第十四話:使えないスキルの使い方
ダンジョン第六階層。
七階層に向かう最短ルートから僅かに外れた未開拓領域。
狭い通路の先に繋がる無駄に広いエリアにソレは居た。
――デミトロール。
通常種のトロールは平均四、五メートル程の巨体と醜悪な容姿を持ち、怪力と高い自己治癒力を持つ魔物。
その下位に位置付けされる見た目はホブゴブリンと大差が無く、だがその脅威は遥かに凌ぐ小型のトロールに武器屋で購入した片手半剣を手にレオン・グレイシスは対峙する。
迷宮都市の“外”でも冒険者となった者がぶつかる壁の一つ。それがダンジョンの原種となれば、尚の事。
それでも、
「“その身は軽く、風の如く――駆けよ”《クイックネス》!」
リゼッタ・バリアンの補助魔法を受け、レオンは駆けた。
十メートル程の間を数秒で詰め、続けて《シャープエッジ》を刀身に受ける。
「レオ――貴方に勝利を!」
そして彼女の声に補助魔法とは違う活力を得た。
「ォ……ゥ?」
肉薄するレオンに対して、デミトロールの反応は鈍い。
トロールは通常種やその他の亜種を含め、知能が低くその高い耐久値と自己治癒もあり、危機感も薄い。
その為、接敵を許し攻撃を受けても反応が無い場合がある。
ソレを経験の浅い冒険者はチャンスと見る。
だが、実際は“本当に気にする必要がない”から反応しないだけだ。
いつどのタイミングで敵視するかはその個体次第。
だから、勘違いした冒険者は気付かぬ内にその怪力で吹き飛ばされ、半端に経験を積んだ冒険者程、見誤って握り潰されるのだ。
そいう手合いは――
「“その矛先は我が手の内に――惑え”《ヘイトコントロール》!」
強引に興味を示して貰った方が寧ろ、やり易い。
「ゥ――ォオゥ゛!!」
太い腕を振り上げて、レオンを醜い顔をより歪ませて睨んだ。
不自然に発達した剛腕は鞭の様にしなり、それだけで十分な凶器になる。
大振りな剣でのパリィは些か速度が間に合わない。
だから、
「《瞬甲晶盾》」
自分とデミトロールの間に半透明の蒼い巨大な盾を、瞬時に展開させた。
直後に右の剛腕が振り降ろされ、“一瞬だけ”受け止めて砕け散る。
威力を殺す程の意味はないが、そのタイミングを極僅かに遅らせる事なら丁度良い。
「――【インパクトアブソーバー】……!」
バスタードソードでその衝撃を受け止め、脈打ち、吸収する。
刀身が纏う青のオーラがその耀きを増し、更に剣術スキルの発動によりソレが滝の様に勢いよく吹き出した。
「――ゥ゛……!?」
若干の硬直を押し付けたその隙にデミトロールの右腕を、自身の扱える数少ない中位剣術スキルである、地面を抉る様に斬り上げる単発の重撃《竜牙斬翔》で肩から斬り飛ばす。
トロール系の魔物の一番恐ろしいのは自己治癒力。
上位の回復魔法の様に即効性のあるものでは無いが、時間をかければ欠損した四肢を再生する事が可能な程のレベル。
デミトロールはソレが更に顕著だ。
それにしても、
「再生が――!?」
早すぎる。
正直、斬り飛ばした傍から泡が吹き出す様に肉が蠢くとは思わなかった。
普通、最低でも数時間かける所が数分で終わる勢いだ。
それを、
「“内なる活力――集え”《ファストエイド》!」
事前に危惧していたリゼッタが、回復魔法でその傷口を塞ぎ“自己治癒を強引に終わらせた”。
デミトロールは《ヘイトコントロール》の効果で幾分増した狂暴性を除いてもその意味を理解は出来ないだろう。
再生の止まり歪に塞がる傷口を残る腕で苛立った様に叩いた。
しかし、考える事などしないデミトロールはレオンを血走った眼で見る。
「っ……!」
中位の重撃スキルは総じて、スキルの反動が大きい。
硬直自体は解けても、身体への負担は残っている。こればかりは、スキル熟練度云々よりも、体格や膂力がものを言う。
レオンはそこを無理で通せる程の力自慢では無い。
だが、彼には独自の技がある。
「――《瞬甲晶盾》!」
底上げした熟練度故に、展開時間の延長は出来なくとも展開時にリソースとする魔力を放ち、《盾》を投げつける事は出来る。
魔力武装によるシールドバッシュ。
確かに直接的な殺傷能力は無い。
「ォ、ォゥア゛ゥ!?」
だが、物理魔力の双方の衝撃で一時的な行動阻害としては十二分。
「まだまだっ!」
仰け反るデミトロールの足元に新たな《盾》を張る。
不自然な位置に突如現れた足場が、一瞬で砕けて消えるのは邪魔でしかない。
ただでさえ崩されたバランスが致命的に傾いた。
「――っ!」
姿勢を落とし、剣を担ぐ様に構えてスキルの起動を感じ、刀身に再度、青のオーラを纏わせる。
剣の打ち下ろしと共に巨大な爪で引き裂く様に四つの斬撃を放つ重撃中位剣術スキル《竜爪斬墜》。
剣術中位スキルの中では、高威力。その最大火力を出す為には一定の溜めがいる。
「オオゥ……!!」
起き上がろうと藻掻くデミトロールに《竜爪斬墜》の溜めを維持しつつ一瞬だけ別のスキルに意識を割いて《盾》で地面に押さえつけた。
