第十六話:傭兵の独り言
《千里眼》。
【アーチャー】系列のクラスが習得する探知系のスキルの一つ。
通常の視覚に頼らずに遠くの状況を認識する技能であり、周囲の警戒や弓や魔法での遠距離狙撃に使用される。
熟練度を上がればその範囲が広がり、他の行動との併用も容易になる。
クリスは身体を休めながら、通路の先の魔物の動きを警戒する位なら問題なかった。
「――少し良いか?」
魔物共の巣だった小部屋でパーティーリーダーと【ルーンソード】と【ソロモン】が乳繰り合っているのに耐えかねたのか【マルチウェポン】のハイザ・ウィスパーが、部屋の入り口を挟んで壁に背を預けてクリスに声をかけた。
「泊ってる宿なら教えないけど?」
「二〇もいかない小娘に興味は無いぞ」
「はは、二〇超えてたら興味あんのね」
その軽口にハイザは眉を顰めた。
「もう少し、肉付きが良ければな」
――なんだと?
なんて、睨むクリスに彼は「お前が拗らせたんだろ?」と大げさに肩を竦ませて見せる。
溜息をついて、
「……お前はこのパーティをどう見る?」
渋い顔で訊ねた。
“その手”の話か、とクリスは短く考えて、
「悪くはない、とは思うわよ。実際、個々もそんなに弱い訳じゃないし。あの三人の関係が変に拗れなきゃ“これ以上メンバーが減る”事もないんじゃない?」
ほくそ笑むクリスにハイザは目を見開いた。
「知っていたのか……」
「【アーチャー】系のクラスは耳ざといのよ」
「エルフの血も関係するのか?」
「あ、それね。”エルフの耳はよく聞こえるだろう?”なんてよく聞く話だけど、聴覚自体は普通のヒューマンと変わんないのよ。エルフ――特にハーフには結構な侮辱だから気を付けた方が良いわよ」
「――すまない。失言だった」
バツが悪そうに謝罪するハイザに「私は『結構、薄い』んだけどねー」と軽く流した。
「まぁ、“このまま”ダンジョンアタックを続けてどこまで行けるか、ってのは何とも言えないけど……そうね、“行くだけ”なら二〇階層までは行けそうよ」
「行けただけでは意味が無いのだがね……」
ハイザは苦笑してから、深い溜息をつく。
「――コレは、独り言だ。気にしないで良い……」
僅かに躊躇いを見せてから、
「このパーティは――いや、俺達はまだダンジョンに来るのは早かったのかもしれないな」
独り言、という事でクリスは反応を示さない。
「本来、パーティってのは、同じ志を持った同志であるべきだ。だが、俺達にはソレが無い。ヴィルの旦那は『世界が求める様な英雄』になろうとしているらしいが、ミリンダとライラはただ、旦那の傍に居たいだけだ。旦那が言うならどこか小さい街でホームを構えても良いだろうよ。レオンは……旦那と同郷で、始まりはその二人だった様だが、俺が入った時には既に“溝”が出来ていた――」
語るその表情は一介の傭兵のものとは思えなかった。
利害関係以外の何かが彼に、そんな辛そうで悔しそうな顔をさせている。
「――そういうアンタはどうなの?」
思わずクリスは口を開く。
「俺は――ただ……」
ハイザは言いかけて、小さく笑った。
「独り言、と言ったろ?」
「……そうだったわね」
彼のしたり顔にクリスは肩を竦ませる。
そこへ、
「クリスさん、ハイザ」
ヴィルがミリンダとライラを連れて来た。
「僕達の休憩は十分です。二人は大丈夫ですか?」
クリスが見るとハイザは小さく肯いた。
「問題無いわ、それじゃ――行きましょうか」
確証などは無いのだがクリスの経験上、現在のマップの様子では近くに安全地帯がある筈だ――。