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第十七話:やはり間の悪い【ブレイダー】



 ダンジョン第六階層の未開拓領域。その入り組んだ通路の先に発見した安全地帯(セーフティエリア)


 世界樹の根が顔を出し、地中や魔物から吸い上げたマナが結晶化して苔や霜の様に広がっているダンジョンの中でも特に異質な場所だった。


 地上に満ちるマナはダンジョンからの恵みであり、人類は神代からダンジョンと共存関係にあったと謳う学者も居る。


 だが、冒険者にとっては理由はどうあれ魔物が寄り付かず、自身のマナの回復もマナの結晶の影響で早まるエリア――というだけで、一時にでも心と身体を休ませるには都合が良いのだ。


 その岩陰で、レオン・グレイシスとリゼッタ・バリアンが身を寄せて一息ついている。


「――にしても、さっきの魔物共の巣(モンスターハウス)……マジでびっくりしたな」


「……マジでびっくりしましたね」


 彼女の「マジ」なんて初めて聞いてレオンは目を丸くした。


「んん! いえ……なんでも」


 リゼッタは咳払いをして、雑嚢から水袋を取り出してレオンに渡した。


 実際、魔物共の巣と形容するべき光景だった。

 一部屋にデミトロールとホブゴブリン二体にウェアウルフ三体など、ダンジョンの“外”ではありえない取り合わせだ。


 二人が部屋を覗いた時にはそれぞれが寛いでいた。


 こちらが奇襲をかける状況で、リゼッタの支援を受けたレオンが手持ちのアイテムを存分に用いれば勝機は十分にあるだろう。幸い、大きめのスタンやスリープのジェムを用意していた。


 しかし、使用したアイテム類の出費は六つの魔石で十分回収できるが、割に合わないのだ。


 加えて、戦闘中に別の魔物が乱入でもしてくれば処理が追い付かなくなる。


 更に言えば、デミトロールの“性格”が予想できないのが不安要素でもある。

 スタンとスリープジェムを使用したとして、その効果が出る前に特攻でもされたら出端を挫かれてしまう。


 ――逃げよう、コレはちょっと無理だ。


 ということで、二人は直ぐに踵を返すのだが、その間際の『ブホォフェ!!』なんてデミトロールのふざけたバカデカいクシャミに驚いて、ホブがそれぞが勘違いしてか殴り合いを始め、それをウェアウルフ達が囲んで唸る地獄絵図の出来上がりだった。


 レオンが水袋に直接口をつけない様に飲むのに、水を痛ませ難くするのにはそうしたり、容器に移す事もあるがソレは長旅での事。


 今回は二、三度の休憩を想定した量なので、その心配は無いのだが……と思いつつ、彼から水袋を受け取ると、異性として気遣われているのに気が付いた。


 実際、冒険者でも男性が口を付けた物を嫌がる女性は割と多い。


 私にその必要は無いのですが、とも思うが、そんな些細な気遣いもパーティを組むには何気に重要だ。


 リゼッタも真似をして――少し、溺れかけた。


 それを誤魔化す様に、


「……しかし、あの場で直ぐに撤退を判断して正解でしたね。攻め入ろうと構えていればあのヘイトを全て買う事になったでしょう。……本当に、間一髪、という所でしたね」


「ホント、それな。あの状況で切り込むパーティ居るのかな?」


「常識で言えば居ない、と思いますよ。確かに我々冒険者がダンジョン攻略を行う目的は本来、魔物が地上に出るのを防ぐ事。多くの魔物を討伐するのが本分ですが、負ければ死です。余程、下層に潜れる“真に強い”パーティか――」


