第二十二話:遠い背中
――君達と同じ冒険者だよ。
シルヴィア・ディルフィスの言葉に、リゼッタ・バリアンも含め「同じなものか」と居合わせた全員が思った。
『金色の竜姫』と謳われる由来である固有スキル【ファフニール】は竜種の力をその身に借り受け、文字通りに身体の一部を竜とするのだから、レア中のレアスキル。
事実、実力の差が開き過ぎている。
その機能を失った安全地帯から出て間もなく、デミトロール二体と遭遇し、リゼッタ達は身構えたのだが、
「此処は私がやろう。君達は少し下っていると良い」
軽く言ってシルヴィアは単身、その小部屋に切り込んだ。
「はっ」
短く息を吐きつつ、金色の片手剣を振り下ろして魔石ごとデミトロールの巨体を両断。
その骸が霧に消えるより速く、すぐさまもう片方のデミトロールに肉薄しつつ横一閃し、魔石が埋まる胸のやや下辺りから斬り飛ばした。
それぞれのデミトロールが僅かに遅れて霧と消える。
正確に魔石の位置を把握し、それを狙える精度。
そして厚い肉を容易に斬り裂く力強さに、間髪も入れさせない速力。
どんな上位スキルか、とリゼッタは思ったがその金色に輝く剣に魔力が視覚化したオーラは無かった。
固有スキルも発動している様子も無い。
――神の恩恵ではなく純粋な個人の技量。
それのどこか“自分達と同じ”なのか。
尊敬を通り越し、若干の恐怖すら感じる程だ。
「今は先を急ぎたい。魔石の回収は次の機会にして貰うよ」
底が知れない竜姫はその視線を汲み切れず、僅かに不思議そうに小首を傾げたのだった。
そんな彼女を先頭にダンジョンを駆けていく。
意識の無いレオンをハイザが背負い、リゼッタが戦利品と異常事態の証拠としてオーガの黒い剣を持ちながらの三人二列の最小の隊列。
一応、ヴィルとクリスを殿として後方に配置しているがその仕事を担う必要が無い程に、シルヴィアが魔物を薙ぎ払っていく。
彼女の戦いは、『物語の英雄』というには些か野蛮だった。
剣での薙ぎ払い以外にも、左腕のガントレットでの殴打や蹴り技も厭わない。
極めつけは、それが必要と判断すれば剣の投擲をしてみせた。
その回収にはガントレットに刻んだ『引力のルーン』で魔力を用いて手元に引き寄せる。
――何度か、飛び蹴りなんかも披露してくれた。
英雄らしさは無いが、冒険者としては圧倒的。
ただただ、敵を殺すだけの“理性で振るう暴力”。
それは、ヴィル・アルマークの求める強さでは無かったが……。
「――……遠すぎる……」
その背中に手を伸ばしても決して届かないと納得してしまう。
彼はハイザに背負われるオーガと立ち回って見せた【ガーディアン】の背すら真面に見れなかった。
◇
――ダンジョンを下るより遥かに短い時間で地上に戻り、クリス達はようやく生き残った実感を得た。
そのまま急いでギルドに戻り、レオンの容態を見せると職員達は慌ただしく動き出し彼を裏手に併設された治療院に運んだ。
それでリゼッタも幾分、安心してオーガの持っていた黒い剣を職員に手渡す。
基本的にダンジョン内での所得物は回収した冒険者の物だが、ユニークウェポンとなると話が変わって来る。
特殊能力として『呪い』や『汚染』など、ニュアンスの差はあれどろくでもない効果がある事もある。
それを見抜く為にギルド職員の必須スキルでもある《看破》や《鑑定》などの出番だ。
「――さて、これで一安心……と言えるだろう」
職員に事情を説明したシルヴィアは小さく溜息をつく。
「はい……。貴女にはなんとお礼を言って良いか――」
深々と頭を下げるリゼッタに彼女は小さく微笑んだ。
「礼は不要だよ。私もたまたま同じ階層に居て、妙な魔力を感じて覗いただけだからね」
それよりも、と。
「道中は別として、あのオーガの魔石を砕いてすまなかったね。――私はどうも、『力の加減』が苦手なんだ」
「いえ、彼が無事ならそれで構いません」
リゼッタは首を横に振るう。
それにシルヴィアは小さく笑う。
「自身の命や利益よりも、“彼”か」
「あぁ、いえ……まぁ――」
バツが悪そうに視線を逸らすリゼッタに、
「はは、良いパーティの様だ」
シルヴィアは満足そうに微笑んだ。
「では、私はそろそろ行くよ。実は目当ての素材を探す途中でね、もう一度潜ろうかと思う」
