第十一話:【エンハンサー】の怒り
「レオン、か……」
ヴィル・アルマークもレオンを見て、足を止めた。
僅かな沈黙。互いに二の句は出てこない。
ヴィルは驚いた様に目を見開いたが、直ぐに眉を潜ませる。
レオンが武器屋に居る――つまり、“まだ冒険者である事”に物言いたげだった。
対するレオンも、今更、追放された事をとやかく言うつもりもない。ある種、納得した上だったし、今はアレが良い転機だったとも思うのだ。
パーティリーダの後ろから、
「あら、レオンじゃない。まだ此処に居たのね、てっきり田舎に帰ったのかと思ったわ」
嘲るミリンダ・ルクワードにレオンは、肩を竦ませる。
「俺も帰りたかったけど、路銀が無くてね。何とか、ダンジョンで稼いでる所だよ」
「君は……一人で、ダンジョンに潜っているのか?」
ヴィルは怪訝そうに静かに問う。
レオンが答えるより先に、
「わかった! アンタ、一層で他の冒険者が残した魔石をせっせと集めてんじゃないのー? みそぼらしいわね」
「笑うのは良くない。彼も、必死」
ミリンダの袖を引く、ライラ・リーイングの口元は妙に緩い。
「はは、そうっすね」
――まぁ、そう思われているのなら、別に良いや。
と、本人は軽く流したのだが、
「――」
リゼッタが、レオンの横の横に立つ。
会釈をして、
「お初にお目にかかります。クラス【エンハンサー】のリゼッタ・バリアンと申します」
彼女の表情は薄い笑みを浮かべているが、長柄のメイスを持つ手にギリッ、と力が込められる。
妙な圧にレオンが、「ぉぅ」と愛想笑いを引きつらせた。
「リゼッタ・バリアン……? ――! 『ホーリーソード』の……!」
ヴィルが姿勢を正して、敬意を示す様に騎士風に礼をする。
「これは失礼しました。パーティ『鋼の翼』のリーダー、ヴィル・アルマークと申します。クラスは――」
「存じております。剣技に長けるクラス【ブレイダー】であり固有スキル【リミットブレイク】の高火力で魔物を屠るアタッカーとして聞き及んでおります」
それにヴィルは、露骨に嬉しそうに目を輝かせた。
現金だなーと思いつつ、美少女からそう言われれば誰も悪い気はしないだろう、とレオンと――ハイザ・ウィスパーは短く溜息を溢す。
「いえ、そんな……。僕はこの都市では、まだまだですよ」
ヴィルは、事実を“謙遜する様に”軽く流して周囲を見渡した。
「それで、『ホーリーソード』のバリアンさんが、お一人で武器屋ですか?」
「いえ。私は既にそのパーティを脱退しており、現在はグレイシスさんとパーティを組ませて頂いております」
「レオンと……貴女が――?」
ヴィルの笑みが引き攣った。
「何故だ!? なんで、お前が彼女とパーティを組んでるんだ! お前にそんな資格ある訳が無いだろ!」
「――おいおい。少し落ち着けよ、ヴィル」
彼に睨まれたレオンは、その様子に眉を顰めた。
少し前から、何かに焦っているのは感じていたが、数日見ぬ内にそれが顕著に出ていた。
「っ、僕は冷静さ! バリアンさんもパーティを組むのなら相手は選ぶべきだ! 貴女程の冒険者なら相応しい相手が居る筈です!」
「失礼ですが――」
リゼッタが口を開く前に、ヴィルは続ける。
「そうだ、僕達とパーティを組みましょう! 僕達とならもっと安全に下の階層まで降りられますよ!」
彼は“誰に対して”話しているのだろう? とリゼッタは小さく溜息をつく。
「……それは、グレイシスさんも一緒に、ということですか?」
「な、なんで――そんな事……。コイツは必要ないでしょう? 僕は貴女に言っているんです……!」
「では、そのお話はお断りいたします」
「ですから……なんで!」
ヴィルはその精悍な顔立ちを焦燥に歪ませた。
「何故、と問われましても。私にはその問いが不思議でなりません」
リゼッタの諭す様な、憐れむ様な……静かな表情と声。
