第三十六話:英雄の代わりに立ち上がる事なら、誰にでも出来る
2020.12.1。最後の一部を追加しました。
迷宮都市の市壁外。
南東側の森側の平原で“ソレ”は高位魔法の爆撃を受け、咆哮を上げた。
――スカルドラゴン。
霧散せずに残った竜種の死骸から生じた瘴気が周囲の魔力を汚染、変異させ、死んだ魔石の活性化を促し、動く屍を生み出す魔学的な現象の一つ。
人為的な発生は環境を整えても容易に再現でき、“高度の【ネクロマンサー】のスキル”でも使えば更に簡単に拵えることが出来る。
魔物が少ない筈の森でソレが突然、出て来ても不思議な事では無かった。
だが、二〇メートルを超すリザードマンを思わせる大型竜人のスカルドラゴンが目の前で魔力弾を吐き出しながら暴れ、様々なクラスのスキルや魔法が飛び交っていては、世も末だろう。
そんな光景の中、ギルド長マルヴァリン・ガンドルーフと治療医院長の【ハイプリースト】のセラ・ミュラリアを中心に、多くの冒険者達が都市防衛に当たっていた。
――既に、負傷している者も多い。
「うっはー、地獄絵図だニャー」
駆けつけたレオン・グレイシス達が絶句する中、猫人のギルド職員キャロルが軽く笑う。
「あら、皆も来たのね。それにレオちゃんにヴィルちゃん、そっちはどうにかなったのね。良かったわぁ」
「ミャーがいるから当然だニャー。それより、コッチはどうにもならんのか二ャ?」
長杖を掲げ、冒険者達に【上位支援職】として支援魔法を掛け終えたマルヴァリンは疲労の色が滲む笑みを見せた。
「――んー。案外、世界の危機……かも?」
今日の献立に悩む主婦の様に頬に手を当てて眉を顰めるギルド長にキャロルは渋い顔をした。
「ガチでマジだニャー?」
「マジでガチよー」
マルヴァリンは半ば呆れた様に肩を竦める。
「お前も職員なら≪看破≫を使えるだろ。自分で見てみろ、馬鹿らしくなるぞ」
それを横目にセラは戦線から離脱してきた冒険者に広域回復魔法≪エリアヒール≫を片手間な詠唱で投げつつ、フン、と鼻を鳴らした。
「どれどれニャー……?」
彼女は親指と人差し指で輪を作り“ソレ”を覗く。
「アンデッドだから、物理耐性が高いのはデフォでー。魔法耐性は火に水、土、風、かみ――って、全属性八〇%軽減って有能過ぎよ、あの骨! しかも、オートヒーリングじゃなくてリペア……。回復魔法はダメージになるから、“純粋な再生系の固有スキル”か何かで、リジェネしてるのね。そうすればアンデッドにも自動回復つけれるけど……頭良い様に見えて、馬鹿ねアレ考えた奴」
「あはっ! キャロルちゃーん、いつもの忘れてるわよー!」
「にゃーにゃー取って付けるのも、あんなの見たら取れるわ」
うんざりと溜息をついて、
「けど、その分、無理も来てるわね。魔石が生産する魔力量と強化魔法に骨格が追い付いてないじゃない。端からポロポロ崩れてるし……長くても、一時間そこらで自壊しない?」
「あら、私の勘も鈍ってないわね、同じ感想よ。無理なダイエットで痩せても身体に悪いだけだものねん!」
彼は軽口を叩くが、直ぐに表情を曇らせる。
「でも、それだけあれば、今の迷宮都市を落とすには十分なのよねぇー?」
「……『英雄の不在』――」
マルヴァリンの嘆きにリゼッタの悲痛が添えられた。
迷宮都市には実質、世界最大の戦力がある。
“外”の国の全ての武力と比べても都市一つが持つ『力』が勝ると言われている程だ。
その筆頭である都市最強の大規模パーティ『アヴァロン』。
リーダーのアレックス・ヴァンフォートの持つ、かつて神が手ずから拵えた正真正銘の聖剣なら、両断も容易い。
だが、彼等は今、ダンジョンの調査に出ている。
このスカルドラゴンを用意した連中は、その事を考慮して仕掛けて来たのだ、とマルヴァリンは眉間にシワを寄せた。
わざわざ、間に合うか否かのタイミングで。
「――足の速い子に走って貰っているけど、進行はもう三〇階層近くに居る筈だから……早くても一時間ちょっと位? 英雄が現れる頃には全部終わった後よ。結果はどうあれ、ね」
マルヴァリンは大きく溜息をつく。
「幸い“アレ”は純粋な魔力に対しての防御は甘いから、無属性魔法やスキルで押さえてるけど今の火力じゃ倒し切れない。だから私の強化魔法とセラちゃんの回復魔法で強引に耐久してるけど、骨ゴンちゃんの方がずっとタフ。――正直、自壊するまで耐え抜ける確信なんてないわ。今だってギリもギリだもの」