そのまま剣術スキルを続行。
「――っ、らぁっ!!」
剣での斬り下ろしに僅かに遅れて放たれる四つの斬撃にデミトロールは両断され引き裂かれ潰される。
「……っ、ぁ゛――っ!?」
慣れないスキルの反動に身体が悲鳴を上げた。
硬直が解け、息を吐き出す。
我ながら、無理をしたと思いつつよろめいてそのまま尻餅をつく。
ぜぇぜぇ、と肩で息をしていると、リゼッタの回復魔法で身体を包まれた。
「お疲れ様です――レオ」
「あぁ、リゼ。ありがとう、助かったよ」
彼女の笑みに彼も笑みで返した。
が、
「……」
「……」
少し、間が空いた。
何か喋らないと、と互いに考えて、
「えっと……そう、《盾》を巧く扱えていましたよ。私の補助など必要ありませんでしたね」
先にリゼッタが口を開いたが、手持ち無沙汰を感じている様だった。
「そんな事無いよ。もっとガンガン助けて、お願いマジで」
眉間にシワを寄せて力なく苦笑するレオンも、少し考えて――どこか悪戯めいた表情を見せた。
「――なんて言ってたら“カッコ悪い”かな?」
「ぁぅ……」
昨日の自分の言葉を思い出し、リゼッタは変な声を漏らして顔が熱を持つのを感じる。
朝から互いに“その話は”触れない様にしていたのに此処で出すのかと、恨めしくレオンを睨む。
昨日は二人して小っ恥ずかしい事を口走り、余りの気まずさに弁解も程々に今日ダンジョンへ行くことを決めて、早々に分かれてしまったのだった。
リゼッタは単に手早く稼ぐ為に冒険者になったものの英雄譚には多少なりとも心惹かれるものはある。
幼い頃は勇者に救われるお姫様を自分に置き換えた事もそれなりに。
流石にもう“夢見がちの少女の部分”は自分から無くなったと思っていたのだが、
――リゼの英雄になりたい。
何てことを彼に言われて、心の片隅に隠れていた幼な心がソワソワとしだして、寝不足気味だ。
その本人は、勢いで口をついて出たと言っていたが、思わせぶりな事は止めて欲しいと思うのだ。
まぁ、実際、パーティを追い出され途方に暮れていた所をレオンのおかげで望む様なダンジョン攻略に出られているので、既に彼は自分の英雄なのだが――なんて、思いつつ彼を見ると、どこか照れた様子。
仕返しと、リゼッタは新たに用意した肩がけの少し大きめな雑嚢から魔力ポーションの小瓶を取り出して、レオンの隣にしゃがんで差し出した。
「――いえ、私の望む通りの“カッコイイ貴方”を見せて頂きました」
「ん、ん……うん」
瓶を受け取り、トロみのある青い液体を戸惑いながら口に含んだのを見て、彼の耳元に顔を寄せる。
そして、
「流石“私の英雄”、ですね」
囁いた。
――ブフゥハ!!!!
豪快に吹き出したのを見て、頬を赤くしながら「勝ちました」と小さく誇った。
ゲホゲホと咽返るレオンに、リゼッタはリゼッタで、“いえ、私は何をしているのでしょうか、はしたない”と思いつつ、改めて魔力ポーションを彼に渡す。
羞恥心の痛み分けだが、変な気恥ずかしさをいつまでも引き摺っているより、敢えて掘り返した方が肩の荷も下りるだろう。
「だ、だからその、ソレはあれだよ? 言葉の綾ってか、なんっつうか――!?」
顔を赤くしながら、耳を押さえて口籠るレオンに、リゼッタは切り出した本人が負けてどうすると、わざとらしい咳払いで、一旦区切った。
「――実際、お見事でした。剣術スキルを中断せずに《盾》を割り込ませる事が出来るのなら、大きな利点になりますね」
レオンも一度、喉の具合を見てから、
「……まぁ。今までは中位スキルは溜めや反動があるから嫌厭してたけど、その隙を埋められるなら便利かな。にしても、まさかこの《盾》をこんな使い方をする日が来ようとは、覚えたての頃は思いもしなかったけどね」
当時の事を思い出し、眉を顰めつつポーションを飲み込んだ。
ゴブリンの矢ですら防ぎ切れない代物をどうにか真面な盾にしようと熟練度を上げる為に延々と繰り返していた日々を思い出す。
その苦労も少しは報われたらしい。
「積み重ねた研鑽故の技ですよ。――その剣の具合はどうですか?」
「こっちも特に問題は無いよ。片手で振るうにも丁度良いし、剣術スキルの威力も上がってる。まぁ、パリィは短剣の感覚が残ってるから少しズレ易いけど、慣れていけば良いかな」
さて、とレオンは立ち上がりズボンの土を払いつつ、リゼッタがポーチから出した地図を二人で覗き込んだ。
「今日はもう少し、奥までマッピングしようと思うんだけど……どうかな? ポーションはまだあると思うけど」
「私は構いません。それにポーション類や各種ジェムにも余裕がありますし、少ないですが携行食も用意しておきましたから、普段より長時間の探索は可能です。念の為、此処から先は《エネミーサーチ》の回数を増やして行きましょう」
リゼッタの言葉に、本当に彼女とパーティを組んで良かったと思いつつ、
「よし、それじゃ行こうか――!」
レオンは頼れる美しい相棒と共に未開拓領域の奥へと足を踏み入れた。