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氷結竜の実力

 フロスト・スピリットを瞬殺してから、その後は特に何も起きずに、分岐点にまで戻ってくることができた。

 そして目の前に現れる、別れ道という名の選択肢。


 ……この氷の洞窟を出て帰ったほうがいいのではないか。そんな考えが頭の中を駆け巡る。

 正直、それが最善の策だと思う。ここはあまりにも不確定要素が多すぎるのだ。

 アイのような例外を除けば、普段通りのスペックが出せない過酷な環境。アイのような規格外を除けば、どんなモンスターが出るかの対策も練られないため常に未知の恐怖に怯えなければならない。

 俺なんか、このレベルのモンスターだと一撃貰っただけで軽く死ねるだろうから、そのストレスやプレッシャーは半端じゃないのだ。……いや、このレベルじゃなくても大抵のモンスターに一撃で殺されるくらいには弱いんだが。ほぼダメージを受けてこなかったから、俺は今日まで生き残れている。


 ま、まあ、俺の弱さは置いておいて。

 この場において、撤退するという選択肢を取ることは、おそらく適当なのだ。だが、それを選ばない理由もある。

 まず、不確定要素についてだが、これはぶっちゃけアイさえいればなんとかなりそうなんだよな。アイが負ける姿とか全く想像できないし。……俺が勝ったのは、なんかあれだ。きっと寝不足だったんだ。

 で、俺自身の問題についてのほうは……。実は恐怖はあまり感じていないのだ。あいつらに見捨てられたり、アイに殺されかけたりで、そういうのは振り切っちゃってたりする。まあ、死んだら死んだでしょうがないだろう、みたいな精神状態になっているということ。


 というわけで、攻略続行でいいんじゃないか、って結論に達した。よし、切り替え切り替え。もう後ろ向きのことは考えずに、これからのことを思おう。

 ここが万が一、魔王の涙ではなく近くにあったナニカとかだったら、まあそれはその時考えればいいのだ。案外、普通に進んでいった奥の方はこうなってるけど、そこまでまだ誰も行けてなかったってだけかもしれないし。


「次はどちらの道を行きますか?」


 思考に耽っていた俺に、アイが質問してくる。

 もう一度アイに決めてもらおうかと思ったが、二連続で罠を引いたらたぶん責任感じちゃうよな。今度は俺が決めるべきか。


「真ん中を進もう」


 直感に従って、中央の道をチョイス。こういう時は変に考えるよりも、感じたままに行った方がいいのだ。やらかしてもアイがなんとかしてくれるだろうし。


「真ん中……ですか? でもそこは一番魔力が……。あ、でもご主人様の強さなら問題ないですもんね! 行きましょうっ!」


 今なんか聞き捨てならない言葉が聞こえてきたんですけど。『魔力が……』の先に続くのは一体なんなんだ? 問題ありまくりだよ。ご主人様強くねえよ。

 いやでも、流石に大丈夫……なのか? アイだってダンジョン内で出てきた存在なんだし、それと同格以上のが更に現れる可能性もあるのだ。それを考慮すると……でも魔力を感じる道が正解の可能性もあるしなぁ……。


 まあ、迷うならとりあえず行ってみてから考えよう。ダメだったら、まあそれでいい。


 自分の心を律するために一度目を瞑って深呼吸をしてから、俺は一歩目を踏み出した。

 アイはその後ろをぴょこぴょことついて歩いてきている。緊張感を感じさせない、愛らしい姿だ。

 そういえば、聞こうと思っていたが忘れていたことを思い出し、質問してみることにする。


「お前は今人間に変身しているけど、ドラゴンの姿の時に比べて弱体化ってしないのか?」


 本来の姿形から遠ざかったものに変化すれば、パワーダウンは避けられないというイメージがあるが、今までのアイの様子にそんな雰囲気はないため気になっていたのだ。

 俺の疑問を聞くと、アイは一旦黙って顎に手を当て考えるような姿勢をとってから、口を開いた。


「そうですね……。本当の姿の時は体がおっきいのでパワーとか防御力は高いんですけど、今の体だと小さい分小回りがききますし、スピードも出るんです。魔力そのものは変わらないので、ダンジョン攻略だと動きやすい人間の姿の方がむしろ戦いやすいかもしれません」

