第十五話:傭兵少女の失笑
ダンジョン第六階層。
七階層に向かう最短ルートから僅かに外れた未開拓領域。
狭い通路の先に繋がる無駄に広いエリア――そこから更に幾つかに分岐する通路の先の小部屋は所謂、『魔物共の巣』と呼ばれる状況だった。
デミトロール一体。ホブゴブリン二体。ウェアウルフ三体。
自然の森ではまずありえない取り合わせ。
だが、生活環境が一定のダンジョンでは“何処にどの種類の魔物が居るか”など些細な問題だ。
その地獄絵図の様な小部屋の入り口で、ヴィル・アルマークは仲間達と共に息を潜めていた。
「全部で六体、内三つは中型――か」
だが、良く見ればホブゴブリンは互いに負傷しているらしい。冒険者との戦闘で、というよりは『喧嘩の後』の様だった。
ウェアウルフはそれぞれ、丸まりながら寝ている個体や、後ろ足で首を掻く個体など
それこそ犬の様に寛いでいる。
デミトロールは、天井に何かあるのか座り込みながら、じっと見上げている。
「――どうするの“オーナー”?」
パーティ『鋼の翼』に限定的に参加した、青みがかった緑色のセミロングの髪をした身体の発育が“大人しい”十代後半程の少女が、翠色の瞳で自身の雇い主であるパーティリーダーを見る。
迷宮都市のギルドが契約している傭兵冒険者クリス・ディムソー。
一見はヒューマンではあるが、その両親はハーフエルフ同士。極僅かにエルフの血を引く彼女は僅かに耳の先が先細っている程度で、寿命もそこまで長寿になる事も無いだろう――というのはダンジョンでは些細な事だ。
クラスは魔導師である【スペルキャスター】と弓の扱いに長ける【アーチャー】の複合クラス【エレメンタルアーチャー】。
固有スキルは自然の素材を何らかに造り変える【ネイチャーウェポン】。
彼女の場合は、植物を急成長、変形をさせて矢とする事を得意としている。
腰に提げるクリスの矢筒である小袋から数粒の種子を摘まむ。
それを矢に変えて番えるかは契約上、彼次第だ。
ヴィルはメンバーの顔を見合わせて、
「相手はまだこっちに気付いていない。それに近接スキルを使うにも良い広さもある――攻め込もう」
小さく、それでいて力強く告げた。
クリスと、ミリンダ・ルクワード、ライラ・リーイング、ハイザ・ウィスパーが各々の武器を握り直し、彼の指示を待つ。
「まずはウェアウルフだ。ミリンダ、ライラは魔法を準備。クリスさんの阻害魔法を合図に放ってくれ、僕とハイザでホブをそれぞれ抑える。――もし、ウェアウルフを仕留めきれなかったらクリスさんが矢で仕留めてくれ。ミリンダとライラはデミトロールに備えるんだ――」
彼は大きく息を吐きもう一度、それぞれに目配せて、頷いた。
「“その背後に忍び寄る無音の足音――耳を澄ませ”《サイレンサー》」
クリスの【エレメンタルアーチャー】――妖精の加護を受ける狩人としての中位阻害魔法で、小部屋内の音を“殺す”。
音が消えた世界にウェアウルフが逸早く異変を察して咆えるが、ヴィル達にも他の魔物にも聞こえない。
故に、
「“鋭く速く突き抜けよ――瞬きの間に”《ライトニングブラスト》!」
ミリンダの雷系下位魔法が無数に束ねられた黄色い稲妻でウェアウルフを貫き焦がしても、
「“矢を番える無名の射手よ。汝の敵は我が眼の先に――釣瓶打て”《サウザントアローズ》!」
ライラの魔力により編まれた無数の矢を放つ中位魔法がハリネズミにしたとしても、ホブゴブリンが強襲に気付くのは遅れるし、デミトロールに至ってはその分、ゆったりできるだろう。
三体のウェアウルフの内、二体は魔石に変わるが一体は瀕死で残った。
それをクリスが種子を固有スキルで矢にし、その頭を射抜く。
その間に、ヴィルとハイザがそれぞれのホブゴブリンに肉薄し、魔力適正のある長剣と穂の大きい短槍で斬りかかる。
「せやぁっ!!」
「おぉっ!!」
ヴィルの武器を振るうだけの四連撃とハイザの五連撃から続ける、剣術中位スキル《竜牙斬翔》が斬り上げて、槍術中位スキル《散華光槍》とその派生《双華衝槍》で、無数の高速突きの後に左右からの衝撃波を伴う薙ぎ払いが、ホブゴブリンを魔石に変えた。
