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夏の保健室の氷

作者: 立花豊実

 ((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル


 保健室のベッドを仕切るカーテンを開けて、ガクブルした。

 そこだけ天上の冷房設備が過剰に効いて、夏も盛りの時分に極寒だったのだ。

 しかも、バチィと目が合った。

 授業をさぼって生まれたヒマを、保健室のベッドで持てあましているアジア系金髪美女の生徒が「もき、もき、もき、もき」と氷を噛んでいた。

 ツヤのある茶色い瞳に、瞬間、引き込まれる。


 結晶を模した控えめなイヤリングが、あごの動きで微かにゆれていた。

 手には、氷入りの紙コップ。

 時間が寸刻停止してから、はっとする。

「……なに、しているの?」

 訊ねると、すごい剣幕けんまくで氷を噛むのをやめてしまった。ああ、これは、聞くな、しゃべるな、だまっていろ、というサインだと思ってカーテンをしゃららんと閉じた。

 見なかったことにした。

 さて、すると自分はどこで休もう。絶賛、熱中症で体育の授業を抜けてきたばかりだ。

 横になりたいが、ベッドはふさがっていて……。

 いや、ベッド2つあるじゃないか。もう片方は空いているはずだ。しゃららん。再びカーテンを開けると、冷気が頬をさわった。

 アジア系金髪美女が、氷を「もき、もき、もき、もき」と食べていた。たぶん、氷は保健室に置いてある冷蔵庫にあったのだろう。

「こおり好きなの?」

 聞くと、かなり間が空いてから、口の中の氷を片付けたアジア系金髪美女は、

「べつに」といった。

「じゃあ、なんで食べてるの?」と続けると「噛むものがないから」という。

 ガムでも買ってくればいいのに。

 なんて真っ先に浮かんだ言葉を飲みこんで、

「おなか空いているの?」と聞いた。

 アジア系金髪美女は無言だった。

 訳すと【うるせえ。いちいち突っ込んでくんじゃねえ】みたいな、しかめ面だった。

 悩んだ末に、

「……アイス、買ってこようか?」

 アジア系金髪美女は無言のままで、その間を訳すと【引き換えに、お前はわたしにナニを求めようとしてんだ、コラ】みたいな、訝しむ顔になった。

 あわてて「たかだか数百円で大げさな。そんなことで恩着せがましくするほど、小さい人間になりたくない。それに、ボクは自分がアイスを食べたいんだ。もしバレてしまった時、一緒に先生の怒りを買ってくれるなら、矛先が分散されて助かるだろう? うぃんうぃん。そう、キミの為じゃない。ボクがボクの為にやる。でもこれは、キミの同意を得ないとできないことだから」とまくしたてた。

「モナカでいい? それともいっそ、おにぎりがいい?」

 アジア系金髪美女は、読めない表情でじっとしていた。

 やがて「べつに」とつぶやいた。

「やっぱ、いらない?」

 確認すると、

「そうは言ってない。モナカでもおにぎりでも、べつに両方でもいい」

 そういうことか。

「それじゃあ、両方買ってくるよ」



 それから、何度か保健室で彼女を見かけた。

 そこは彼女のお気に入りの場所だった。いつもガンガンに冷房が効いていて、会うたびに「もき、もき、もき、もき」と氷を噛んでいた。

 ボクは善意でないことを前置きしてアイス等々を買ってきた。

 彼女の方も「べつに」スタイルを変えることなく、食べたり、食べなかったり、気まぐれに過ごした。


 ある日、おにぎりを手渡すと彼女が聞いてきた。

「なんでいつも、そんな風なの」

 それはこっちのセリフだろうと思ったが、考えるふりをしてから、

「ぐうぜんウサギの飼育委員になった生徒が負う責任感のよう」

 彼女は怒ることもなく、

「飼育委員じゃないでしょ」

 わりと普通に突っ込んでくるので、また考えるふりをした。

「理由にならない理由があるから」

 と言ってから「よくわからない」と話をごまかした。


 ある日、めずらしくアジア系金髪美女が「アイスを食べたい」とお願いをしてきた。

「熱でもあるんじゃないの」

「かもね」

 ささやき、彼女はおでこを寄せてきた。ボクが身じろぎするよりさきに、おでこどうしがコツンとくっつく。

 そして、キスされた。本当にびっくりした。

 キスに、じゃないんだ。


 くちびるがめちゃくちゃ冷たかったからだ。


 ファーストキスの感想はとにかく「うっわ冷たい」。

 凍ってくっついたんじゃないかと心配したくちびるがペリペリはがれると、目を左右にふり、一間をおいて、

「今までありがとう」と言われた。

 しどろもどろに「どうも」とか「うん」とか返した気がする。

 その後、彼女は保健室に現れなくなった。

 親の事情で引っ越したんだそうだ。

 今でも、あれは現代に迷い込んだ雪女だったと思っている。



 あと、夏になると氷の味が恋しくなる病気にかかった。

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