第二十四話:昔とは違う【ガーディアン】と【ブレイダー】
朝、というには少し遅い時間。
――レオン・グレイシスの目覚めは、衝撃的だった。
目を開けると、文字通りの“目と鼻の先”にリゼッタ・バリアンの寝顔があれば驚くだろう。
戸惑っていると彼女も目を覚まして身体を起こすが、うつらうつらと船を漕ぎつつ、大きな欠伸を見せて、レオンは妙な背徳感に目を晒した。
何とも言い難いバツの悪さを感じていると、意識が覚醒し始めたリゼッタが羞恥にベッドから転げ落ち、その拍子に仕切りのカーテンを引き千切ってしまったのだ。
紫髪の治癒術師に「騒ぐなら患者の邪魔だ、とっとと出て行け!」と、追い出されたのだった。
そのまま、取りあえず昨日の報酬を受け取りに行こう、とレオンとリゼッタが冒険者ギルドに顔を出すと、
「――レオちゃん! もう身体は大丈夫なのぉぅ!?」
二〇後半程の男性が、トーンを上げて女性の様な大げさな声色で出迎えられた。
「ユニークウェポンを持ったイレギュラーと戦ったって聞いて、私もースンゴイ心配しちゃったんだからぁ!」
背が高く長い手足。艶のある手入れを怠らない緩い癖の瑠璃色の髪。切れ長の翠の瞳。
中性的な顔立ちに薄くも丁寧な化粧が、より女性的な印象を周囲に与える。
見た者を素直に、綺麗と思わせる彼がレオンに抱きついた。
ギルド職員の制服の為、彼も職員だとは分かるが、雰囲気が諸々独特で戸惑った。
「あ、あの……貴方は――」
「あら、リゼちゃん。近くで見るとやっぱり美人さんよね。貴女も無事で良かったわぁー!」
困惑するリゼッタに独特な彼は両手を広げるが、身の危険を感じてリゼッタはレオンの後ろに抱きつく様に隠れた。
あらあら、と彼は腕を組みつつ片手を頬に置く。
「ごめんなさいね。ワタシったらすーぐ抱きついちゃう癖があるの」
オホホと眉を顰めながら笑う彼は、咳払いをして、肩と腰を僅かに傾けてポーズを決める様に胸を張る。
「――私はこの迷宮都市のギルド長を務めるマルヴァリン・ガンドルーフよ。可愛くマリン、って呼んでねっ!」
そのウインクに一瞬、呆気に取られたが実質的なこの都市の責任者に緊張を覚えた。
それに彼――マリンは、わざとらしく身体をくねらせる。
「って言っても、冒険者の皆の頑張る姿を見るのが好きなだけの“お姉さん”なんだけどねん」
「――お、姉さ、ん?」
「そうよ、何かしらレオちゃん? 言いたいことがあるなら、お姉さん聞いちゃうわよ、ん?」
ギルド長の美しく作られた笑みに、思わず口をついたレオンは表情を引きつらせた。
「あの、それで昨日のユニークウェポンの《鑑定》はどうでしたでしょうか……?」
「あーん、それねーそれよねーん、気になるものねーん……」
レオンの背に隠れたままのリゼッタの質問に、自称お姉さんは思いっきり眉をしかめて、言うか言わまいか悩む様に口をへの字に曲げた。
だが、彼の立場上、レオンとリゼッタの置かれている現状を説明する義務がある。
大きな溜息をついて、
「――昨日のダンジョン攻略の折、異常事態のオーガが所持していた黒い剣の所有権をパーティ『鋼の翼』が主張した。その為に、当事者での交渉の場を当ギルドは設ける事とした」
その声色の変化に狼狽えながらレオンの目が見開かれ、リゼッタが抗議しようと眉を吊り上げるが、
迷宮都市パルディシア管轄ギルド長マルヴァリン・ガンドルーフは個人的な意見を殺し、
「コレは冒険者レオン・グレイシス氏への正式な要請である」
――告げた。
◇
「――コレはどういうおつもりですか?」
冒険者ギルドの応接室で長いソファーに座り待っていたレオンとリゼッタに後れて訪れたパーティ『鋼の翼』のリーダーヴィル・アルマークが向かえのソファーに座るなり、堪らずリゼッタが問いかけた。
「リゼッタ・バリアン氏。当交渉はあくまでのパーティリーダー同士で行うものです。メンバーの皆様の同席は認められていますが、積極的な発言はお控えください」
普段はニャーニャーとわざとらしい語尾と軽い口調の獣人の女性職員が、静かに告げたのにレオンとリゼッタ、そしてヴィルの後ろに控えたミリンダ・ルクワードとライラ・リーイングが呆気に取られた。
「ヴィル・アルマーク氏。ハイザ・ウィスパー氏が見られませんが?」
「……彼は今朝、パーティを抜けました」
彼女の質問にどこか苦い顔でヴィルは答えた。
「ハイザは……自分から抜けたのか?」