通常攻撃からのスキル攻撃――近接型の冒険者としては基本技能ではあるが、多くの高位スキルを得ている冒険者程、疎かにしてしまうものだ。
残るはデミトロールのみ。
メンバーがヴィルを見た。
それに応え、
「クリスさんは固有スキルで拘束を! 続けてミリンダは水魔法、ライラは氷だ!」
ヴィルは姿勢を落とし、魔力を練り上げスキルを起動させる。
「――僕が叩く。ハイザは追撃の準備を!」
彼の長剣が赤く眩い光を放った。
それに興味を示した様にデミトロールが振り向く。
「三人とも!」
ヴィルの指示で、クリスは種子を矢に変えて巨体を射抜く。
鏃部にしのばせた種が時間差で芽吹き、蔦となってデミトロールを縛り上げた。
「オゥウ……!!」
自慢の怪力でその拘束を引き千切ろうとするが魔力を得た蔦は鉄の鎖以上の強度がある。
もがいている内に、
「《アクアニードル》!」
ミリンダの無数の水のトゲを放つ下位魔法を受けて、濡れた身体を、
「《フリージングブレス》!」
ライラの中位氷魔法がその周囲の熱を一気に奪い、凍り付かせた。
「行くぞ――!」
赤い光を放つ剣先を引き摺る様にヴィルは駆ける。
剣を振るうに広さは十分、味方も離れている。
――加減の必要は無い。
剣術上位重多段連撃スキル《竜牙滅爪連斬》。
一撃が剣術中位重撃スキル《竜爪斬墜》の八連。
数ある剣術上位スキルの中でも、ヒット数と総合火力に優れた高威力の――正に敵を必ず殺す為の技。
そして、彼が最初に覚えた上位スキルであり、一番得意としているものだ。当然、熟練度も十分に上がっている為に上昇補正の恩恵も受けている。
「“本気”でやらせてもらう……!!」
その上で、固有スキル【リミットブレイク】で剣の耀きが更に増した。
「――でやぁあっ!!!!」
左右の袈裟斬りと逆袈裟切り。そして、左右上下に剣を高速で振るう。
余りにも早く振るった為に、巨大な爪で引き裂く様な四つの斬撃が僅かに遅れて放たれる。
計三十二撃の斬撃の嵐が続け様にデミトロールを襲い、引き裂き、飲み込んだ。
「……よしっ!」
久しく感じる感覚だった。
自身が持つ力を最大限出して、敵を倒す。
これこそが、英雄の持つべき力、あるべき姿だ。
――少なくともヴィル・アルマークは改めてそう思った。
「流石、私のヴィル! やっぱりこのダンジョンでも余裕よね!」
「コレが本当の実力。でも、ヴィルはミリンダの、じゃない。私の」
「は、はぁ!? ち、違うわよ、今のは言葉のあやっていうか――って、アンタのでもないわよ!?」
ミリンダとライラの、どこかで見た事があるような、安っぽいやり取りにクリスは鬱陶しい様に眉を顰めると、ハイザもやれやれ、と溜息をつく。
やはり、このパーティは『こんな感じ』なのか、とクリスは納得して、咳払い。
「確かに相当な威力だったわ。Sランクは伊達じゃないのね。指示としても中々だったんじゃないかしら。最初はちょっと危なかったけど、四階層辺りから旨くパーティが機能してきた気もするし」
「クリスさん、ありがとうございます! それも貴女のアドバイスのお陰ですよ!」
ヴィルの少年の様な笑みに、内心、若いなーと思いつつ、笑みを“作った”。
実際、アドバイス……という程、大層なものではなかった。
クリスはただ、自分がソロで十五階層までの到達記録を持つ事を告げた上で、戦闘時のパーティの位置関係と使用するスキルにパターンを持たせた事だけ。
一階層は『鋼の翼』の好きにさせたが、最初の戦闘で色々と無駄や雑さが見えてクリスは口元を引き攣らせた位だった。
その癖、妙に自信満々で素直に人の話を聞く様にも思えなかった。分かり易い実力の指標である到達階層記録を示した分、それはマシだったが……。
ともあれ、彼等は会得しているスキルが“多過ぎる”のに対して“幅広い場数を踏んでいない”のが問題だった。
高威力かつ広範囲のゴリ押しで今まで、なんとかして来たのは直ぐに察した。それ故に下位スキルや魔法を御座なりにしていた為に実戦では心もとないのだろう、とも。
