第二十話:鬼のお誘い
「――な、に……っ!」
奇しくも、レオンを突き放したヴィルが彼をオーガから庇う様だった。
「っ゛ぁ――あぁあああ!?」
オーガの黒い剣が振るわれる直後にレオンはスキル《瞬甲晶盾》をヴィルの前に張るが、その耐久値を優に超える一振りに、一瞬より早く砕け散った。
凄まじい衝撃でヴィルが吹き飛ばされるのをレオンは彼の遠退く悲鳴でようやく理解する。
オーガの髪に隠れた紅い眼光に睨まれ、純粋な殺意に晒された。
「!!」
無意識に、バスタードソードに魔力を込めて《瞬刃閃》を発動させる。
魔力で瞬間的に四肢を強化して、素直に使用者が武器を振るうよりも数倍の速さで打ち込む剣術下位の即撃スキルの一つ。
純粋な破壊力ではなく速度を重視したその白く光る一閃を、
「――――ぁ……?」
オーガの黒い一撃がそれより早く鋭く迎撃する。
一瞬で終わる筈のスキルが更に短く強制的に中断させられ、中程からへし折られたバスタードソードの剣先が頬を掠めた。
――不味い。
と思うと、同時にレオンにとっては、それはそれで都合が良い。
「っ゛――!」
追撃のオーガの一閃を、折れて振り易くなったバスタードソードで受けた。
【インパクトアブソーバー】。
【ガーディアン】であるレオン・グレイシスの有する相手の重量に影響を受けず、その衝撃を己の力と吸収する迎撃系の固有スキル。
ほんの僅かに時間が止まった。
この機を逃がさないと、再び《瞬刃閃》を放つ。
一瞬よりも速い刹那で撃ち出されたスキルはその分、威力も増して、黒い剣で防いだオーガを大きく押しやった。
「――――ゥ?」
呆けた様に小さく声を漏らす。
そして、何事も無かったかのようにまたレオンに駆けて凶器を叩き込む。
「お゛っ!?」
再び、折れた剣で防いでみせた。
固有スキルが発動したお陰で衝撃はまた亀裂の走る刀身に収まる。
「ァ、ア゛ゥ……!」
押し付けられた硬直の中で、掠れた音がオーガの喉から鳴る。
心なしか、レオンにはその鬼の顔が嬉しそうに笑った様な気がした。
――付き合い切れるか。
跳び退りながら放出系剣術下位スキル《飛刃斬》――並みの中位スキルを超える程に強化された斬撃を飛ばした。
その負荷で亀裂が広がり、刀身が完全に砕け散る。
竜のブレスの様な奔流の中からオーガが飛び出した。
流石に、自身の怪力がそのまま加算された一撃は痛烈なのだろう、レオンから距離をとる。
レオンは愛剣である腰の大振りな短剣を抜いてオーガの追撃に備えるが、ソレはまた不思議そうに小首を傾げていた。
「ウ゛ッ、ウ゛ッ――!!」
オーガは黒い剣を見て、地面を叩く。
そして、
「――ウ゛ァッ!!」
呆けているハイザに紅い視線を投げて、鈍く青い光を帯びた黒い剣を振るう。
見えない猛牛が疾走する様に風の塊が地面を抉りながらハイザを襲う。
スキル《闘気》。
――数ある下位スキルの中でも多くの冒険者に『使えないスキル』と言われている。
通常、武器を触媒とするスキルは一度、ソレに魔力を込めてからそれぞれの技の動きを『神の恩恵』に促されて発動する。
《闘気》は武器に込めた魔力を技として放つのではなく、『そのまま勢いよく逃がす』もの。
効果としては、魔力の放出により瞬間的に武器の攻撃力を底上げする他、余波として衝撃波が広がる程度。
剣以外でも槍や斧、弓でも扱える程に容易な汎用スキル。
そもそも、魔力をある程度扱える人物なら、冒険者でなくともそれなりに“形になる”ものだ。
本来、風の塊として飛ばす程の威力など無い。
しかし、オーガの放ったソレは放出系中位スキルを超えていた。
その異常さが下層域の魔物の脅威なのだろう。
「がぁっ!?」
突風に揉まれた様にハイザが転がる。
固有スキル【痛覚遮断】で痛みは感じないが、堪えられない衝撃には意味がない。
「ゥゥ……」
スキルの試し撃ちを済ませ、満足したのかレオンに黒い剣を向けた。
それはまるで、剣士が強敵に勝負を挑む様にも見える。
「嘘だぁ……――っ」
誘われたレオンは表情を引きつらせた。
オーガの性質はトロール種にも劣らない自己治癒の他に独特なものがある。
『気に入った、自身と同等かそれ以上の敵を一番好きな方法で”必ず殺す”』
認められてしまったレオンはもう逃げられない。
だが、逆にレオン以外は彼が生きている限り、もうオーガの眼中に無くなった。
――せめて、彼女だけでも。
冷や汗を感じならがら、レオンはオーガの剝き出しの戦意に耐える。
「クリス。ギルドには内緒で、二重契約しようぜ」
レオンの意図を彼女は直ぐに理解した。
――リゼッタ・バリアンを地上に逃がせ。
クリスはあくまで、報酬によって契約した傭兵。
雇い主を補佐する役割や責任はあるが、命を懸けてまで助ける義理は無い。
本来、一度に複数のパーティと契約するのはギルドの条約で禁止されてはいる。
だがこの際、リゼッタを優先して地上に戻るのも、やぶさかではないのだが、
「――それね、本人が嫌みたいよ?」
レオンはその答えと、自身の背に誰かの手が触れた感覚に目を見開いた。
「何を言い出すかと思えば……。ギルドと契約している傭兵に条約破りを持ち掛けるなど、罰金では済みませんよ?」
リゼッタの僅かに震える声。
「お前……!」
「オーガから目を離さずに。戦意を逸らせばその場で斬り込まれます!」
渋々構え直すレオンに、リゼッタは身体の震えを感じながら、
「たとえ……ここで貴方が単身でアレを押さえたとて、そう長くも持たないでしょう?」
そもそも、と。
「また一人ぼっちになったら、次から誰とダンジョンに潜れというのですか」
小さく笑ってみせた。
そして、
「貴方が死ぬ覚悟を決めたとしても――私はソレを認めません!」
力強く告げて、残り僅かな魔力を振り絞る。
「“その器に刻まれし記憶。我が魔力により目を覚まし、己が主の力となれ”――!」
リゼッタは自身の固有スキル【ソウル・エンハンスト】を、レオンの短剣に施した。




