第二十七話:痛哭
レオン・グレイシスとヴィル・アルマークは冒険者ギルドが管理する迷宮都市の市壁外にある訓練場で対峙した。
ガヤガヤと騒がしい観客の声も二人にはどこか遠くに聞こえる。
「よく逃げなかったね、レオン」
「流石に、もうお前から逃げれないからな。それにこれ以上、アイツらも巻き込めないだろ」
レオンは腰の――本来は彼が持つべき短剣を抜く。
「元々“コレは俺達だけ”のケジメだ。俺達がまたそれぞれの英雄を目指す為の」
「そうとも、僕は今より強くありたい。そうじゃなければ、より多くの人を救える英雄になれない」
ヴィルも長剣を抜き、応える。
――ごめんな、シスター。なんか、変な事になっちゃったよ。
レオンは、友の短剣越しに彼を見て自嘲気味に苦笑した。
この戦いに、意味なんて無い。
ただ、おやつを賭けて駆けっこする程度のものだろう。
――貴女が今の俺達を見たら、何て言うのだろう――?
「――では、双方に耐物理魔法の防御魔法を施します。その守りを先に剥がした方を勝利とします。仮に、決着後にも戦闘が続行させる様なら私が介入し、後にギルドから処罰を下します」
レオンとヴィルより少し下っていた獣耳のギルド職員と共に治療院の【ハイプリースト】が歩み寄り、めんどくさそうに溜息をつきつつ高位の魔法を施した。
「一応、私は上級回復職だ。腕の一本や二本飛んでも直ぐに生やしてやれるが、他の患者の後にするぞ。私はお前達のじゃれ合いに付き合う程、暇ではないのでね」
言って、長い紫髪の女性は訓練場を後にした。
それを見届けて、獣耳の職員は手を上げる。
「では、構えを――」
数秒の間を置いて、
「――始め!」
何らかの移動系のスキルか、それとも獣人故の脚力か、彼女は腕を下ろした瞬間に大きく退いた。
レオンとヴィルがその速力に一瞬、視線を奪われるがほぼ同時に意識を互いに戻す。
一歩踏み込めば、互いが斬り込める間合い。
二人は同時に――距離をとった。
そして、剣に魔力を込める。
「はぁっ!」
「やぁっ!」
放出系剣術下位スキル《飛刃斬》を同時に放ち、相殺――否、熟練度の分、僅かにレオンの斬撃が勝り、魔力が霧散した。
「っ――おぉっ!!」
ヴィルは叫びながら、新たに剣に魔力を込めて姿勢を低く地面を蹴る。
剣術中位スキル《蒼波瞬迅牙》。
「らぁっ!!」
その炎の様な蒼い斬撃を纏いながらの突進の勢いと身体の捻りを乗せた刺突にレオンは剣術下位スキル《蒼波刃》を合わせて剣先の軌道を逸らし滑らせ、鍔迫り合う。
「レ……オン――!!」
ヴィルは牙を剥いて、長剣を無理矢理に振るいレオンを弾いた。
「ヴィル――!!」
追撃と長剣の刀身が赤く光るスキルの予兆。剣での防御は間に合わない。
ならばと、《瞬甲晶盾》を自分との間に展開し、視線を遮った。
スキルの発動はその効果に見合った魔力操作が要求される。高威力である程に集中力が必要な繊細なものだ。
その発動の間際に目の前に《盾》が現れたら、どんな手練れの戦士でも多少なりともリズムが狂う。
「っ゛、この……!」
魔力の制御が崩れ剣術スキルが強制終了したヴィルは、滑る様にレオンの剣を持つ利き手と逆側に回り込んだ。
それに、レオンは長剣を振り上げる彼の背後に再度《盾》を張る。
赤いオーラを纏う剣先がその“壁”に弾かれ、動作と魔力操作の邪魔をした。
「ふっ!」
目を見開くヴィルに、レオンは深く姿勢を落とし、力強い踏み込みと共に短剣を叩き付ける。
それは引き戻された長剣で防がれた。
「ぅっ!?」
――直後にヴィルは”若干の身体の硬直”を感じる。
彼はその違和感がレオンの固有スキルの効果である事を悟った。
【インパクトアブソーバー】は迎撃系防御スキル。
その発動には相手の攻撃に自分の攻撃を合わせる必要があるのだが、厳密に言えばスキルが許容する“極僅かな受付け時間”内に適切なタイミングで『動いている対象と衝突する』事が条件になる。
だから、『敵からの攻撃』以外にも落石などにも対応出来る代物だ。
そして、自分の攻撃に対する相手の迎撃の様な“動きのある防御”ならば、タイミング
さえ合えばそれをスキルは『対象との衝突』と解釈する。
――本来、受け身である筈のカウンター効果を強引に押し付けられた。
衝突力の蓄積による強化は望めないものの、純粋な武術としてのパリィよりもそのタイミングはシビヤな業。