「なら、僕達も直ぐに加勢を――!」
「落ち着きなさいな」
剣に手を掛けたヴィルをキャロルが止める。
「戦況はギリギリと言ったでしょ? 仕事はあくまで、足止め。今戦ってる人と入れ替わるので十分よ」
彼女は、それはそうと、と。
「もし、“秘めた恋心”なんてあったら今の内に伝えておきなさい」
年頃の女性陣は不意の言葉に頬に熱さを感じた。
「こ――っ!? 今はふざけてなど……!」
リゼッタが声を上げたのにキャロルは、肩を竦ませて、
「冗談に聞こえた? 実際、戦力的には常に劣りながら耐久するのよ? 下手すれば死ぬし、人数が減れば足止めも出来なくなる――まぁ、“世界の終わりに”愛を囁くのもロマンティックではあるけれどね」
彼女は皮肉めいた笑みを見せた。
リゼッタとミリンダとライラ。そしてレオンとヴィルもその事実に息を飲む。
もし仮に、この防衛線が突破され世界樹――ダンジョンに到達し地表に風穴を開けられれば、魔物が地上に溢れ出すだろう。
そうなれば、文字通りに世界は終わりに向かう。
――もしかしたら、誰かと言葉を交わすは、コレで最後になるかもしれない。
そう想うと、リゼッタは胸が締め付けられた。
「――レオ。私は……――」
口籠る不安そうな彼女と目を合わせレオンは幼い頃の自分を思い出す。
真に世界が求めている英雄は今を生きる誰かの為に剣をとる者なのだ、と冒険者になる事を友とあの人に誓った。
そして、レオン・グレイシスにとってのその誰かは、今、目の前に居る。
彼は大きく息を吐き、覚悟を決めた。
「確認なんだけど、あのスカルドラゴンは、属性と物理の高い耐性と自動回復持ちってだけで、純粋な魔力での攻撃――無属性のスキルや魔力武装なら効き目はあるんだよな?」
「あぁ。だが、そもそもあの魔石は常に膨大な魔力を生産しつつ、骨で覆われて守られている。半端な火力では抜けんぞ。それこそ、英雄の一撃でもなければな」
怪訝そうにセラが答えたが、
「……あー、そうね。レオちゃんならワンチャンあり――かもねん?」
レオンの固有スキルを知るマルヴァリンは思案する。
「まぁ、俺だけじゃ無理だ。――けど、“俺達なら”瞬間的に英雄を超す事は出来るさ」
彼は、自嘲気味に小さく笑った。
「――レオ。それは流石に無茶です。一歩間違えば……!」
短いながらも彼と共に戦い、その技を間近で見ていたリゼッタにはレオンの言わんとする事がより明確に分かった。
「だが、現状では少しでも威力を高めるのなら、それぞれに強化魔法を掛けた僕の全力の一撃をレオンに託すのが効率としては一番良いのも確かだ」
ヴィルの意見にリゼッタは唇を噛みしめる。
――言われるまでも無い。
その策がなけなしの最善であり、それが成立する確率も、通用する可能性も確かにあるだろう。
レオン・グレイシスは成しえると、リゼッタ・バリアンは確信が持てる。
だが――最悪の結末が僅かにでも懸念されるのなら彼女は頷けなかった。
「……悪いな」
レオンは痛みを堪える様な彼女と向かい合う。
「けど、素直に我慢比べするのも確実でも無いしジリ貧だ。アレを倒せる目があるなら、それに賭ける価値はある。それに――」
少し迷ってから、苦笑して、
「俺としては、あの骨がダンジョンに辿り着いて魔物共が地上に溢れるのが怖いんだ。世界がどうの、以前に……リゼに何かあったら、と思うと怖くて堪らない」
不安は先に潰しときたいしな、と自分を茶化す様に笑って見せた。
「……――」
顔を上げたリゼッタは怒った様な、困った様な……それでいて嬉しい様な悲しい様な。
感情が混ざる表情を見せて、
「本当に、ずるい人ですね」
それらを飲み込み、笑みで返す。
「――なら、僕の剣を。あの人も力を貸してくれる筈だ。ミリンダ、すまないが君の剣を――」
「いや、お前が使え。それはお前が持つべき剣だ」
少女の覚悟にヴィルも意を決し少し大振りな短剣をレオンへ、今度はその意味を自覚して差し出すが、彼は拒んだ。
代わりに、レオンは自身の腰に提げた瓜二つの対となる剣を抜く。
その刀身には大きな亀裂が入り、鍛冶師に言わせれば、剣としては死んでいるらしい。
だが、その刃が彼には何よりも頼もしく思えた。
「お前の全力を受けるなら、やっぱコイツじゃないとな」




