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第二十一話:託された刃と金色の竜姫



 レオンに、ユニークウェポンを持ったイレギュラーとの戦闘が始まった以上、ただその場で逃げる選択肢は無かった。


 そして、撃破するつもりも毛頭無い。


 ある程度、行動不能にさせた隙に離脱出来れば御の字だった。


 現状の人員でならその見込みもあった。


 ――ただ、オーガがソレを優に凌駕していただけの事。


“必ず殺す”と狙われた今では、開幕直後に逃げ出しその背を斬られて死ぬのと、背負うリスクはそう違いは無いだろう。


 最悪、リゼッタだけでも逃がせたらと思ったが、それも叶わなかった。


「――しゃーねーか……っ!!」


 愛剣に託された魔力武装にレオンの覚悟が新たなものに書き換わる。

 姿勢を落とし、剣を下段に構えた。


「ウ゛ウゥッ――!!」


 オーガも応える様に姿勢を低く黒い剣を肩に担ぐ。

 牙を剥いて低く唸り、剣に魔力が集中し濁った青いオーラを纏う。


 スキル《闘気とうき》の予兆。


 その単純な魔力の放出の余波だけでも、十分な破壊力があるがそれでレオンを殺して満足する事は無いだろう。


 オーガは知能も低くない。恐らく、彼の固有スキルの効果は察している筈だ。


 その上で、戦いの中、笑った戦闘狂(オーガ)が望むのは、“渾身の一閃の打ち合い”だとレオンは不本意ながら理解する。


 リゼッタの補助魔法を受けたヴィルの上位スキルで受けた負傷もほぼ再生し終えている。仕切り直しと言っても良いだろう。


 その強靭さと俊敏さに加え、高い治癒力と真っ当に斬り合えば、勝ち目は薄い。


 だが、真っ当に斬り合う必要も無い。


 幸い、幾分かは慣れて来た。


 勝算は僅かながらだとしても――単純な斬り込みになら合わせやすい(・・・・・・)


