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第四十二話:そして、ここから



「――やはり、出歩くにはまだ早いのでは……」


「大丈夫だよ。怠さはあるけど、痛む訳じゃないからな。ただ――」


 件のスカルドラゴンの討伐三日後の朝方。


 レオン・グレイスは『傷は治ったからとっとと出ていけ』と治療院を追い出されていた。


 この三日間、彼は病室から出る事は許されなかったが、常に付き添っていてくれたリゼッタ・バリアンのお陰で、凡その成り行きは把握している。


 討伐直後、ギルド職員が出現地の南東の森で、数人の(・・・)元冒険者を捕縛したらしい。


 彼等は嘗てそれぞれのパーティに所属していたが様々な理由で追放され、当時の待遇の悪さや仕打ちを恨み、今回の騒動を起こしたとの事だった。


 都市中がざわめき、動揺が走ったという。


 市民や冒険者の中には、都市から離れようとする動きもあり、二人がギルドへと向かう短い道中にも、大きな荷物を荷車に乗せて先を急ぐ団体とすれ違った。


 だが、全ての人が逃げ出す様な“世界の在り方”を覆す程の影響は無かった。


 やはりダンジョンの最高到達階層記録を持つ『アヴァロン』の存在が、迷宮都市に住む人々に大きな安心感を与えているのだ。



 ――少し怖いが迷宮都市に彼等が居れば、問題無いだろう。



 それが、現状の世界の認識だ。


 お陰で、実際に奮闘していた冒険者の影が薄らいでしまっていた。


 だが、リゼッタ曰く、


「居場所を追われ叛旗を翻した彼等の存在は、あの戦いに立ち会った一部の人達だけだとしても今後も残って行くのでしょう……」


 と。



 ――誰であれ、世界を救う英雄に成り得る事。

 ――誰であれ、世界を殺す厄災に成り得る事。



 その当たり前でありながらも遠くに感じるものを知らしめたのだ。


 追放された者達(彼等)が残したのは僅かなトゲ。


 だが、そのトゲは世界に深く突き刺さっただろう。



「――――」


 冒険者ギルドの前。


 昨日と変わらぬ景色の、どこか浮足立った街並みをレオンは見渡した。


「――レオン」


 不意の友の声に我に返る。


 人込みの中、ミリンダ・ルクワードとライラ・リーイングを連れた、ヴィル・アルマークが控えめに手をあげていた。


「よぉ、もう大丈夫なのか?」


「君には言われたくないね」


 肩を竦ませたヴィルにレオンは苦笑う。


「これからダンジョンか?」


「あぁ、昨日から三人で一階層の踏破からやり直しさ」


 振り返るヴィルにミリンダとライラは頷いて応えた。


「まだほんの一部だけど、なんとかやっているよ」


「ついでに、未開拓領域も埋めておいてくれ」


「君は一階層の端なんて行く必要ないだろう」


「行かないけど、埋めた方がマップの隙間が気になるし」


「知らないよ。変な所で神経質なんだよ君は」


「んー。お前は案外、雑なんだよなー。イケメンの癖に」


「ダンジョン一階層の端を埋めないのに、顔は関係ないだろ」


「真面目な顔して言うな。イケメン自体は認めんのかよ」


 そんな、内容の無い男子の会話に女子三人は目を丸くした。


「……元々、こんな感じなんだ俺達は」


 レオンはまた苦笑して、


「冒険者になって、旅に出て……そんな余裕は無くなっていたけどね」


 ヴィルも僅かに肩を竦ませる。


「――それじゃ、僕達は行くよ。休憩時間も考えると余裕を持って入りたいからね」


「おう。もう、無理すんなよ」


 別れ際、


「君が冒険者を続ける理由は――あるんだろ?」


 友の問い掛けに、レオンは頷いた。


「――……戻らなくて、よろしいのですか」


 彼等の背を見送ったリゼッタが躊躇いつつレオンに訊ねる。


「どっちにしろ、戻れないかな。冒険者としての差は大きいし、今のあいつ等に混ざっても直ぐに――今度こそ、本当に足手まといになる」


 それだけはな、と彼は苦笑した。


「それに、まずは俺達の事をちゃんとしないと――」


 レオンはリゼッタに向かい合い、大きな呼吸を置いて、


「六階層のオーガと今回の騒動の報酬に、今までの稼ぎ。俺と分けたとしても、額としては十分なのかな」


「……はい。当初、予定していた額を大きく上回っています。コレも、全て貴方のお陰です」


 リゼッタは彼を真っ直ぐ見て、心からの礼をする。


 

