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山崎昇平②

「二人ともお疲れ様。初日から忙しくなっちゃって、山崎君は大変だったと思うけど。しっかりやってくれたから、本当に助かったよ」


 ふー……とため息を吐きながら、彼女……佐倉春花さんは、近くの椅子に腰掛けた。少し離れたところにある椅子に、僕も座る。


「じゃあ、ほどほどに休憩したら上がっちゃっていいからね! 更衣室は仲良く使うように!」


 そう言うと、小井土さんは僕と春花さんを残して部屋を出て行ってしまった。シンと静まりかえる部屋。……なかなか気まずい。


「山崎くん……下の名前は?」


 ネイルを気にするように爪をいじりながら、彼女が呟いた。僕の方を見てもいない。……すごくどうでも良さそうなその態度は、僕に興味がないことの証だろう。


「……えと、昇平……です」

「ふぅーん。高校生……だよね? 学年は?」

「今、高二……」

「あ、そうなの? なんだタメじゃん。じゃあ、ショウヘイって呼んじゃっていい? ……長いから、ショウ、のほうがいいか」

「え? うん、どちらでも……」


 やっぱり同級生だったらしい。そうと分かった途端に彼女は爪をいじらなくなり、僕の方へその顔を向けた。


「じゃあショウで。あたしのことは別に好きに呼んじゃっていいから。へー、でも同級生かぁ。なんだか、年下に見えるんだよね」

「僕は春花さんが年上に見えてたよ」

「ハルカサンとか。なにその仰々しい呼び方。ハルカ、でよくない?」

「え? ……でも、僕たち恋人同士じゃないし……」

「ナニソレ、ショウってそういうの気にしちゃうタイプ?」


 ……肉食系というか、次々に言葉をかぶせてくる彼女に、僕はついていくことができない。完全にペースを持って行かれ、「うん」「まぁ」「そうだね」しか言えない状態が続く。


「さっきからさぁ、うん、まぁ、そうだね……しか言ってなくない?」


 ……バレた。


「どっちかというと、春花さんが答えさせてくれないんだよ……」


 そう言いながら、僕は春花さんの顔を見た。……やっぱり、何度見ても確信は変わらない。……春花さんは、間違いなく僕の母と同じ顔をしている。年上に感じるのもそのせいだ。


「そういうの、なんて言うか知ってる?」

「え?」

「人のせい、って言うの。話したきゃ話せばいいでしょ? それとも、あたしが綺麗すぎて緊張してるわけ? あ、ちなみにあたし、彼氏いるから。まぁ、別に別れてもいいんだけどねぇ~」


 ……意地悪そうな笑顔をしながら、僕を見つめ返してくる春花さん。正直、こういうタイプは苦手だ。


「ショウは、今フリー?」

「ん……うん、まぁ。そうだね」

「またその返し? いい加減つまんないんだけど。そんなんだから彼女出来ないんだよ、結構イケメンなのに」

「……そうかな」

「今度、あたしの友達紹介してあげようか? めちゃくちゃ地味でパッとしないんだけど、あんたとは相性がよさそうなんだよね」

「いいよ別に……」


 そこで一旦、僕たちの会話は途切れた。再び気まずい空気が流れる中、僕は考える。……どうやって彼女の正体を暴いてやろうか。


 仮に、彼女が過去から未来にやってきたタイムトラベラーだとして。たぶん、彼女の方からその事実を打ち明けてくることはないだろう。


 そもそも、現状より技術の進んでいない過去にタイムマシンなんてあるわけないんだから、彼女自身もわけが分からないうちにここへ来てしまった可能性が高い。自身が飲み込めてない話を、他人にするわけがないよな。


 かといって、「僕は君の息子なんだ」と彼女に告げるのも気が引ける。彼女の性格からして、そんなことを言えば変人扱いされること間違いないし、そもそも彼女が僕の母なのかどうかはまだわからない。


 だとすれば。


「……僕、バッ○トゥーザフューチャーみたいな、タイムトラベル系の映画が好きなんだけど……」


 僕がタイムトラベルに対して一定の理解を示しているという雰囲気を、暗に伝えてみたらどうだろう。彼女も心を許して、「実は私も……」なんて展開になるんじゃないだろうか。


「バッ○トゥーザフューチャー? えー、古くない? あたしは播井掘太(はりいほった)シリーズが好きなんだけど。最近やっと完結したよね~」


 一瞬で話題を変えられてしまった。というか、バッ○トゥーザフューチャーが「古い」映画だって自然と出てきたのはどういうことだ? それに、播井掘太シリーズは僕もハマった極めて最近の映画だ。


「……あ、ごめん、RINE入った」


 そして、おもむろにバックからスマホを取り出す彼女。……いくらなんでも、この時代になじみすぎている。もしかして、彼女がタイムスリップしたのはずっと前で、もうこの時代で長く生きているのか? もしくは、彼女はもともとこの時代の人間……?


