第四十話:英雄ならざる会心の一撃
巨大な竜人のスカルドラゴンの目前に肉薄したレオン・グレイシスがその魔石に、英雄の聖剣に迫る魔力を内包した魔力武装の剣先を向けて剣術スキルを発動する間際――。
彼は、視界の端に骨の尾の先を見た。
――しまった。
と、刹那で思考が巡る。
足場は魔法でせり上がった自身が立てる程度の石柱。
回避は出来ない。
そもそも、今から跳び退っても、僅かに躱しきれないだろう。
ならばこのままスキルを発動させ、強引に押し切る。
――無理だ。
魔力の刃が届くより僅かに早く、骨の尾がレオンを吹き飛ばすだろう。
だったら、迎撃してから魔石を狙う。
――無茶だ。
魔力の激流を振るえる程の英雄ではないのは彼自身が分かっている。
――だとしても……。
脳裏に過るのは、彼女の事。
――だからこそ……!
初めからレオン・グレイシスは無理も無茶も覚悟の上だ。
僅かに遅いだけなら、届かないだけなら――決死で臨めば埋められる。
「《蒼波刃》――!!」
魔力の刀身に内包された膨大な魔力が、その剣術スキルを引き金に、蒼い炎の様な斬撃として氾濫した大河の様に放出された。
直後、上空から白い閃光が骨尾に落ちた。
竜人の尾はレオンに当たる直前に、僅かに下に逸れて石柱を砕く。
そして、同時に――。
「ォ、オオオオォッ……!!」
スカルドラゴンの魔石が奔流に飲まれ、骨の巨体から押し出された。
魔石が地面に叩きつけられ、地鳴りが響く。
「――っ、ぐっ、あ……!!」
足場が崩れ宙に放り出されたレオンは全てを理解出来てはいなかったが、崩壊する竜人の骨の隙間から、魔石は大きな亀裂が入りながらも、まだ形を保っているのを見た。
そして、新たな骨を生やしながら纏いだしている。
「――っ゛!!」
左腕は裂け、感覚は既に無く手から柄が抜けた。
右手にも激痛が走る。
だが、まだ指は動く。
まだ、剣は握れる。
魔力武装と内包していた全ての魔力を出し切った、少し大振りの短剣に戻ったその刀身に入っていたヒビも大きくなっていた。
――あと、一度だけ……耐えてくれ!
空中で剣を取り、《瞬甲晶盾》を足元に展開させる。
一時の足場で態勢を整え、宙を蹴る。
落下する頭蓋を踏み台に更に跳ぶ。
そして、
「――《プロテクトウォール》!」
宙に展開された、オレンジ色の半透明の壁を踏みしめて、加速する。
「おぉおおおぉっ――!!!!」
刀身に込めた魔力が霧散しつつも、強引に込めて蒼いオーラが残り火の様に僅かに灯る。
もう一度、そして最後の剣術下位スキル。
欠けた剣先が魔石に触れて、ガラス細工の様に刀身の大半が砕け散りつつ一瞬だけの斬撃が放たれた。
ソレがスカルドラゴンの魔石を貫いて、亀裂をより大きなものにし――砕け、霧の様に霧散する。
「――っ、ぁ゛……!?」
レオンは勢いのまま地面に落下する間際に《盾》を張るが、衝撃を殺し切れずに何度も跳ねて転がった。
「――――」
全身の痛みに悶えながら、遠くに歓声を聞き彼は、安堵して瞼を閉じた。
◇
「――レオ!」
……どの位か。
目を閉じていただけだったのか、意識が無かったのかも曖昧な、長いようで短い間の後に、彼はリゼッタ・バリアンの声に瞼を開けた。
朧げに彼女の泣き顔がくしゃくしゃな笑顔になったのを見て、レオンも力なく笑う。
身体は動かないままだが、痛みは幾分薄らいでいた。
「今はその程度で、我慢していろ。生憎と私の魔力も既に空でな」
視線を声の方に向けると治療医院長セラ・ミュラリアが肩を竦ませていた。
彼女の回復魔法を受けていたらしい。
他にもギルド長マルヴァリン・ガンドルーフや、ミリンダ・ルクワードとライラ・リーイングに支えられたヴィル・アルマークの姿もあった。
「よくやったわね。レオちゃんは、まさに迷宮都市を救った英雄よ」
マルヴァリンのウィンクにレオンは乾いた笑いを溢す。
「……こんなボロボロじゃ、様は無いよ。それに、俺だけで出来た訳でもなし――」
「そう言えるっていうのも、英雄の姿の一つよ。勿論、ヴィルちゃんもリゼちゃん――それに、此処に居る全員もね」
英雄譚にしては、泥まみれではあるがコレ位が自分らしいだろうと、レオンは自嘲しつつも誇らしかった。
「……あの人が今の俺達を見たら、何て言うかな」
呟かれたレオンの言葉にヴィルは苦笑する。
――貴方達自身が、何の為に、誰の為に頑張るのか。
――それを忘れなければ、二人はずっと今のままで居られる筈よ。
あの時の二人にとって、かけがえの無い人の声と表情を思い出す。
「怒られる――かは、分からないけど、誉めてはくれないと思うね。僕達は、あの頃と大分変ってしまったから」
「だよな……」
それでも、彼等は成しえた事もある。
「――あら、英雄のご到着かしら。こういうのも良くないけど、敢えて私、言うわ。……“来るのが遅かったわね! もう貴方達の出番は無いわよ”!!」
オホホ! とギルド長は口元に手を当てて意地の悪い笑みを見せた。
既に彼等は一人では動けない程に疲れ果て、ボロボロになっている。
多くの人の助けもあった。
運にも恵まれただろう。
それでも、だ。
“今を生きている誰かの為に剣をとる冒険者”には成れた筈だ。
幼い頃のレオン・グレイシスとヴィル・アルマークが願い焦がれ、目指した“真に世界が求める英雄”の姿に、僅かだとしても近づけた。
その筈だ――。