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英雄に憧れて

「そ、そんなとんでもないスキルが、この世にあるんですか……!?」


 思いっきり叫んだ後、アイは俺に確認してきた。聞き間違いなんじゃ、と呟く声が聞こえる。

 俺も何かの間違いなんじゃないかと思っていたが、実際にこの目で見てしまったのだ。信じるしかないだろう。


「あるみたいなんだよ。……とは言っても、まだ仮説の段階なんだけどな?」

「仮説、ですか……?」

「ああ」


 不思議そうに聞き返してくるアイに、ゆっくりと頷く。


「そういう力があるらしいっていうのは分かるんだが、確証がないんだ。なにせ、手に入れたのは俺が史上初かもしれないくらいだからな。スキルに対する調査も全くされてない」

「史上初……っ!!」


 俺の言葉の中に惹かれるものがあったのか、目を輝かせるアイ。

 すごいですすごいです、とウサギのようにぴょんぴょんと飛び跳ねながら、笑顔になって喜んでいる。主人の強さの源がわかって嬉しい、ということなのだろうか。

 ただまあ、それと同時に伝えなければならないこともあるから、喜ばせるだけにはいかないのだが。


「吸収した魔力を身体強化に回せるから、それでお前を倒したわけなんだが……実はこの能力、ちょっと問題があってな」

「えぇ!? 完璧なスキルじゃないですか! 問題なんて、ありそうにないですよ?」


 アイは信じられないとばかりにそう言った。……いや、そうだったら本当に良かったんだけどなぁ。


「――残念ながら。そうはいかないんだよ」


 何かを遮るように、これまでの空気を変えて重苦しい方向に向かわせるように、俺は言った。


「実はな、このスキルを除くと、俺は基本的に一般人に毛の生えたような力しか持っていないんだ。だからまともに戦うためには魔力を吸収する必要があるんだが……、相手が物理攻撃主体の時はぶっちゃけ何もできずに負ける」

「あっ……。……えっ、そうなんですか!?」

「おう。普段の俺超弱いぞ。雑魚中の雑魚だぞ、マジで」


 驚愕して口をぽかんと開けているアイに、ははっと自虐気味な笑みを向ける。


 本当に、いつもの俺は弱いんだよなぁ……。もっと早くこの力に気がついていれば、あいつらの役にも立てて、こんなことにはならなかったんだろうが……。

 とはいえ、このスキルを手に入れたのはアイに出会った時からで、昔は使えなかったのかもしれないから、一概に言い切ることはできないのだが。


 ……ああ、そうだ。俺はいつこの力を得たか知らないんだ。今まで一度も、スキルによる攻撃を受けたことがなかったから。

 駆け出しの頃、最弱クラスの魔物に殴られただけで結構な傷を負った俺は、攻撃にあたることに恐怖するようになった。それからはモンスターのことを執拗に調べて絶対に怪我を負わないようにし、最善の状況で倒せるように助言していたのだ。

 俺が傷つきたくなかったのはもちろんそうだが、あいつらにあの痛みを経験してほしくなかったっていう思いがあったのである。……いつからか、関係は歪になってしまったが。


「そう、俺の強さっていうのは、俺自身の力じゃなくて借り物なんだよ」

「…………っ」

「ははっ……。どうだ、アイ。失望したか?」

「え……いや、そんな……」


 卑屈に笑いながらアイに尋ねた。会話の中で、さらりと、自然に。しかし、真剣に、重大に。

 ……ああ、わかってる。卑怯な聞き方だ。でも、それでも、俺はどうしても確認したいことがあった。


 彼女が俺に好意を抱いている理由は、俺が強いと思っているから。それを裏切る告白をしておいて、こんなことをのたまったのだ。

 善人でなくとも、普通の人であれば、たとえ期待外れだとわかったとしても、こんな聞き方をされたら慰めた上でそれで構わないと言ってくれることだろう。これはそういう聞き方だ。そんな都合のいい答えを引き出すための、尋ね方だ。

 人間ならば。……そう、人間ならば。


 だが、モンスターにとってはどうだ? 強さを認め主人と慕っていた相手が、実はハリボテの力しか持っていないとわかったら、モンスターはどうする?

