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第四十一話:追放された者の価値



 竜のけたたましい咆哮。


 上空から降り注ぐ、恐らくは高位弓術スキルによる閃光の直後に広がる巨大な魔力の余波。

大気に轟く轟音。


 地を揺らす振動。


 そして沸き立つ歓声は、迷宮都市から南東にある森林で黒いローブを纏う彼等にも届いていた。


「――おい、【スカウト】! どうなってるんだ!?」


【フォートレス】の大男が、少女に問いただす。


「どうも何も……。“アレ”がやられたとしか……」


「そんな! 『アヴァロン』や竜姫が居ないのに……ありえませんわ!」


【ネクロマンサー】の女性も声を荒げた。


 それに、


「……いや。“アレ”は確かに凶悪だが、耐性と耐久を底上げしたアンデットに過ぎない。それ以上の火力があれば、別に英雄達じゃなくても抜かれるさ」


【サモナー】の姿勢の悪い少年が表情を強張らせて呟いた。


「でも、その位強い人達は皆、ダンジョンに入っているんじゃ――」


【ヒーラー】の小柄な少年が戸惑いつつ尋ねたのに、


「先日、ギルド公認で試合をした【ガーディアン】ですねー。一人でというより、バフやら支援やらを受けている様でしたよ。仲違いしたパーティリーダーとも協力してました」


 使い魔を通じて見ていた【スカウト】が答える。


「――成る程、彼の固有スキルなら魔力を受け取れ、そのまま転用できる。純粋な威力ならそれこそ、“英雄染みている”のか」


【アルケミスト】の青年が僅かに考えて、呟いた。


「あ、ご存じで?」


「あぁ、あの試合は僕も見ていたからね」


 微笑する【アルケミスト】に【フォートレス】が眉を吊り上げた。


「なんでお前は、そんなに落ち着いてんだよ! やられたんだぞ!? 俺達の固有スキルを集めた“俺達の力”が誰とも知れない奴に!! ”アレ”で俺達を馬鹿にした奴らに思い知らせるんじゃなかったのか!?」


「――だからこそ、だ」


【アルケミスト】は小さく肩を竦ませた。


「元々、こうなることも想定していただろ? それに、英雄ではない冒険者が、英雄の様に(・・・・・)偉業を成す事も、目論見の一つだと、君も理解しているだろ?」


「……――」


【フォートレス】と、それ以外の者達も納得はいかぬ顔を見せたが、【アルケミスト】の言葉に頷いた。


「なに。コレはコレで、良い結果じゃないか」



 世界を救う程の強大な力を持つ英雄でも、場合によっては地上の人々の全ては守れない限界。


 市民が嘲笑い虐げた冒険者(弱者)が、道化ではなく牙を剥く悪意になり得る事。


 その牙は、世界を殺す引き金になり得る事。


 更には、英雄の資格の無いパーティーを追放された者が英雄の役割を果たす事(・・・・・・・・・・)の可能性。



 ――現状の指標は、役に立たないという事実。



 それを示す事が、彼等の悲願であり意地だった。


「【ガーディアン】の彼に御株を奪わられた形になったが、同時に僕達の立役者になってくれた訳だ」


 満足そうに微笑みつつも何処か悔し気で悲しそうな表情を見せ、【アルケミスト】は自嘲気味に肩を竦ませた。


「さぁ、後は予定通り僕に任せて皆は離脱してくれ」


「それは良いが、何をするつもりなんだ?」


【サモナー】の問い掛けに彼は、軽く笑って見せた。


「ちょっとした“最後の隠し玉”という奴さ。僕一人の方が都合が良くてね。さぁ、時期にギルド職員達が来る。急ぐんだ」


「……そうだな。なら、そうさせて貰おうか」


【フォートレス】は、大きな溜息をついて頭を掻いた。


「なぁ、これで最後ってんなら、名前位は良いんじゃないか? 俺は――」


「【フォートレス】」


 大男を青年が諫めた。


「やはり、よしておこう。僕達は“同志”であっても、“仲間”ではないからね」


「お前は変な所で、律儀だよな。まぁ、らしいちゃらしいのかねぇ? ともあれ、お前らとあれこれやんのも、案外楽しかったぜ」


「――あぁ、僕もだよ」





「――それで、君はどうするんだい? 僕も余り時間が無いんだが……?」


 集った同志達を見送った【アルケミスト】は、自身の周囲に特製のポーションを撒きながら一人残った【スカウト】の少女に眉を顰めた。


「いやー、元々私は単身でどうこう出来る冒険者でも無かったので“いざ、自由に”と言っても動くに動けないんですよー。それにー」


 と、彼女は何処か悪戯めいた笑みを浮かべて、


「流石に、『今回の主犯が【アルケミスト】の首一つ』では安いのでは? と」


「……――」


 一瞬、青年は目を見開いたが、困った様に苦笑する。


 彼の用意していた“最後の隠し玉”。


 ――その実は、隠す必要も何もない。ただの自首。


 理想としては、同志達の固有スキルで生み出した怪物で、多少なりとも迷宮都市に実質的な痛みと恐怖を与えた上で、“自分達が英雄達と共に立ち上がった非力でも勇気ある者達”だ、と演出をするつもりだった。


