第三十三話:ギルドからの要請
スラム街。
家屋の多くが痛み、どことなく不快な臭いが風に混じる迷宮都市の吹き溜まり。
ギルドに寄せられた情報では、スラム街で非合法なアイテムが流れているらしい。
実際に、先の露店商の他に幾つかの店や市民に話を聞いてみると、ポーションの小瓶が通りに落ちている事が多くなったり、ただの喧嘩の域を超え武器を持ち出す騒動も起っているようだった。
だが、その違法アイテムをばら撒く商人の素性は分かっていない。
単独なのか組織なのかも定かでは無いが、爆発的な拡散はしていない事からギルドでは単独ないし少数ではと考えて居るようだ。
その性別や背丈など、なんらかの特徴すらはっきりしないのは単に足がつかない様に警戒しているのか、それとも隠蔽系のスキルの恩恵か……。
どちらにせよ、現場から情報が持ち込まれないのであれば自ら拾うしかない、とレオン・グレイシスとリゼッタ・バリアンは赴いた。
――が、
「思ったより人気が、無い……な」
眉を顰めながら呟いたレオンに、リゼッタは頷いた。
「全くの無人、という訳ではなく家の中に隠れている様ですね。ただ……」
リゼッタは足元に転がっていた小瓶を拾い、僅かに残っていた黒に近い青紫の液体を日差しに翳す。
軽く揺らし色合いや、瓶にこびりついた汚れを確かめる。
誰かがコレを呷って、そう時間は経っていないようだ。
「“商品”のやり取りは続いていますね」
「だな。っても、冒険者崩れのゴロツキにでも聞き込みするにしても、そうもいかなそうだし――」
新しい空き瓶が転がっているという事は、買った者が居て当然売った者が居る。
その現場を見た人物が居れば話が早かった。
その為の情報料も多少用意していたし、相手が“じゃれて来たら”宥める気概もあったが持て余してしまった。
「…………」
レオンはもう少し奥に進んでみるか、と思案するが、リゼッタの事を思うと気が進まない。
彼女も個人での戦闘力は低いというが、それでもSランク冒険者。ダンジョンでは後衛に徹して貰っていたが地上での自衛程度なら心配いらないとは思う。
だが、そもそも彼女を“こんな所”に長居させたくない、というのが本音だ。
「私の事は、お構いなく」
それを察した様に、リゼッタは眉間にシワを寄せるレオンに小さく微笑んだ。
「私が此処に居るのは私の意志です。それにコレはパーティで受けた依頼ですので、どうか“いつも通り”に」
拾った瓶に栓をし、サンプルとして中身を軽くした雑嚢に納める。
「それよりも、貴方は大丈夫ですか? 彼の話を聞いてから、どこか落ち着きがありませんよ」
「――はは」
レオンは、目を丸くした。
確かにあの露天商からヴィル・アルマークが此処に来ていたという話を聞いて、少し思う所はあった。
だが、彼も自分達と同様に依頼を受け調査をしている事も十分にある。
取り敢えず、ソレはソレと頭から外していたが、彼女には見抜かれていたらしい。
もとより、“いつもは”、より危険なダンジョンで文字通りに背中と命を預けている。
寧ろ、自分の方が支えられている事に苦笑した。
「そうだな。いつも通り、頼りにさせて貰うよ」
「えぇ、お任せください」
さて、と気持ちを切り替えて周囲の探索を再開する。
とは、いうものの――。
外に出ているのは、酒瓶を抱え酔い潰れている男や、近づく事を許さない殺気を放つ女冒険者など真面に話を聞けそうな連中では無かった。
まぁ、中身の多く残った瓶は幾つか拾えたので、成分の解析には事欠かないだろう。
違法アイテムの出所がそう簡単に分かる筈も無い。今日の所は、一旦撤収しようかと思った頃、
「――あれは……?」
レオンは見知った人影を見た。
◇
「――ミリンダ!」
路地裏を進んだ先の袋小路。
かつてのパーティメンバーの【ルーンソード】の姿にレオンは友の顔が脳裏に過った。
「レオン……!」
青ざめていた彼女は、一瞬表情を明るくさせたが直ぐに口を噤む。
どうしてミリンダ・ルクワードが一人でスラム街に居るのか、というのは容易に想像がついた。
それでも、敢えてレオンは訊ねる。
「何で、一人でスラムなんかに。この辺りで違法アイテムの売買があるって話はギルドで聞いてるだろ?」
「ヴィルが――居ないの」
ミリンダは戸惑いを見せながら、
「アンタとの試合の後、私達、色々話して……ホントなら今日のお昼にはもう一度話合う予定だったの。それまで自分がどうしたいか考えてたんだけど……。昨日から宿にもギルドにも……何処にも居ないのよ――!」
静かに叫んだ。
一瞬、しんっと静まって。
「ライラはどうしてる?」
「……今日は住宅街の方を探してる」
「そうか……」
レオンは眉間にシワを寄せるが、強引に笑みを作る。
「色々話したってんなら、アイツ――俺達が冒険者になった理由も詳しく聞いたんだろ? 昔は此処を目指す事ばかり話してたしな」
「うん。アンタ達の短剣の事とか……それと、シスターの事も」
「――なら、心配は無いさ。そこまで話してるってんなら、無茶な事はしない筈だ」
レオンは茶化す様に肩を竦ませながら、