「僕達のパーティでの事だ。部外者の君には関係ないだろう」
一言を交わすだけで、ピリピリと場の空気が張り詰める。
互いのパーティメンバーが僅かに身構える中、獣人の職員は小さく溜息を漏らした。
「――後程、確認と処理を行います。では、入手したユニークウェポンの所有権の話合いを行ってください。私は“有事の際”に備え同席させて頂きますが、交渉自体は当事者でお願いいたします」
彼女は告げて、手にしていた布で包まれたソレをテーブルに置いて部屋の隅に下がった。
《鑑定》の結果、その黒い剣に呪いなどのバッドステータスは無いらしい。
後は、その所有権を決めるだけだが、ソレが厄介だ。
本来であれば、複数パーティでの戦闘で得たアイテムは一番貢献したパーティが得るべきものだが、ソレは冒険者としての良識で成り立つ話。
自分達の利益の為に“主張するだけしてみる”となった場合は、水掛け論になるだけだ。
パーティ総出で言い合いになると余計に収集がつかなくなるので、ギルドの立ち合いの元、リーダー同士での『落とし所』の見極めとなる。
「――改めて、俺から言わせて貰うが……。どういうつもりだ?」
レオンはヴィルを見据えながら、
「確かに、ギルドを介さないメンバー同士での口約束に規定としての強制力は無い。だが、リーダーであるお前も一度は了承した筈だが――間違いないだろうか?」
彼の後ろのミリンダとライラにも投げかける。
「……――」
居心地の悪そうな二人は息苦しそうな表情を見せたが、
「なに、冷静に考えた結果さ」
と、ヴィルはどこか、自信あり気に前置いた。
「――まずは、昨日の事に一応、礼を言っておくよ」
だが、と、
「あのオーガを倒したのは君だけの実力じゃない。バリアンさんの補助魔法と僕達との連携があってこそだ」
「あぁ、そうだな」
何をぬけぬけと、リゼッタが唇を噛みしめるが、レオンは頷いた。
彼が適当に聞き流している訳では無く、素直に認めているのは彼女には分かる。
自分の力のおかげ、と言われればパートナーとしては嬉しく誇らしい。
事実、ヴィル達の攻撃はあの治癒能力でほぼ再生していたが、ダメージそのものは蓄積されていた筈だ。
レオンの|【インパクトアブソーバー】《パリィ》が成功した要因の一つでもあるだろう。
……だからこそ、彼女はヴィルのしたり顔が妙に腹立たしく思えた。
「そして、このユニークウェポンは非常に強力な武器だ。あのオーガは下層域の魔物だがあそこまでの戦闘能力を持ったのもこの剣による所が大きいと僕は見た」
「俺もそう思うよ。元々オーガは人の武器を扱うのに長けている種だ。その武器の魔力適正が《闘気》をより強力にしたんだろうな」
レオンの言葉に、ヴィルは僅かだがニヤリと口元を歪ませた。
「それ程の剣だ。扱うには相応の技量が要求される。それこそ、純粋に剣の扱いに長けた【クラス】が持つべきじゃないかい?」
つまりは、と。
「攻めと守りが半端な【ガーディアン】である君よりも【ブレイダー】である僕が持った方が有効に使える筈だ」
ヴィルは主張する。
「――だが、それじゃ君も納得出来ないだろう? だから、勝負をしよう」
「……勝負?」
「そうさ。市壁外に訓練場があるだろ? そこで、僕と一騎打ちをして、勝った方がこの剣を得る――どうだい“公平な勝負”の結果なら文句は無いだろ?」
自信に満ちたその顔にリゼッタは“腸が煮えくり返る”という意味に実感を持った。
この黒い剣が相応しいのは戦闘の功績を考えなくともレオンだろうと彼女は思う。
形状としては片手剣だが、その重量は少し重めだったのを持ち帰ったリゼッタは知っている。
感覚としては、寧ろ大剣に近いと思う。
大振りな部類であるバスタードソードを扱えるレオンと、振るい易さを重視した長剣を主武装にしているヴィルでは諸々と差が出てくるのは明白だ。
そもそも、誰のお陰で今、そんな口が利けると思っているのか。
剰え、それを賭けて勝負をしようと言う。
――自分が勝つに決まっている。そう確信を持っている様だった。
「貴方という人は――っ!」
リゼッタは堪らずに立ち上がり、ぶちまけてしまおうかと思ったが、それを察してレオンは膝の上で握られる彼女の拳に手を添えた。
小さく「大丈夫だから」と彼の口が動いたがその手の大きさと温かさ、そして異性を感じさせる硬さに内心「あ、無理です。全然大丈夫じゃないです」とリゼッタは思う。握り返す勇気も、手を引くのも勿体ない気がして口を噤んだ。