「それは、お引止めして申し訳ありません。及ばずながらご武運をお祈りいたします」
もう一度、頭を下げてシルヴィアを見送った。
「ホント、『金色の竜姫』様様ね」
クリスも彼女の背を見送り、ヒラヒラと手を振る。
「――それじゃー、ダンジョンで複数のパーティが一つのドロップアイテムを入手した時の醍醐味、『取り分の配分』だけど……ユニークウェポン一つだし、譲っちゃっても良いでしょ?」
「よろしいのですか?」
リゼッタに、クリスは肩を竦ませた。
「よろしいも何も、実質倒したの彼だし。竜姫が要らないってんなら妥当でしょ」
そして、ヴィルに視線を投げると、
「それで構いません」
短く答えて視線を逸らすヴィルにリゼッタは色々と物申したい事もあるのだが、それよりも優先したい事がある。
「それでは受け取らせて頂きます。――では、皆さん。私はコレで」
「うん。彼には改めてお礼に行くわね」
リゼッタがギルド職員に声をかけ、共に裏口へと向かうのを見届けてクリスは大きく息をついた。
「さて……それじゃ、オーナー“ヴィル・アルマーク氏”。改めて聞くけど、何故あの時、オーガにスキルを撃ったのか答えてくれるかしら?」
クリスの射貫く様な視線に気圧されながら口を開く。
「あのままオーガを放置すれば地上に出てしまう可能性があった。そうなれば多くの人が傷つき、命を落とす危険もある。あの場では僕達がやるしかなかった筈だ……」
誰にでも無く、自分自身に言い聞かす様だった。
「――あぁ、そう……」
少し間を開けて、クリスは頷いた。
「確かに、地上の人々を守るのは迷宮都市だろうが“外”だろうが、冒険者の仕事だし義務でもあるわ。実際、オーガがいつまでも六階層に留まる保証も無いし、他の冒険者に遭遇した場合、上層を探索する様な連中じゃ話にならない。仮に地上に出たなら戦えるギルド職員以外にも私達みたいな傭兵が率先して出張るけど、被害は必ず出る……」
彼女は笑みを見せ、
「――貴方の行動は『英雄的』と言えたのかもね」
「えぇ、そうです! 僕は――」
だけど、とクリスは表情を冷ややかなものに変えた。
「それは英雄の様に振舞えたらの話。行動に結果が伴わなければただの蛮勇よ。第一、パーティメンバーに指示も出してないでしょ?」
「し、指示なら直ぐに――」
「あの、魔法で援護をーとか雑な奴? ――ふざけてんの?」
小さく鼻でクリスは笑う。
「私が聞きたいのは、“攻めるという意図”そのものよ。あの状況なら同意を求め、準備をする位の余裕はあった。……ダンジョンじゃ、認識の食い違いで簡単に全滅するの」
声に僅かに滲む苛立ちにヴィルは狼狽えた。
「反応出来たのは【ガーディアン】の彼だけだったわね。彼が居なかったら初撃で死んでたわよ?」
眉間にシワを寄せ、息を吸う彼がソレを吐き出す前に、
「事実を認められないのなら、直ぐに迷宮都市から出た方が良いわ。そっちの女二人がダンジョンでゴブリン共に好きにされるのが見たいってんなら良いけどね」
クリスが切り捨てた。
息を飲む彼等に、クリスはわざとらしく肩を竦ませる。
「実際、パーティの生死はリーダー次第なのよ。――もう少し考えてあげて、って話」
咳払いをして、
「――申し訳ないけど、報酬は返金するから傭兵契約は解約させて貰えるかしら。要望到達階層が十五って事だったけど、今の貴方達じゃ十二、三が精々。無理に二〇階層まで降りた日にはそのまま骨を埋める事になりかねないから、十分に注意して」
『契約維持の有無の決定権は傭兵側が優先される』。
傭兵が質の悪い冒険者と契約した場合の救済だ。
「拾った命よ――大事にね」
小さく言って、クリスはギルドを後にする。
残されたパーティ『鋼の翼』は騒がしいギルドの中で、動けずに居た。
他愛の無い周囲の会話や笑い声に、何か悪い夢でも見ていた様に思えてくる。
「――兎に角、今は宿に戻ろう。それで、明日はゆっくり休んで……考えれば良いさ」
その中で、ハイザが口を開いた。
「考えるって……?」
ミリンダの小さな問いかけに、
「色々だよ」
ハイザは苦笑して、ギルドを出る間際。
「――お前はこのパーティに居るべきじゃない! 今すぐ出て行け!」
今日も迷宮都市で、誰かがパーティを追放された様だった。
「あぁ、追放する側は……もっと考えるべきだったのさ」