「――……」


 深い呼吸を繰り返し、全身に魔力を巡らせながら、オーガの僅かな挙動に意識を集中させた。


 見極めるのは、刃が交わされる一瞬。


 対する敵以外の情報は遮断する。


「動けるのであれば、撤退を! 我々が仕損じれば次は貴方方が標的になります!」


 レオンと共にオーガを見据えるリゼッタの良く通る声も遠くに聞こえる。


 極限まで研ぎ澄ました意識の中、彼女の小さくも力強い手の温もりと僅かばかりの魔力を感じた。


「っ!!」


 オーガが駆けるのと同時にレオンもリゼッタに背を押されて地面を蹴る。


 黒い剣から《闘気》を噴出させた推進力で加速するオーガの速度は、射かけられた矢を遥かに凌駕していた。


 唐突に、肉薄される。


 だが、ソレも承知の上。


 既にレオンは魔力で編まれた剣を振り下ろしていた。


「――せゃぁああっ!!!!」


 鈍い風切りを轟かせながら、目前に迫る黒い一撃にレオンは四肢に魔力を叩き込み更に加速する。


 骨や筋肉が悲鳴を上げる――だからどうしたと、無視をした。


 一瞬の中にあるその一瞬。




 ――――その一点を、レオンは捉えた。




 時が止まる。音が消えた。


 代わりに、薄緑の魔力で編まれたバスタードソードが大きく鼓動する。


「っ――!!」


 魔力を刀身に込め、蒼い炎を纏わせる。


 レオンの最も使い続けて来た魔力を斬撃として放出し、武器のリーチを延長する剣術下位スキル《蒼波刃(そうはじん)》。


 磨き上げた練度に加え、オーガのスキルと膂力と速力が叩き出した衝撃をそのまま転用したソレは、氾濫した大河を圧縮した様な、純粋な『破壊の力』の奔流となる。


「おぉおおおお!!!!」


 制御など、端からする気も必要も無い。


 ただ――薙ぎ払う。


 安全性が消えた安全地帯(セーフティエリア)に轟音と地鳴が響いた。


 数秒で、蓄積した魔力の全てを放出した激流にオーガは飲まれる。


 無事で済むのは、お伽噺で出てくる様な魔力に完全耐性のある怪物位。


 吹き飛ばされるものか、と黒い剣を地面に突き刺しその場で堪えて見せたオーガは、全身を焼かれた様にボロボロになっていた。


 千切れた身体の一部は自己治癒を始める事なく、朽ち始めている。


 もう、ほどなくすれば霧となって消えていくだろう。


「――は……はは……」


 全身の力が抜けて、レオンは膝が折れるのを耐えるのがやっとだった。


 腕に痛みが走る。魔力の奔流の余波やその反動で皮膚が裂け、筋肉がズタズタになっている様だった。


 手から滑り落ちた短剣は、その刀身に大きな亀裂が入っている。


 他にも身体の感覚が無い部分があるが、自身の負傷具合を把握する程度の気力もレオンは使い果たした。


 安堵、驚愕、戸惑い……。


「――レオ……レオ!」


 この場のそれぞれが、それぞれの感情を抱く中、リゼッタはレオンに駆け寄った。


 彼が倒れる直前にその背に辿り着いたが、支え切れずに二人で転ぶ。


「今……直ぐに治癒を――!」


 リゼッタも魔力が枯渇している。


 幾ら、詠唱を紡いでもレオンの傷を癒す事は出来なかった。


 雑嚢の中のポーションや下位回復魔法を内包した『ヒールジェム』の存在を忘れる程に彼女は不安に駆られる。


 だが――仮に、思い出した所でその程度では、間に合わない傷だった。


「……り、ぜ」


 そんなリゼッタを安心させようと、動く右手を弱々しく彼女の頬に伸ばすが、


「ぁ、やっぱ無ぶべし……」


 途中で力尽き、自分の顔に手が落ちる。


「――ぃたい。指がオデコに刺さった……」


 小さく悶えるレオンを抱き寄せて、泣きながらリゼッタは笑った。




 ――それを、紅い眼が見下ろしている。




「逃げろ、お前ら!!」


 ハイザの叫びにリゼッタが顔を上げると、オーガは身体を崩壊させながら、黒い剣を振りかざしていた。


 あと、一振りもすればその衝撃だけでも、僅かに残った命の灯火を使い切り魔石と成り果てるだろう。


 だが、その一振りでレオンとリゼッタを道連れにする事も出来る――。


「この――死に損ないめ……っ!」


 クリスの矢が射かけられ、朽ちかけの胴を射抜くが、既に“死に体”のオーガには意味が無かった。



「――ぁ……」



 死。



 ただ、それが目の前にある。


 黒い剣()が振り下ろされる間際、”後方から飛来する金色こんじきの片手剣”がオーガの胸の中心にある魔石を砕き、その衝撃で屍を霧散させた。


 金属が擦れる音が混ざる足音に、リゼッタは振り返る。


 鮮やかな長い金髪を緩く三つ編みに纏め、白銀の鎧を纏う二十歳程度の女性だった。

 青い外套。胴部、腰部、そして左の肩部と腕部、それとブーツの様な鎧。

 澄んだ碧眼で見られて、息を飲んだ。


 無意識にリゼッタはレオンを庇う様に抱き寄せる。


「――なるほど」


 彼女は周囲を見渡して、小さく呟き二人の元に駆け寄った。


 リゼッタが口を開く前に、


「先ほどの投擲は失礼した。こちらに敵意は無い。それよりも――」


 レオンの様子を見て眉を顰めた。


「彼が一番の重症だ。両の腕……特に左が酷い。処置が遅くなれば“使い物”にならなくなる――意識はあるかい?」


「……なんとか、な……」


 絞り出した呟きに小さく安堵を溢す。


「私は治癒の術を扱えない。アイテムを使うよ――口に何か咥えさせてくれ、相当に痛む筈だ」


 金髪の女性は腰のポーチから小さな小瓶を取り出した。


 リゼッタが自分の袖をレオンの口元に添え、彼が咥えたのを確認して、その透明感のある空色の液体を腕にかける。


 普通のポーションはもっと青みがありトロみもある。

 女性が躊躇なくレオンの腕にかけたのは水の様だった。


「っ゛、ぅ゛――っ――!!」


 傷口に染み渡る液体は焼けた鉄に溢した様にブクブクと泡立ち、傷が塞がっていく。


 レオンの苦痛を共有している様にリゼッタも身を強張らせた。


 ――一通りに治癒を終えて、小さく笑ったレオンに安堵した様に大きく息を漏らした。


何方どなたかは存じませんが、ありがとうございます」


「いや、まだ安心は出来ない。地上に戻り次第、ギルドへ診せよう。あそこは、治療院も兼ねている」


 そして、新たな小瓶をリゼッタに渡す。


「貴女も魔力が枯渇している筈だ」


 受け取りはしたものの、直ぐに口に運ぶのは躊躇われた。


 自分達を助けてくれた女性を疑う訳では無いが、単純にこの見慣れないポーションは何だろう? と小首を傾げる。


 怪訝そうなリゼッタに、


「別段、珍しいものでは無いよ。ただの『エリクサー』だ」


「いえ、決して疑う訳で――エリクサー……?」


 多分、リゼッタが今までにない程に呆けた。


 ――それは、確かにポーションの類。


 だが、その質は“天と地ほど”に差がある。


 ダンジョンの“外”での上級冒険者が生涯に数本も所持できれば幸運である、と言われている高級品(レアアイテム)


 リゼッタも実物を見るのは初めてだった。


 自分の手にするこの量で、孤児院の維持に必要な経費が数ヶ月は普通に賄える額……。


 引き攣る表情に、


「――これは私の一方的な押し付け、対価などは要求しないさ」


 小さく肩を竦ませる。


「確かに地上の店で購入するには高価だがね? 幸いダンジョン(此処)では素材が豊富だ、薬師に持ち込めば安価で調合をして貰えるよ」


「ちなみに、その素材が採れる階層は……?」


「二十五から三十階層程度で容易に(・・・・・・)採取が出来るが?」


 興味があるかい? と訊ねられ、「いえ、そういう訳では」とリゼッタはクビクビと飲み干した。


 ――つまり、この女性はそれ程の冒険者、という事になる。


 見も知らぬ下級冒険者(上層止まり)最上級ポーション(エリクサー)を何本も渡してしまえる程の……。


「……助けて頂いた上で、不躾ですが――貴女は一体……?」


 リゼッタの問いかけに、本人が答えるより先に、


「嘘――まさか『金色の竜姫(こんじきのりゅうき)』!? 超がつく上級冒険者じゃない……!」


 クリスが尊敬よりも伝説の神獣を見るかの様に、どこか胡散臭そうに眉間にシワを寄せた。


「――『その名』で呼ばれるのは苦手なんだが……」


 小さく溜息をつき、


「私はシルヴィア・ディルフィス――何、君たちと同じ冒険者だよ」


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