だから極力、範囲が狭く単体に使える出の速い中位スキルを幾つか見繕い他のスキルを禁じた。
それだけで、戦闘中に“スキルを選ぶ時間”が無くなる為、戦闘行為がワンテンポ早くなる。
加えて、汎用性の高さがまた無駄を生む。
剣士と魔導士の複合【ルーンソード】はメリハリが胆となる。
近接戦闘を行うなら迷わず距離を詰めて攻め込む前衛として、魔法を放つなら十分に距離を取って戦況の把握する後衛に専念するべきだ。
その場で臨機応変に素早く切り替えるのは、経験を積んだ熟練の猛者の業。
無理に近接戦闘を行いつつ魔法の詠唱をした所で、それぞれの精度が落ちるだけなのだ。
それは【ソロモン】も同じ事が言える。
単体を対象とするのか範囲を指定して放つのか。
攻撃なのか回復なのか。
百の覧から選ぶのと、十の中から選ぶのとでは、訳が違う。
そして、後衛の魔法の多さは何気に前衛にも影響するのだ。
後ろからどんな魔法が飛んでくるのか、把握していなければ気が気じゃない。
――つまりは、基本の基本を改めただけ。
それだけで、大分マシになった、ということは、“そういうパーティ”だった、という事なのだろう。
傲慢な上級冒険者よりも、堅実に必至な下級冒険の方が、良い成果を上げるのと同じ道理。
「――所で、今の戦闘だけど……私の《サイレンサー》が前提よね? 仮にだけど、私が普通の【アーチャー】だったら、どう判断したのかしら?」
クリスの質問に、ヴィルは試されていると感じたのか、顎に手を添えて考える。
「そうですね、色々と手はありますが……デミトロールに行った連携を全体にかけて、魔物達の動きを鈍らせます。その後に最優先にウェアウルフの脚を攻撃して機動力を奪い、僕とハイザ、ミリンダで各個撃破。その間にライラの魔法とクリスさんの弓でホブを攻撃して貰い、残るのであれば僕とハイザで対応を。デミトロールは先ほどと同じ方法も取る事もできますが、自己治癒での再生は回復魔法で阻害する事も出来るので、ライラの《ヒール》でも対応できます」
どうでしょうか、なんてヴィルの優等生スマイル。
――うっわ、うざっ。それに長っ。
なんて感想を顔に出さない程度にはクリスの精神にフィルターがかかっている。
一応、クリス・ディムソーはベテラン傭兵冒険者だ。感情やその他諸々、報酬を貰えるのなら棚に置いておける。
そう旨く行く事は極々、稀な事なんだけどねぇーと、思いつつチラリとハイザを見るとどこか渋い顔。
――このオッサンも苦労してんのね。
因みにだが、自己治癒を強引に完結させるのに回復魔法を用いて阻害する方法も有効ではあるが、それは《ファストエイド》での話。《ヒール》では、普通に傷をただ治してしまうだけなのだ。
と、指摘するのも面倒だ。
「なるほど、それがリーダーの考えなのね。興味深いわ」
――いつこのパーティが全滅するかがね。
小さく笑いそうになるのを、グッと堪える。
今回の場合のセオリーは“回れ右で、迷わず逃げる事”。
確かに、殲滅しようと思えば色々と手はあるのだが、そもそも、そういうクエストでもない限りその必要も無いのだ。
魔石をまとめて得るチャンスではあるのだが、そのリスクが余りにも大きい。最悪、周囲の魔物を呼び寄せて収拾がつかなくなる。
実際、先客は直ぐに引き返した様だった。
今は、自分達の足跡で消えているが、新しい二つの――恐らく、男女であろう足跡があった。その時の光景を容易に想像できる。
もっとも、六階層に二人組で来る事自体もセオリーからは相当に外れているのだが……。
――このパーティとその二人、雇われるならどっちがマシかしらねぇー?
そんな自問を早々切上げて、
「それじゃ、少し休憩にしましょう。私は周囲の警戒しているから。ちゃんとポーション飲んどくのよ」
クリスは、女二人がどっちがヴィルにポーションを渡すか張り合う光景に失笑して小部屋の入り口付近の通路で【アーチャー】が持つ探知スキル《千里眼》を発動させた。