「あら、まだいたの? もうそろそろお店閉めたいんだけど。世間話に花が咲いちゃった?」

「あ、店長すみません! 今、映画の話してて! ほら、最近ついに播井掘太が完結したじゃないですか!」

「したねぇ~、ようやく。『播井掘太と市の悲報』でしょ? あれは衝撃的なラストだったなぁ。まさか、市役所の職員が脱税していたなんて……」

「ああっ、ヤメテくださいっ!! あたし、まだ見てないんですから!!」


 店長と映画の話に盛り上がる春花さんを横目で気にしつつ、僕は自分の頭の中を整理した。見た目がうり二つの人間で、双子ではなく、タイムトラベラーでもないとすると……。


「まぁ、私的には『苦悩のタブレット』が一番良かったんだけどねぇ~。丸めて持ち運べるタブレットの開発に乗り出すときの、堀太のあの台詞がまた……」

「そうですかぁ? あの展開は先が読めすぎだったと感じましたけど。あたしが作者だったら、裏取引の相手は絶対彼にはしませんでしたね。やっぱり、お薦めは『明日カバンの集塵(しゅうじん)』です」


 ……気が散る。というか色々突っ込みたい。『市の悲報』だって、題名が全てを語っているじゃないか。僕なんて、「題名はミスリードだっ!!」……って信じて映画館にまで行ったのに、結局最後まで予想を裏切られなくてすごくガッカリした。衝撃的なラストって思えた店長が羨ましい。たぶん、春花さんはガッカリする組だな。


「さて、そろそろ帰ろう。二人ともさっさと着替えちゃって!」

「はぁーい。ショウ、行くよー」

「え? 僕はここで待ってるよ。先に着替えてきて」

「スカートなんだから大丈夫。女子高生は着替えるときに下着を晒したりしません。全部男子の妄想だっつーの。ほら、行くよ」


 彼女は良くたって、僕はズボンだ。あの狭い部屋で二人して着替えるなんて壮絶に気が進まなかったのに、グイグイ手を引かれて部屋に連れ込まれてしまった。本当に自分勝手な人だと思う。


「あたしのこと……気になる?」


 宣言通り、下着を見せないように器用に着替えながら、彼女は呟いた。僕はとりあえず、先に上着から着替え始める。


「……なんでそう思うの?」

「オンナの勘? ……っていうのは嘘で、ショウがあたしの顔をジロジロ見てたから。ホント、隠し見るの下手くそだよねあんた」

「べ……別に隠し見てたわけじゃ……!!」

「へぇー。じゃあ何? 堂々と見てたわけ?」

「そういうんじゃなくて、その……。ま……間違い探し……」

「間違い探しィ!?」


 彼女は、怪訝そうな顔つきで僕を見つめてきた。


「どういうこと!?」

「……別に、関係ないだろ? 僕には僕なりの理由がある。それだけ」


 ズボンに手をかけてモジモジしながら、僕は答える。すると彼女は、むすっとした不機嫌そうな表情になった。とりあえず、着替えが済んだのなら出て行って欲しい。


「ナニソレ。そういう返事ばっかしてるから、モテないんだよ」

「いいよ別にモテなくても。君こそモテるんだから、僕の相手なんかしなくてもいいだろ?」

「そんな言い方なくない? せっかく絡んであげてるのに……」


 急に悲しげな面持ちを見せ始める彼女。気が強いのか弱いのか、よく分からなくなってきた。


「ごめん、言い過ぎたかもしれない」

「そう思うなら、さっきの話……教えてよ」

「別にたいしたことじゃないんだ。ただ、君と……よく似た人を知ってるから、その人と比べてただけ」

「あたしとよく似てる人……?」


 なぜか、彼女の表情が曇る。とういうより、深刻な顔になった。


「……それ、誰?」

「誰……って、別にいいだろ? 誰でも……」

「よくない。いいから教えて」

「……何か心当たりでもあるの? もしかして君……」


 僕は彼女の目を見詰める。……少し慌てたように目を逸す彼女。


「タイムトラベラー?」

「はぁっ!? なんでそうなるワケ!?」

「なんだ、やっぱり違うんだ。……あのさ、下を履き替えたいから、出て行ってくれない? 僕ズボンなんだよね」

「いいでしょ別に!! それよりあたしと似てる人って……」

「僕は良くないの。男子だって異性に見られるのは嫌なんだよ」

「ちょ、待ってってば、ねぇ!!」


 僕は春花さんを更衣室の外に押し出して、鍵をかけたのだった。


 結局、彼女は何者なんだろう。……そう思いながら。

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