「本来、冒険者はパーティ加入、脱退共に同意の元に行われます。『既に結成されているパーティを解散させて、自分のパーティに強制的に加入させる』など、横暴に過ぎます」
「横暴なんて……僕はただ、貴女が――」
今度はリゼッタがヴィルの言葉を遮って、
「何より資格の有無は関係ありません。私がグレイシスさんと組みたいからパーティを組んだ……それだけの事ですので」
レオンを見て、小さく微笑んだ。
「――なっ……!!」
ヴィルは風に押された様によろめいた。
「それと訂正ですが、彼は実力、知識共に優秀な冒険者ですよ。現状は二人組ですが四階層までは安定して探索を行えています」
「――はっ! たかだか四層でしょ。その位で調子に乗んないでくれる?」
ミリンダが大げさに肩を竦ませる。
「確かに、Sランクパーティの皆さまとは比べるものではありませんね。申し訳ありませんでした。――では今後の指標にさせて頂く為に、失礼ながら皆さまの到達階層をお教え頂けると幸いです。無論、グレイシスさんの脱退後の記録です」
「っ゛! なに、この女……!?」
ギリッと歯を鳴らすミリンダに「どうか、なさいましたか?」なんて小首を傾げるリゼッタは、どこか勝ち誇った様だった。
「――それではお店にもご迷惑ですので、私共はこれで。皆さまのご活躍をお祈りしております」
彼女は、革紐が並ぶ棚からリボンの様な薄い物を手に取って、近くで自分達をソワソワしながら見ていた店員を呼んで渡した。
「ご迷惑をお掛けしました。夕方辺りに改めてお伺いいたします」
リゼッタは頭を下げて、呆けるレオンの手を取った。
店を出ようとする二人の背に、
「――貴女は利用されているだけです! その男は【ガーディアン】として、いや冒険者として欠陥品だ!!」
ヴィルの叫びが投げられる。
レオンが強張ったのを握る手を通してリゼッタに伝わった。
「……謂われの無い彼への侮辱はやめて頂けますか?」
振り返る彼女の声から感情が削ぎ落ちたのも構わずに、
「いえ! レオンは【ガーディアン】として『守りの力』が致命的に欠けている! 盾を張るスキルは数秒しか持たないんだ。あまつさえ、魔物の敵意を味方に集めて危険に晒す! 出来るのは自分に対する攻撃を弾くだけ!」
ヴィルは叫び続けた。
「――使えないんですよ、ソイツは!」
それを最後に店内が静まり返る。
「盾を張る“スキル”……? 初耳ですが?」
リゼッタの問いかけに、レオンは息が止まった。
「その様な事は、事前に教えて頂きたかったものですが」
「――ごめん。その……本当に、使えないスキル、だから――」
俯き絞り出した彼の謝罪に、
「そうですよ、だから貴女も僕達と――!」
ヴィルは被せる。
……リゼッタは思いっきり眉を顰めて、溜息をついた。
「いえ、それは――『破格の守り』ですが?」
「……?」
呆けるレオンに、彼女はフムと考えて、
「通常、守りの術は専門職の【シールダー】の他に【ヒーラー】系列のクラスが発現する『魔法』の部類です。魔法ですので、当然『詠唱』による発動までのラグがある。対して、『スキル』は即時発動するもの……その辺りは、実際?」
「えっと……あぁ、直ぐに出せる……けど?」
「発動後の硬直は?」
「熟練度を無理矢理に上げたから……殆どないよ。でも展開時間は一秒、二秒のレベルだぞ?」
「――やはりグレイシスさんは特異な部類の【ガーディアン】なのですね。たとえ、一瞬しか盾が持たなくても即時展開でき、次の行動に即時移れるのは、唯一無二の強みです」
リゼッタは、こうしてはいられません、と。
「もっと詳しくそのスキルについてお教え下さい。今後の攻略に非常に重要な事ですので。――そうです、時間も頃合いですので何か食事をしながらでも!」
レオンの手を強引に引っ張って店を後にした――。