眉間にシワを寄せるヴィルを、
「咆衝閃――!」
押し合う刀身から方向性を持たせたレオンの放つ僅かに強化された衝撃波が襲い、転がす様に吹き飛ばす。
「ぐっ……!?」
ヴィルは受ける直前に《闘気》を放ち直接的なダメージは免れたが頬に着いた土を拭いながら、レオンを睨む。
「まだ……僕の力は――!」
そして長剣を担ぐ様に構え、刀身が青く強い光を放つ。
《絶双飛刃光斬》。
剣を振るう軌跡で斬撃がその場で留まり、すぐさま斬り返すと、斬撃が重なり巨大化されて上位剣術スキルが撃ち出される。
【リミットブレイク】により更に底上げされた、矢を遥かに超える速度と並みの防御魔法では防ぎ切れない高威力。
だが、ソレはレオンに直撃する間際に一瞬停止して掻き消えた。
相応なスキルで強引に相殺した訳ではない事は仕掛けたヴィルが良く分かる。
――【インパクトアブソーバー】。
レオンの剣に魔力が帯びるのに、ヴィルは歯を食いしばる。
「――こんなものじゃない!」
叫び、長剣を地面に突き立てた。
レオンを囲む様に、その足元から魔力で編まれた様々な刀剣が飛び出す上位剣術スキル《千華牢咬陣》。
「《円旋衝》」
ヴィルの高位スキル分の威力を上乗せした範囲系下位剣術スキルが大量に生える魔力武装を薙ぎ払う。
「っ――剣よ、舞い踊れ!」
魔法にも似た上位剣術スキル《舞幻操四剣》。
ヴィルの頭上に魔力が集中し、四振りの魔力武装が展開する。
「行け――!」
彼の指示に従い《大剣》がレオンに飛来する。
鳥の様に素早く飛ぶそれに彼は臆さず前に踏み込んだ。
「はぁっ!」
直線で撃ち出された二振りを続けて弾き、残りの左右からの二振りを順に落とす。
この手の魔力武装の軌道は発動者の任意であるが故に、癖というものが出る。
それを、レオンは良く知っている。
四振り分の魔力と衝撃を短剣が飲み込んだ。
「おぉおっ!!」
ヴィルは長剣を空に掲げ、滝の様な魔力の蒼い奔流を放出させる。
剣術下位スキル《蒼波刃》の純粋な上位スキル。
「天衝――蒼流波!!」
「蒼波刃!」
振り下ろされる巨大な蒼い奔流にレオンは威力を上乗せされた剣術下位スキルで迎え撃ち、軌道を逸らす。
ヴィルのスキルが地面に落ちて、レオンとの間に大きな溝を作った。
「――何故だ……?」
ギリッとヴィルは歯を鳴らす。
スキルの撃ち合いで互いに無傷。
それを、互角とは言えないだろう。
高位スキルが下位スキルに相殺された。
消耗は明らかにヴィルの方が大きい。
「何故、君に届かない! 僕はアレから強くなった筈だ!」
それをヴィルは認められなかった。
「――まさか、“実力を隠していた”とでも言うのか……? ふざけるなよ!? なら何で君は諦めたんだ!!」
力任せに放たれる剣術中位スキル《飛刃烈斬》をレオンはまた一振りで掻き消し短剣に蓄積させる。
「これだけの強さを持っているなら――僕より強いなら!」
ヴィルの上段から斬り下ろす突進剣術中位スキル《襲鳴鷹刃牙》と、レオンの下段から斬り上げる突進剣術下位スキル《狼刃牙》が衝突し、鈍い金属音を響かせる。
そして互いに剣をいなし、改めて横薙ぎで斬り結ぶ。
「十階層よりも下に行けた筈だ! 初めから君が真剣に戦っていれば、僕らは、“昔のまま”で居られた筈だ!!」
長剣を押し込むヴィルに、レオンは短剣で堪えながら困った様に小さく笑う。
「あの時に俺がもっとお前と向き合って話合っていれば、確かに、俺達は“子供の頃のまま”で居られたのかもな。今頃は一緒にダンジョンに入り浸っていただろうさ」
「ならっ――!!」
だが、とレオンは、
「どちらにせよ“今の俺達”にはそこまで下層に潜るまでの力は無い。それに俺は、お前の様に強くも無いし、その伸びしろも無い。仲間の盾にもなれない……お前の言う様に【ガーディアン】として欠陥品だからな」
眉を顰めた。
「でも僕は……君にも勝てない!! 僕より君の方が――!」
ヴィルはレオンを弾き、長剣に魔力を込めて地面を蹴った。
彼の最初にして最大の奥義――《竜牙滅爪連斬》。
刀身を覆う赤い光が【リミットブレイク】の性能向上効果により更に強く輝いた。
それぞれ四つの斬撃を追撃で放つ八連撃――その初撃、左の袈裟斬りを、
「――それは、“俺とお前だから”だよ」