「っても、あの正義感の塊が大人しくしてるとも思えないけどな。何せあのオーガに単身突っ込む位だからな」
「そうかも……しれないわね」
ミリンダの表情が少し緩んだのを見て、
「では、一度ギルドへ戻りましょう。違法ポーションのサンプルも回収出来ましたので今日は撤収しましょう」
リゼッタの提案に二人は頷いた。
「だな。もしかしたら、アイツもギルドに顔を――」
レオン達が袋小路を引き返そうとした時、複数の人影がユラリユラリと覚束ない足取りで歩いて来た。
男が多いが女も居た。衣服がボロボロな者も割りとしっかりとした装備の者も様々。
だが、共通して息苦しそうに呼吸が荒く、殺気立つ獣の様な形相をしている。
「――――うっわっ……」
思わず、レオンからうんざりとした声が漏れる。
どこからどう見ても、“完全にキマって”いるだろう。
傷を負いつつ自身の手が文字通りに血で染まっている者も少なくない。
先日の二階層でのホブゴブリンを思い出す。アレも多少のダメージを無視して暴れ回る類の怪物だった。
数は七。内二つは剣と軽斧を装備した冒険者崩れ。
そして三つは明らかにその日の食事にも苦労する程の貧困者だった。
ともあれ――。
「――」
チラリと、リゼッタとミリンダに視線を投げると頷きで返される。
「貴重な証人……には、ならんだろうが――取りあえず、捕縛する。なるべく怪我はさせんなよ!」
「承知しました!」
「分かってるわよ!」
レオンとミリンダはそれぞれの剣を抜き、リゼッタは雑嚢に手を忍ばせながら詠唱を開始する。
「――ぁ゛、ぁあぁああぁあああああ!!」
三人の戦意に反応してか、彼等はアンデッド系の魔物の様な動きで、獣人以上の速度を見せた。
レオンが剣持ち、ミリンダは軽斧持ちに肉薄しその武器を弾き飛ばして足をすくい投げ倒す。
「やれそうか?」
「当たり前よ」
そのままそれぞれが非武装の男達に走り、体術で組み伏せる間に、三人の貧困者の動きをリゼッタの防壁魔法で止める。
「――使います!」
続けてリゼッタはその足元に無数の小石程のジェムを投げ、発動した粘着質のスライムが絡み転倒させた。
一流の冒険者ならまだしも、普通の市民なら起き上がれない筈。
だが、
「ぃ、ぁ、ぅぁっ」
身体が悲鳴を上げていても彼等は、立ち上がろうと足掻いている。
「こいつ等、まだ――!?」
「いや、そのまま押さえてろ!」
ミリンダは身構えるが、レオンが制した。
「リゼ!」
レオンが腰のポーチに手を入れると同時に彼女も雑嚢の中を探る。
それぞれが掴み取った幾つかの小粒のスタンとスリープジェムを撒いた。
内包していた劣化した下位阻害魔法が混ざりながら広がり暴徒の動きをようやくだが、完全に封じる。
「……無力化は、出来た様ですね」
「ここまでして、だけどな」
リゼッタとレオンは大きく息を吐き、
「ったく、なんなのよ! いくら違法なアイテムだからってこんなのただの魔物じゃない!?」
ミリンダは頭を抱えた。
確かに、彼女の言う様に度が過ぎている。
この手の品は中毒性が高く、初めのうちは安価で売り、依存し切った所で値段を吊り上げ利益を得るのが典型的だ。
しかし、どうみてもその日の食事にすらありつけない程の貧困者すらも“客”となっている。繰り返し搾り取る事は望めない。
そして、その作用も服用者がやせ細っていてもゴブリン程度の脅威になる程。
それだけ強引に魔力を生成したのなら、暴徒として錯乱するのも納得出来た。しかし、その分、炉である心臓が持たない事もあるだろう。
――コレを売りつけている人物は単に利益を目的としていとは思えない。
更に言うのであれば、自身が尾を見せずにいる癖にポーションの瓶が散乱し、服用者が暴徒になろうと構う様子が無い。
普通、違法品を扱う商人は諸々目立たない様にする筈だが……。
「――いや、どっちかってーと。……“目立とうとしてる”?」
「違法ポーションの存在を隠す気がない……と?」
レオンの呟きにリゼッタは怪訝そうに、それでいて、どこか納得した様に雑嚢に仕舞っていた拾った瓶を改めて見た。
「まぁ、ともあれコイツ等の保護なり拘束なりが必要だから、どちらにせよギルドに――」
と、思考を切り上げたレオンが肩の力を抜いた頃。
「ギルドに何か御用かニャー?」
なんて、スラムに似つかわしくない、軽い口調とわざとらしい語尾に振り返る。
いつの間に、と三人が目を見開く中、猫を思わせる獣耳と尾を持つ女性が軽く笑う。
「おー、どいつもこいつも、皆ノビてるのニャー。容赦がニャーが、そこがミャー好み」
彼女は見慣れたギルド職員の制服を動きやすい様に着崩して、冒険者の様に一対の短剣と大一つと小二つのポーチが付いたベルトを腰に携えていた。
「明日の為の下見で来ただけだったけど、此処で会えたのは都合が良いのかニャ?」
普段より幾分、アイデンティティな語尾が割り増しだったが、不敵に薄く微笑んで、
「レオン・グレイシス氏へギルドから協力要請を伝えます」
――明日の昼頃、スラム街で違法アイテムの取引が行われるらしい。