 そんなこと考えるまでもない。今しがた知った攻略法で俺を殺そうとするだろう。


 アイはきっと、特殊な個体だ。昔からそうだったのか、それとも記憶を失った影響もあるのか、その言動がやけに人間らしい。

 だからこそ、知りたいのだ。アイは本当に信じられるのか。アイを信じていいのかどうか。


 ……最悪、戦いになってもいいように、最低限の準備はしてある。先ほどの氷塊だ。

 結構な魔力を込められたあれを消滅させ、吸収したので、今の俺には力が溢れている。おそらくはそこまで長く続かないだろうが、戦うに足りる程度はあるだろう。


 …………。

 ……ああ、本当に俺は最低だな。

 自分を慕う相手の心を試す? しかも安全策は取っておいて? 一体俺は、何様のつもりなんだよ。

 相手のことを思いやらない自分勝手な言葉なんて、幼馴染たちよりも酷いじゃないか。俺にはあいつらを嫌う資格すらないな。


「ご主人様……」

「なんだ?」


 俺のことを呼ぶアイの言葉に、思わず身構えてしまう。言葉と言葉のわずかな間でさえも、その沈黙でさえも恐ろしく怖い。

 ああ、俺の心は汚れているなぁ。いっそ、ここで殺してもらえば楽かもしれない。

 そう考えていると、アイは口を開いた。


「もしかして、魔力を吸収し続ければ、無限に強くなれるってことですか!?」

「…………へっ?」


 返ってきたのは同情でも軽蔑でも殺意でもなく、キラキラとした明るい表情。夢に溢れる純粋な瞳。俺が会話の中に混ぜた毒に、一切気づいていないような。

 その姿に気圧されながらも、かろうじて答えを返す。


「あ、ああ……。多分そうだと思うけど」


 そう言うと、アイは更に水色に瞳を輝かせた。


「すごいですっ! さすがご主人様!! わたしの予想なんて、軽々と飛び越えて行っちゃうんですね!!」


 わぁ〜と、花のように優しく華やかな笑顔で、はしゃぎながらアイは言う。その姿は純粋で、眩しくて。

 そして、こんな子供をいつか見たような、懐かしい気持ちに駆られる。


 ああ、そうだ。昔の俺達は。俺達幼馴染みは、こんな姿をしていた。

 英雄に憧れて、いつか自分もそうなりたい、と。そう心から本気で思っていた。


 俺は……なんて馬鹿だったんだろうな。こんな可愛い子供に、あんなセリフを吐くなんて。


 ……期待に応えたい。きっと俺では力量不足だ。でも、なんとかしてこの子の夢を守ってあげたい。


 そうだ、英雄になろう。胸を張れる、強者になろう。


 俺はこの時、決意した。


「あのあの、試してみてもいいですか? わたしの魔力を全部込めた魔法を吸収してもらって、ご主人様がどこまで強く見てみたいです!」


 影が晴れたような心境の俺に、アイはわくわくしているという気持ちを全面に出した表情で、そう言ってくる。


「ああ、いいけど……お前魔力は大丈夫なのか? さっきもブレス連発やらで結構消費してたし、もうそろそろ底をつくんじゃ……?」


 俺は肯定しながら、問題点を言った。

 ……いや、どうなんだろう。これで『まだまだ残ってるので大丈夫ですっ』とか言われたらもう絶望しかないが。そんな化け物に憧れられる英雄とか、無理に決まっているだろう。


「あ、そうですね……。たしかにもうほとんど魔力がないです……」


 しゅんとした顔で告げるアイ。よかった、さすがのアイも限界はあったようだ。


「えっと、魔力を回復したいので、ちょっとだけここで寝ても大丈夫ですか?」

「……ああ、もちろんいいぞ」


 アイの申し出に頷く。魔力が切れたままのアイを連れ出すなんてリスクの高いことは絶対にしたくないからな。


 俺の答えを聞いてすぐに、彼女は氷魔法で簡易的な雪のベッドを作り出して寝っ転がった。……それ、冷たくないのか? 寝心地はどうなんだろう。

 見ているこっちが冷えてきていると、遊び疲れた子供のようにアイはすぐに眠ってしまった。簡単に起きることはなさそうなくらい、すやすやと、泥のように。

 小さく寝息を立てる小さな寝顔を見て、心が安らいでいくのを感じる。こうして見ると、ただの子供にしか見えないな。妹がいたらこんな感じだったのだろうか。


 ……さーてと、どうすっかな。

 心の中で少しだけ笑いながら、そう思う。


 今、アイは眠っている。今まで俺を守り戦ってきてくれた彼女は、無防備に意識をなくしているのだ。

 つまるところ、もしもここでモンスターの襲来があったとしたら、俺単独で退けなければならないのだ。それも、彼女を守りながら。


 ああ、できれば来ないでほしいなぁ。いくら強くなると、英雄になると誓ったとはいえ、怖いものは怖い。

 本音を言えば、まともな初戦闘はアイがいるときにしたいのだ。万が一しくじっても大丈夫なように。


 だが、現実はそう甘くはない。


 見てしまった。


 アイが寝つくのを確認した後、立ち上がった俺は見てしまったのだ。


 最初にアイに奇襲を仕掛けてきたフロスト・スピリットがいたところから、奴が現れるのを。


 氷の中級精霊である、スノークリスタル・スピリットが、こちらに向けて、極太の光線を放ってくるのを。


 …………。


 準備はいいか、俺?



 バトル、スタートだ!

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