンドは面倒そうに返事をして、ゆっくりと高価な箱に宝石を戻し、ようやく席を立つ。
五本の剣の刀身は写し取った様に寸分の違いも無く、そのどれもが濁りの無い鋭利な耀きを放っている。
鍔や柄は別々の細工師が手掛け、重心のバランスはより多くの冒険者に馴染む様に計算されている。
剣士なら一度は手に取って見たい一品を持ち上げた小太りの男は眉を顰めた。
「地味だな。刀身はもっと長くできんのか? 幅も狭い。いつも言っているだろう、武器は何よりも見栄えだと」
「しかし、既に品評会での規定内ギリギリです。できて、一部を磨り上げる程度かと」
秘書の言葉に忌々し気に舌を打つ。
「ならそうさせろ」
「では、どの様に伝えましょうか?」
「その位、自分で考えさせろ。何の為に高い給金を払っていると思っているんだ」
オーナーは不機嫌そうに吐き捨てた。
彼はそれよりも、と。
「六本目はどうなっている?」
「先ほど、素材の準備が整いました。先の五本と同様に作業をさせます。――しかし……」
秘書は戸惑いを見せながら、
「よろしいのでしょうか? 都市の襲撃の一件からギルドの目は厳しくなっているのでは――?」
「おいおい。人聞きの悪い言い方は慎め。まるで私が不正を働いているかのようだ」
薄ら笑うレイモンドに秘書は押し黙るしかない。
当主は、肩を竦ませた。
「出展する剣は”一本以上”というだけだ。六本でも七本でも問題無い。私自らチェックを担当するギルドの職員殿に確認をしたからな」
レイモンドは剣を乱暴に台車へ戻して、楽しみを待つ小鬼の様に口元を吊り上げた。
「それで、今回、売り上の乏しい鍛冶師は誰だ?」
「ティナルア・ファルバス。先代のオルガ・ファルバスの一人娘で、昨年亡くなった父の代わりに工房を継いでいる様です。製品の質は悪くは無いのですが、独特な作風に売り上げは伸び悩んでいるとか」
「ファルバス? 聞いたことが無いが、まぁいい……」
レイモンドは、上機嫌で、
「精々、鍛冶師として最後の仕事をして貰おうか」