「それじゃ、俺とのパーティは解散だ。ギルドで報酬の分配を終えたら、それで――本当にお別れになる」


「……えぇ。そう、ですね」


 僅かに俯いたリゼッタに、レオンは――だからこそ、と。


「リゼが、良ければなんだが――」


 こんなことを言われても困るのは、彼も承知の上だった。


「俺と、正式なパーティを組んでくれないか?」


「――――」


 顔を上げたリゼッタは、呆けた顔をしていた。


「……理由を、聞いても?」


 当然の質問を、たっぷりと時間を掛けて彼女は絞り出した。


 ……本当は、もう少し気の利いた事をレオンも言いたかったのだが、


「あの時も言ったけど――君が好きだから」


 色々と経験も無く、女心にも鈍い青年は、言葉を飾れる程のスキルは無かった。


 リゼッタが息を飲んだのが分かる。


 少し前、自身の《瞬甲晶盾(使えないスキル)》を見せた時と同じ顔だった。


「俺が、今までダンジョンで戦えたのはリゼのお陰だった。今まで、迷宮都市で安心出来たのも。俺が、あの骨の化物に立ち向かえたのも。まだ、冒険者でありたいと思えたのも」


 自身の奥底にある確かな熱は、まだ此処にある。


「誰かの英雄……そうありたいと、また思えたのは。あの時、リゼと会えたから。今までリゼと居れたから」


 ――だから、


「これからは、パーティとしてダンジョンの中だけじゃなくて、一人の女性として傍に居て欲しい」


「――――」


 頭上に『!』と『?』が溢れている彼女の表情にレオンは苦笑して、


「いきなり困るよな。自分でもどうかと思うよ」


 けど、と。


「最後かもしれないから、伝えておきたかったんだ」


「……」


「……」


 未だ、硬直したままのリゼッタにどうしようもなくバツが悪くなる。


「――ぁー。どっちにしろ、荷作りとか馬車の手配とかあるだろうし、その合間にでも考えてみてくれないか? ……俺は、あっちの酒場で飲んでるよ。そのまま放っておいてくれても良いから、うん」


「――――――…………!」


 割りと本気で意識が遠退いていたらしい。


 リゼッタは、彼の居た堪れなさそうな後ろ姿に、ハッと我に返った。


「まっ――!」


 咄嗟に、彼女はレオンの手を取って引き留めた。


 僅かな沈黙。


 握られる少女の手がギュッと強まって、


「実は――先日、故郷から手紙が届きまして……」


「ん? あぁ、うん」


 予想外の切り出しだったが、レオンはリゼッタの言葉を待った。


「孤児院自体が老朽化しており、継ぎ接ぎの修理ではそろそろ間に合わなくなりそうなのです。他の同郷の方々も、援助をしていますが専門の職人に頼むとなれば、費用はかさんでしまう訳で……」


「うん」


「言葉を選ばなければ、その他の維持費も考えると資金は幾らあっても足りません」


 ですので、と。


「私はまだこの都市を離れる訳にはまいりません」


 いつかと同じ言葉にレオンは小さく笑った。


「だったら、俺と組む必要は無いよ。稼ぐだけならアイツ等のパーティに入った方が効率は良い。向こうも歓迎する筈だ」


「……まぁ、そうなのですが――」


 ぐぬっ、とリゼッタは小さく唸った。


 確かに単純な利益を取るならそれが道理ではある。


 しかし、だ。


 冒険者としての利益と個人の気持ちを量る天秤は、既に傾いていた。


「リゼが選んで」


「……」


 どこか意地の悪い彼の優しい表情を、恨めし気に上目で睨む。


 腹が立ちつつも恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに、勇気を振り絞って――、


「まずは、正式なパーティメンバーから……お願いします」


 目を丸くしたレオンの呆けた顔に耐えかねて、視線を逸らす。


 一拍、置いてレオンは吹き出した。


「遠いなー。遠いけど……そうだな。まずは、ここから始めよう」


 レオンはリゼッタの手を握り返し、二人で冒険者ギルドの扉を開ける。


 いつもと変わらない喧噪の中、


「――は、このパーティに相応しくない! 今すぐ出てけ!」


 聞き覚えのある怒声にレオンとリゼッタは苦笑する。


 にゃーにゃーと出迎えた、猫を被った猫耳ギルド職員に二人は声合わせて、





「パーティ申請をお願いします――!」





 パーティメンバーを追放するのが流行っている迷宮都市で、一組のパーティが結成された。





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― 新着の感想 ―
[良い点] リゼッタさんは固い……けど、それもいい! [一言] もし、前の感想が気に触ったのなら申し訳ありません。彼らに何かを感じ、それをそのまま書いてしまいました。謝罪m(_ _)m
[良い点] レオンが想いをはっきり口にしたこと。 [気になる点] 「まずは、正式なパーティメンバーから」ってまだそこかい!! [一言] やっぱり、レオン・リゼッタの関係が好きです。 最終回ではないです…
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