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第三十二話:露店から得られるもの



 朝には遅く、昼には早い半端な時間帯。


 レオン・グレイシスはリゼッタ・バリアンと共に迷宮都市の商業区に訪れていた。


 繁忙時間には少し外れているが、武器屋を始め道具屋の殆どに人が入り賑わっている。


 冒険者ギルドがある中央区よりもやや小さい商業区の広場。そのシンボルである設立当初に都市の発展に大きく貢献した商人の像の周りに広がる露天の一つが気になった。


「よう、お二人さん! 冒険者の人かい? 冒険に役立つもんは無いが、それでも世界中の珍しい品々さ、是非手に取っておくれ」


 どことなく退屈そうな店主の男性が二人に気が付くと、営業スマイルで迎えた。


 広げられた大きな風呂敷の上に並ぶ、神話の幻獣を模った像。

 縞模様や淡い色合い石の宝石よりだいぶ安っぽい指輪や首飾り。

 どこかの民族の呪具なのか動物の骨で出来たオブジェ。


 旅先で手あたり次第にかき集めて来た、と言わんばかりに統一性の無い品々だがその中でもリゼッタの興味を惹いた物があった。


「これは……細かい装飾ですね」


 女性の手の平に収まるサイズの黄金色の雫型で文字とも思える複雑な模様が彫られている。


 円状部を抓むと、スルリと抜けた。

 鈍く白く光る中身は鍵の様にも思えたが、特有の凹凸も無い。


「まさか、剣……とか言うんじゃないだろうな」


 怪訝そうに眉を顰めるレオンに店主はパチン、と指を鳴らした。


「兄さん、正解だよ。コイツは『森人の守剣しゅけん』さ。まぁ、剣と言っても刃は無いからただのお守りなんだけどね」


「森人……では、エルフの?」


 リゼッタの疑問に、彼は、“此処だ”と言わんばかりに、


「あぁ、贈り物らしいよ。何でも、贈り方で意味が変わって来るとか――」


 例えば、と。


「剣と鞘を一緒に渡すと『もう会えない相手へのはなむけ』。剣だけを渡すと『帰って来る事を願う』とか『武運を祈る』。鞘なら『いつか会いに行きます』……それで、再会した時に剣を鞘に納めると――」


 四本目の指を折るのを途中で止めて、


「――って感じだよ。どうだい、なかなか面白いだろ!」


 誤魔化したな、というレオンの視線から店主は逃げる。


 エルフの文化に明るくないレオンには、その三つの意味も正しいか定かでは無いのだが、リゼッタが気に入っている事は彼女の表情を見れば分かる。


 チラリと値札を見れば、他の商品より幾分高いがそれでも露店での事。


 自身のポケットマネーで十分だ。


 そして、店主の“ほら、どうします兄さん?“という顔。


 溜息をついて、


「……じゃ、それ貰えるかな」


「はい、毎度!」


「ぁ、いえ。そういう訳では――!」


「良いよ。別に高価でも無いし、気に入ったんだろ?」


 リゼッタがそのお守りを風呂敷に戻そうとする前に、レオンは店主に料金を渡して、購入を済ませた。


「それに、日頃のお礼には安い位だ」


「――……それでは、ありがたく」


 彼の照れた様な苦笑に、リゼッタはソワソワとした気持ちになりつつ極小の剣を鞘に納め優しく手で包む。


「なはは! 初々しいね、さては付き合いたてかい」


「っき、あ――!?」


 咽返るリゼッタの背を擦りつつ、


「所で、最近変わった事とかってあるか? 噂じゃご禁制のアイテムのやり取りが近頃増えてるって話だけど」


「この先のスラム街だろ。この辺りじゃ見ないがそっちの路地裏じゃポーション飲んでぶっ潰れてる奴等も居るってのは聞くな」


「それを売ってる商人ってどんな奴だったとか、知らないかな?」


「ん? ――あぁ、ギルドの依頼か」


 店主は納得した様に僅かに唸る。


「まぁ、実はな」


 昨日。レオン達が帰還した時にはギルドは大まかな事情を把握していた。


 ホブゴブリンに襲われていた冒険者も無事に戻れたらしいが、その怪我と挙動不審の様子に、外に出ていたギルド職員が保護したとの事。


 動ける冒険者を招集し直ぐに残っていた冒険者の救出とダンジョンの調査を行い、惨事は免れた。


 だが、レオンの感じた嫌な予感はやはり当たっていたらしい。


 襲われた冒険者の言う事には、あのホブゴブリンを二階層端の行き止まりエリアで見つけた時、ポーションを瓶ごと口に放り込んでいた。


 近くには幾つかの大きな雑嚢がありそれは、冒険者から奪ったものだと思い、そのまま奇襲をかけたのだ。


 それが間違いでもあったし、地上に出る前に討伐出来た為に結果としては正解とも言えた。


 ギルドの調べでは、その周囲には“ポーションのみ”が入った雑嚢だけ。

 そして、そのポーションは黒に近い青紫であり、調べた結果は案の定のご禁制のブーストポーション。


 確かに、違法アイテムが出回る事も迷宮都市でもままあるし、それがダンジョンで使用、放棄される事も珍しい事では無い。


 だが、“ただ捨てただけ”にしては単純に“数が多く、整っていた”という。


 ――つまり、誰かが意図的にソレを置いた、という事。


 その誰かは、凡そ普通の冒険者である筈がない。


「……いや、悪いがそう言った情報は分からないな。この数日はここで風呂敷を広げているけど、冒険者の人達がそういう話をしているのを小耳にはさむ位だ」


 彼は少し考えて、


「なんなら、他の露店にも聞いてみようか。いつも昼過ぎに店を広げる奴らも居るからな」


「頼めるかな。手間を掛けさせて悪いけど」


「なに、手間と言っても世間話のついでさ。――まぁ、俺達も何かあったら直ぐにギルドへ通報してるから、あんたらが知りたい様な情報があるとも思えないけどね」


「構いません。今はどんな些細な事でも有用な手がかりになりえますので」


 リゼッタはコホン、と咳払いをして頭を下げた。


 それじゃ、と二人が店を後にする間際、レオンは店主に呼び止められた。


「ん?」


「その、なんだ……」


 歯切れ悪く、躊躇いを見せたが、


「今、気付いたんだけど……。兄さん、もしかしてこの間、訓練所で試合をした【ガーディアン】か?」


「……迷惑だったかな?」


「あぁ、いや、そうじゃなくてね……」


 苦笑するレオンに店主は慌てて否定して、


「余計なお世話かもしれないが――【ブレイダー】の彼が昨日、スラム街に行くのを見たんだ」


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