 その為にスカルドラゴンの稼働時間の計算と、安全に立ち回れる様にポーションやジェムの類を拵えていた。


 スカルドラゴンを生み出した主犯は、クラス的に【ネクロマンサー】や【サモナー】【エンハンサー】【アルケミスト】が疑われ今後の疑念を抱かれる事が考えられたので、派手に大衆に印象を残せる様にと打ち合わせをしていたが、無駄に終わってしまった。


 こうなっては、たまたま居合わせた正義の味方のイメージは残せない。


 故に、“誰が何をされ、何を企てたのか”を明確にするパターンにする事にした。


 自ら名乗り出て、弱者の意地や危険性をギルドに理解させるのも悪くない。


 そのついでに彼等がこの場を離れる時間を稼ぐのが、扇動者(言い出しっぺ)の維持であり、責任だろう。


「おかしいな。君達には内密にしていた筈なんだが」


「あはは。言ったでしょー? 私は“覗き魔”なんですよー?」


 その笑みに応える様に、【アルケミスト】のローブの隙間から、『羽の付いた蜘蛛』の様な小粒程の使い魔が、彼女の指先に戻る。


「やはり、君は優秀な【スカウト】だ。突き進むしか知らないパーティーには宝の持ち腐れだね。僕なら絶対に君を手放さないよ」


「はは、どもでーす」


 青年の微笑に少女は、照れくさそうに表情を崩した。


 実際、対象に気付かれずに追跡が出来る使い魔は、状況によっては優秀だ。


 見通しの良い平原では、ただの羽虫だが、入り組んだ洞窟や木々が乱立する森など、相手の存在を一早く把握する事でアドバンテージを握る事が出来る。


 それは、速攻をかけるのにも回避をするのにも活用でき、ことダンジョンに置いてはその優位性は計り知れないのを、彼は理解していた。


 彼女の能力を知ればギルドも同じ評価を抱く筈だ。


「――だが、手酷い追及を受ける事もある。僕自身は構わないが君は……」


「それなら特に問題は無いかと、一応私も切れるカードはありますからねぇー。――あ」


【アルケミスト】が怪訝そうに眉を顰めて、【スカウト】は何かに気付いた様に、


「そろそろ来ますよ」


 直後、魔力で底上げした脚力で数人のギルド職員が、二人を取り囲んだ。


「……アンタ達が、あの化物の飼い主って訳……?」


 その中のキャロルが額に玉の汗を浮かばせながら一対の短剣を構える。


 獣人の耳と鼻で周囲に気を巡らせ、舌を打つ。


「あんな出鱈目な骨を二人で造れる訳無いでしょ。他は逃げたのかしらご丁寧に“臭い消しの薬液”まで、ぶちまけて……『俺に構わず先に行け』って?」


「流石は迷宮都市のギルド職員。思っていたよりも大分早い到着だ……」


【アルケミスト】は息をつき、自嘲気味に薄く笑った。


「確かにアレを生み出したのは僕らだけでは無い。たが、彼等は仲間ではない(・・・・・・)よ。何せ、名前も素性も僕は知らない。知っているのは、彼等の能力と受けた屈辱の一片だけさ」


「――は?」


 キャロルは一瞬呆けて、表情を険しくさせた。


「ふざけんじゃないっての。良いから洗いざらい全部――」


「待て、キャロル。彼は嘘は言っていない(・・・・・・・・)


 長い白髪の男性の職員が大剣を手にしつつ、《看破》が付与された眼鏡の位置を直した。


「……だとしても、そいつらもそう遠くまで逃げては無い筈よ。魔力もかつかつだけど、感知系のスキルなり魔法なり使って、探し出して! この森全域位ならなんとか間に合う程度には残ってるでしょ!」