「ねぇ、ヴィル。やっぱり止めましょう。流石にやり過ぎよ……レオンのお陰で助かったのは本当だし」
「それにこの剣はヴィルには少し重いと思う……」
ミリンダとライラの戸惑いながらの苦言。
「レオンだけの功績で無いのも事実だよ。それに、僕は【ブレイダー】だ。どんな武器でもそれが『剣』であるなら扱える素質は持っているさ」
それにヴィルは振り返る事無く答えた。
「それで、どうする? 優れた武器は相応しい使い手が持つべきだと思う事は間違っているかい?」
改めてのヴィルの問いに、レオンは溜息をついた。
「一人で話を進めないで貰いたい。こちらの主張がまだだろ」
予め、彼もパーティリーダーとしての主張をリゼッタと相談している。
「相応しい、というのならリゼ――リゼッタ・バリアンが一番の功労者だ。お前の言う様にオーガを倒せたのは彼女のおかげだと俺も思う。だからこそ、彼女には相応な報酬があって然るべきだ」
「まさか、彼女にこの剣を使わせるつもりか?」
そうは言っていないだろ、とレオンは眉を潜ませる。
「俺達はユニークウェポンそのものに拘るつもりは無い。だが、ソレの換金額か同等のアイテム等を要求させて貰う。勿論その全額、アイテムは彼女個人のものとする」
「……バリアンさんへの報酬、か」
互いの主張は提示した。
総括すれば――。
ユニークウェポンそのものはヴィルパーティに譲る代わりに、レオンパーティはその分の換金額かアイテムを要求した事になる。
論点とすれば、得るのに相応しい人物、つまりは功労者は誰になるのか、という点。
ヴィル・アルマークかリゼッタ・バリアンか。
そして、ヴィルもリゼッタの成果を認めている。
この場合、ユニークウェポンの所有権を主張する方が折れ、相手に合わせるのが『丸くこの場を治める』に丁度良いだろう。
此処で無理に自分の主張を通そうとすれば、立ち合っているギルドへの印象も少なからず悪くなる。
この都市でダンジョン攻略を続ける冒険者には避けたい所だが。
「なら――やはり、バリアンさんには、僕達のパーティに入って貰うのはどうだろう」
「――は?」
呟いたのは彼女自身だった。
確かに、単純にリゼッタが冒険者としての利益を優先するのなら、それも選択肢の一つではある。
戦力という観点で見れば、実質Bランクの冒険者一人より名実共にSランクの冒険者三人と組んだ方が安全であり効率的。それは彼女にとっての報酬になるだろう。
“だが、その話は既に済んでいる事だ”
ヴィルの後ろに控える二人には見えないが、向かい合うレオンとリゼッタには彼の狂気めいた目にそれぞれが少し違う危機感を覚えた。
恐らく、彼は自分の利益だけを考えている訳では無い筈だ。ただ、まるで、自分の考えが一番最善だ、と思っている節がある。
「――今回の報酬は諦めましょう。今の彼は我々を見ていない」
レオンの耳元でリゼッタは囁いた。
これ以上は関わるべきではない、と彼女は判断する。
リゼッタ自身も報酬に拘るつもりは無かった。
話が拗れる様なら、剣を渡してしまえばいい――とも、彼女はレオンと相談している。
しかし、
「……ごめん。少し、我儘をさせてくれないか」
レオンはリゼッタの戸惑う表情に苦笑した。
「――その申し込みを受けよう」
「僕と戦うんだね」
「だが、幾つか条件がある。先日の事もそうだったが、誰とパーティを組むのかは彼女自身が決める事だ。俺やお前が強制出来るものじゃない」
一つ呼吸を置いて、誰を見ているか定かではないヴィルを見据える。
「勝敗に関わらず、今後は俺達のパーティの在り方に関与しないで貰う。そして、俺が勝ったらお前は一度止まれ。もう一度考えろ、“自分が何の為に冒険者になったのか”を」
以前、彼がヴィルに言われた問い。
「――あぁ、それで受けてたとう。元より僕は英雄になる為に冒険者になったんだ、止まる必要も考えるまでも無い」
自分の言葉は彼には伝わっていないのだろう事は、レオンは分かった。
「それと、俺は今、手持ちの武器が無くてな。悪いが準備が出来るまで数日待って欲しい」
「なに、君の武器ならあるさ――」
言って、ヴィルは腰に携えた長剣とは別の一振り――少し大振りな短剣をテーブルに置く。
「コレなら君も使い慣れているだろ?」
友は、無自覚に――残酷に告げた。