「自分達が“強いと勘違いした”パーティ、ってか……」


「その時にどう選択するのか、パーティリーダーの裁量が問われる所ですね」


「リーダーの裁量、か……」


 重い溜息をつくレオンに、リゼッタはまた別の小袋を取り出した。


「所謂、戦闘食(レーション)です。空腹を満たす程では無いですが、何か口にすればマナの回復も促進されますし、精神的にも幾分の癒しになりますから」


「お、サンキュー」


 道具屋で市販されている戦闘食は、保存が利く様に水分を無くした硬いパンの様な物が多い。


 だが、その一口サイズのサイコロ状に切り分けられたクリーム色の中には干された果実が混ざっていた。


 口に放り込むと、水分があるしっとりとした分厚いクッキーの様に思える。

 柔らかくも弾力があり、詰まっている様な重さ。


 悪い表現をしてしまえば粘土の様にも感じるが、ソレを不快に思わせない程に蜂蜜の甘さと果実の濃縮された旨味と酸味が咀嚼の度に広がっていく。


「ん……んー! 美味いなコレ! レーションったらただ腹に入れるだけの不味いもんだと思ってたけど、結構イケるよ」


 続けて、もう一つを摘まみ取るレオンにリゼッタは少し気恥ずかしそうに視線を逸らした。


「それ程、お口に……合いますか?」


「あぁ、前に店で買った奴は不味いのなんのって、硬いし焦げてるし口ン中の水分持ってかれるしで、食えたもんじゃなかったよ。迷宮都市はこの辺も質が良いのかね」


「え、えぇ……その様、ですね……」


 どこか歯切れの悪いリゼッタに僅かに疑問を抱いたが、レオンはお返しと、


「ほい、干し肉。甘いのも良いけど、ちょっとした塩分補給な」


「……いただきます」


 差し出された小包から、リゼッタは木の皮の様な欠片を手に取った。


 始めは硬く噛める物ではないが、柔らかくなってくればその分、旨味が出てくる定番の旅のお供。


 保存も利くので野営での所謂、“冒険者飯”でもスープにも使える優れものだったりするし、酒の肴やおやつなど活躍の場は幅広い。


 レオンも一欠けらを摘まみながら、


「“外”での長旅じゃ、見張り番が居ればちゃんと腰を据えて休めたけど、流石にダンジョンじゃ幾ら安全地帯(セーフティエリア)っても無理だよな。完全に魔物が寄り付かない訳でも無いし他の冒険者も全員が全員、信用できるもんでもないからな……。無理に下層に潜る気も無いけど、そもそも一度の攻略には潜れる限界があるか」


「賊紛いの冒険者も多いですからね。冒険は様々な危険が伴うもので、冒険者の自己責任ですから」


 リゼッタは、ただ、と。


「下層攻略の場合は、十数人からなる大規模パーティや複数のパーティが共闘する『レイド』で万全な準備をして行われるようですよ。その場合は安全地帯(セーフティエリア)で野営を行う様です」


 言って、干し肉を咥える。


「その位は必要って事か……」


 レオンは口の中で旨味の塊を転がしながら、んー、と小さく唸った。


 一度のダンジョンアタックの平均は七、八時間と言われている。

 その内で進行と退却。そして到達階層での探索や休息を済ませるのだ。


 二人は一日六時間程のアタックが多い。

 今日は五階層を探索するパーティが多かったので、少しリスクが上がるがパーティの鉢合わせを避ける為に六階層に挑戦したのだった。


 場合によっては魔物から逃げるパーティに巻き込まれる危険もある。

 そんなイレギュラーは避けたかった。


「――やっぱ、俺達は六階層……いや、五階層が限界かな」


 もう一欠けらの干し肉を摘まみ上げて、


「“ダンジョンは下層に行く毎にその脅威が増していく”。それは実感していたけど五階と六階はそれが“分かり易い”――魔物自体の強さもそうだが、配置や出現頻度に悪意、みたいなものを感じる。それこそ“殺意の塊”ってのも納得だ……」


 ソレを口に運ぼうとして、途中で止めた。


「今の所、この階層でも対応出来てるけど魔物共の巣(モンスターハウス)が発生し易くなるのは危険だな。さっきは旨くやり過ごせたけど、運が良かっただけ。……此処からは流石に二人じゃ手が回らなくなってくる」


 レオンは眉を顰めて、


「……安易に降りて悪かった。無駄にリスクを上げただけだったよ。休憩を終えたら上に戻ろうか?」


「――……」


 リゼッタの返事は無い。


 彼女の『パーティリーダーの裁量』という言葉が脳裏に過る。


 一応、レオンがリーダーという事になるがその判断が適切なものだった、とも言い難い。


「――リゼ?」


 一抹の不安を覚えて、彼女を見る。


 と、


「……ん、んん――」


 口元を押さえて、モゴモゴとしていた。


 心なしか、顔が赤い気もする。


 これは、もしや……。


「飲み込め、ない?」


「――」


 モゴモゴが止まる。

 リゼッタは小さく笑いを堪えるレオンを睨んだ。


「ごめんごめん。確かに硬いから食べづらいよな――その辺に出せば良いよ」


 だが、リゼッタはそんな、はしたない事は出来ないと首を横に振るう。


 そういえばと、自分も子供の頃は上手く食べられなかったのを思い出す。


「無理しなくていいのに」


 その様子は子供っぽくて、


「あはは、可愛いな」


 レオンの率直な感想が口をついた。


「ん゛っん――!?」


 声が出せない少女の叫び。


 それに、


「――誰か居るのか!?」


 二人の聞き覚えがある青年の声が安全地帯(セーフティエリア)に響いた。



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