 キャロルは【アルケミスト】と【スカウト】に一瞥をくれ、


「取りあえず、コイツ等は拘束して連行。他は私と探索! 急いで!」


 指示を出す。


【アルケミスト】は両手を軽く上げて抵抗はしないが、眉を顰めた。


 ギルド職員が直ぐに駆けつけるのは分かっていたが、この個人の能力は些か予想外だった。


 念の為、同志達には認識阻害のジェムを渡しているが、本職である【アサシン】の隠蔽や【ジャマー】の阻害系スキルには劣る。


 広範囲高精度の感知スキルなら捉えられ、長距離移動系のスキルなら捕らえられてしまうだろう。


「……これは、誤差だったかな」


 呟く【アルケミスト】をギルド職員が拘束しようとポーチからジェムを取り出した時、


「あのー?」


 と、【スカウト】が遠慮気味に手を上げた。


「何? 話なら尋問部屋で聞いてあげるから後にしてくれる?」


 キャロルは吐き捨てるが、


「あぁ、いえ。その事なんですがー。八十三階層以降のマッ(・・・・・・・・・・)プ情報(・・・)とか、必要なのでは?」


 一瞬、誰しもが少女の言葉の意味を考えた。


 ――現在のダンジョンの最高到達点は八十二階層。


 それ以降は都市最強パーティ『アヴァロン』や『金色の竜姫』でも未だ到達していない、


「悪いけど、そういう冗談に付き合ってる暇は――」


「――嘘、ではない」


《看破》の眼鏡で見た男性のギルド職員が、眉間にシワを作りながら断言する。


 キャロルが目を見開いたのに、【スカウト】の少女は、軽く笑って、


「私は今、九十階層まで(・・・・・・)ならほぼマッピングを終えてます。私と彼の身の安全と、要望を聞いて頂けるのなら、魔物の特徴と合わせて提供させて頂きますが」


「要望……一応、聞こうかしら」


 少女は、僅かに目を細めた。


「私達二人を雇う事。そして、今回の騒動に関わった他の方々を追わない事を約束していただければ」


 そして、懐からナイフを取り出し自身の喉元に突きつける。


「叶わない、というのならこの場で自害します。この意味(・・・・)が、分かりますかね?」


「……――」


 キャロルは、奥歯を噛みしめた。


 少女の主張は、普通は飲める物では無い。


 理由はどうあれ、複数のクラスの固有スキルを用いて、異形の怪物を生み出し迷宮都市を襲わせた。


 その前準備として、都市に違法アイテムをばら撒き、上級冒険者をダンジョンの下層の調査へと誘導させ、守りを手薄にさせた。


 もし仮に、あのスカルドラゴンがダンジョンの入り口を破壊し大穴でも空けば地上に魔物が溢れて、手の施しようが無くなっていたのだ。



 重罪だ。



 関わった者全てを捕らえ、相応な処罰を与えるべきだ。


 ――しかし。


 人類未踏の領域であるダンジョン九十階層。


 その階層までの情報を彼女は持っているという。



 ダンジョンは約一年で、構造が造り替わる。


 故に乱暴な解釈をすれば、下層に向かう為のルート以外は無駄だ。


 しかし、実際に魔物との戦闘を行いつつ探索を行うには膨大な労力とリスクが伴う。


 かの最強パーティでも気軽に進行出来るのは二十階層が精々。


 意向は徐々にリスクが上がっていき、五十階層ともなれば、複数のパーティとレイドを組み十分な準備と計画が必要になる。


 八十二階層攻略には精鋭達が半月程を費やしたのだ。



 だが、事前にダンジョンのマップが分かっていたら。


 出現する魔物の特徴を把握していたら。


 準備や連携、比較的安全なルートを思案できる。


 ダンジョンの構造が変わった直後に、マッピングを開始し今までの経験を踏まえて本格的な攻略を行えば、底に届くかもしれない。




 それは、どれ程規格外の能力なのか。



 信じがたい話だが、ギルドの所有している《看破》のアイテムは最高品質で、そう簡単に誤魔化せるものではない。


 この少女はダンジョン攻略を飛躍的に向上させる存在だ。


 そして、ダンジョンの攻略と調査は人類の存続の為には必須。


 事実、年々ダンジョンが魔物を生み出す割合は上昇している。


 現在は魔物がスキルを使い出す個体は十階層からだが、以前はもっと下層からだった。


 ダンジョンは緩やかに、だが確実にその構造を変化させる度に人類を追い詰めていく。


 このままでは何れ、一階層からでもスキルを持つ個体が現れるだろう。


 そうなれば、進行はおろか防衛ですら危うくなる。


 ギルドは、その原因はダンジョンの深層部にあると考えて居る。


 ――解決になるかは、別だが。


 神に見放された人類が、世界に抗うにはそれしかない。


 キャロルは握った拳を吐き出す息と共に緩めた。



「……二人を、ギルドに――お連れして(・・・・・)


 短剣を納めた彼女は、ただ、と。


「余計な真似はしないで。こっちは、貴女の能力さえあれば良い。それ以外は、どうでも良いのよ」


「えぇ、はい。それは、勿論です」


 ナイフを捨てた少女も、ただ、と。


「彼も、規格外なブーストポーションを作る十分優秀な【アルケミスト】なので、どうか丁重にお願いしますね」


「――口の減らない小娘ね」


 吐き捨て、キャロルは同僚の職員に撤退の指示を出した。


「……君は――」


 呆気に取られていた【アルケミスト】が、【スカウト】の少女に戸惑いながら声を掛ける。


 それに彼女は、


「私も、この世界に不満がありましたので、言いたい事の一つや二つはですねー?」


 何処か意地の悪い、したり顔を見せた。




 口だけを小さく動かして――ざまぁみろ、と。


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[良い点] 何て深い企み……そして憎しみ なのかな?
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