レオンは左斬り上げで“合わせた”。
長剣が纏う赤い魔力が消えて、ヴィルは身体の硬直に目を見開いた。
「――っ゛……おおっ!!」
ヴィルは中断させられたスキルを、魔力を剣と四肢に込めて強引に再開する。
次撃の右袈裟斬りにレオンは同様に右斬り上げで“合わせた”。
「――確かに、魔物や他の冒険者を相手にする時は、お前の方が圧倒的に強いさ」
左斬り上げを左袈裟斬りで、右斬り上げを右袈裟斬りで“合わせる”。
「俺は、こんな上位スキルなんて持ってないからな」
左横薙ぎを左横薙ぎで、右横薙ぎも同様に。
「けど、“お前にだけ”は話が別だ」
レオンは昔を懐かしむ様に、
「“ガキの頃から一緒に修行してるんだから、お前の間合いやタイミングは身に染みてるんだよ”」
――いつかと同じ言葉を口にした。
「――――――」
ヴィルは、その辺りの枝を拾って振り回していた頃を思い出した。
そして、何度も自身のスキルをレオンがその固有スキルで受け止めていたからこそ、熟練度が上がっていたのだ。
どんなに速く重い一撃でもその呼吸を完全に把握していれば、対処のしようはある。
長年、遊びの延長として稽古をし続け、共に本気で強くなろうとした二人であれば、その細かい挙動、視線からその攻撃や思考を読む事は不可能ではない。
上段からの斬り下ろしを下段の斬り上げで止める。
「……だからこそ、僕は――君と何処までも戦い続けたかった」
「俺も、お前と同じ【クラス】があれば、そう思っていた」
レオンは連撃最後の斬り上げを、斬り下ろしで止めた。
「だからこそ――Sランクになった時にお前よりも自分の弱さが身に染みたからこそ、あのまま突き進む訳にはいかないと思った」
固有スキルの効果を受けた上位スキル分の威力を飲み込んだ短剣が大きく脈打った。
「まぁ、こんな風に拗れたのも――俺が“誰かの為の英雄”になる事も、お前と話し合う事も、諦めたせいだ。本当に――」
「今更だ――!!」
ヴィルは短剣をいなしつつ、魔力を長剣に込める。
「――あぁ、今更だ」
レオンも短剣に魔力を込めた。
そして、互いの即撃剣術下位スキル《瞬刃閃》の撃ち合い。
同じスキルの衝突。
【リミットブレイク】による過剰強化と、【インパクトアブソーバー】からなる【リリースバースト】の底上げは粗、互角。
互いの熟練度と武器の性能差が勝敗を分けた。
レオンとヴィルの短剣はそれぞれ多少の差はあえれどスミスでの整備に加えルーンの付与を施している。高価とはいえ、ただ購入したばかりの剣にも劣らない代物だ。
「――――」
結果として、ヴィルの短剣が、長剣を斬った。
「それでも、僕はもう――止めれないっ!」
半分程になった長剣に魔力を込める。
レオンにはそれが《蒼波刃》の予兆である事が直ぐに分かった。
「いや、お前はここで一度、止まれ。そして思い出せ、お前はどんな英雄になりたかった?」
直後、ヴィルは腹部に上位防御魔法を貫通する程の衝撃と鈍い痛みを感じる。
「――た、て……?」
水平に撃ち出された《瞬甲晶盾》の打突にヴィルの膝が崩れ落ちた。
「俺の《盾》は攻める為の盾だって、教えられてな」
ヴィルの意識が完全に削られて、折れた剣から魔力が霧散する。
「――そこまで」
少しだけ間を置いて、獣人のギルド職員が移動系のスキルで突如、姿を現した。
倒れるヴィルを確認し、小さく溜息をついて、
「……勝者、レオン・グレイシス!」
彼女の宣言に歓声とブーイングが沸いた。
「良いぞ、良くやった!」
「何やってんだよ、だらしねぇーな!」
好き放題に騒ぐギャラリーの中、
「――追放した奴に負けるなんで、ざまぁねぇーな!!」
レオンには、そんな嘲りが妙にはっきり聞こえた。
「……ざまぁない、か」
握る友の短剣を見つめ、腰に提げた自身の短剣の柄に触れる。
――『喧嘩はやめなさーい!!』
幼い頃、修行と称したじゃれ合いにシスターが血相を変えて飛んで来たのを思い出す。
「まさか、こうなるとはねぇ……」
レオンは自嘲気味に薄く笑って、剣を鞘に納めた。
嘗ては、“真に世界が求める英雄”になる為に旅に出た筈だった。
物語の様な世界の危機を救う偉大な英雄などでは無くて。
ただ、そんな彼らが気にも留めない人々に手を差し伸べられる英雄になりたかったのだ。
「ホント、ざまぁない――わな」