「そうなのか。一長一短なんだな」


 考えてみればそんなにおかしいことでもない、か。

 あの巨体だと確かに攻撃を避けたり素早く殲滅したりは難しそうだし、下手をすれば大きな的になりかねない。まあ、氷結竜(アイス・ドラゴン)を的扱いできる者など、上位の竜王やモンスターを統べる魔王、それに最強の英雄たる勇者くらいなものだろうから、あまり考慮する必要もなさそうだが。

 ……あ、でもここは若干疑惑が出てきているものの魔王が創り出した可能性が高いダンジョンだから、同格どころか彼女を脅かす存在がいる可能性も否定はできないのか。それはかなりヤバそうだな。冷静になってみると、アイが味方とはいえあまり楽観視はできなさそうだ。


 そんな風に適度に会話を挟んで寒気を紛らわせつつ進んでいると、平坦な通路のゴールが見えてきた。

 家を数軒建てられるのではないかと思うほどに、とんでもなく広い大広間に出たのだ。奥側に道があるようだし、中継地点なのだろうか。


「わぁ〜、広いですねっ」

「ああ。……アイが出てきた時のことを考えると、罠なんじゃないかと勘繰りたくなるけどな」

「ご、ごめんなさい……」

「あ、すまない。責めたわけじゃないんだ。ただこのダンジョンの傾向を考えてて……」


 落ち込んでしまったアイを見て、不用意な発言だったな、と反省する。

 結局実害は特になかったわけなのだからアイに思うところは何もないのだ。恨むとしたら……。

 恨む、か。いや、確かに俺は幼馴染たちに囮にされた。だが、あの選択があの場で最善だったことはおそらく間違いない。

 やられた直後は混乱でそんなことを考える余裕などなかったが、冷静になってくれば、俺にはあいつらを憎むことはできないのだ。もともと、いつかこうなるかもしれないということは分かった上で、覚悟したつもりで荷物持ちとして参加していたのだから。

 もちろん、命の危機にさらされたわけで、どうしても悪感情を拭い去ることはできない。自業自得であるとはいえ、まあ、あいつらのことは嫌いだ。でも、恨んだり憎んだりはしないし、きっとしちゃいけない。そんな資格は俺にはないのだから。

 ……しかし、あいつらは大丈夫なのかな。レイはともかく、女子二人は裏で()()していたし。無事であればいいが……。


「わたし、奥の道を調べてきますね!」


 暗い表情で俯いていたアイだったが、すぐに笑顔を取り戻し、俺に向かってそう言った。

 罠があるかどうか、確認してくれるのだろう。……贖罪のつもりなのだろうか。もしそうだったら悪いことをしてしまった。


 軽快な足取りで奥まで到達した彼女は、顔を突き出して先を覗く。


「うーん、真っ暗でよく見えな…………ッ!?」


 その次の瞬間。


 アイの小さな体は。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()


「――――っ! うぅ……」

「アイ!? 大丈夫か!?」


 数メートルほど後方まで宙を舞った彼女は、それでも態勢を崩さずに前に少し傾きながら着地した。

 前方からの攻撃をガードしたのか、腕から少量の赤い血が垂れている。どうやら軽い体がうまく作用したようで、そこまでのダメージは受けずに済んだようだ。


「…………ッ!!」


 一安心していると、通路の奥が一瞬光ったように輝いた。

 そして向こう側からアイに向かって水色の閃光が、見るのもギリギリなスピードで飛んでくる。


「はぁああ!!」


 その光線らしき魔力の攻撃を、アイは氷の盾を前方に作り出して防御した。今度は充分な硬度を持つものを盾にできたため、無傷で守り切ることに成功する。


「えりゃぁ!!」


 そして彼女は間髪入れずに魔力を使って氷の槍を出現させ、前に向けて発射した。奥にいる何者かに攻撃したようだ。

 数瞬後に先の方から大きな破裂音がした。どうやら倒すことに成功したらしい。


「すごいな、アイ。奇襲をこんなに簡単に……」


 戦闘は終了したと思い、いつも通りにアイに言葉をかけたのだが……。

 彼女の様子が何やらおかしく、振り返って鋭い剣幕でこちらを睨んでくる。どうしたんだ? ……まさかとは思うが、心変わりして俺を殺そうとしているとか?

 理解を超えた事態に一瞬硬直していると、アイがこちらに向かって走りだし、拳を構えて飛びかかってきた。


「はぁ……っ!!」

「うわっ!?」


 そして背後から聞こえる、何かが爆発したような音。

 慌てて振り返ってみれば、そこには氷の残骸が転がっていた。これはアイシクル・ゴーレム? いや、体積的にもっと上位の、アイスバーグ・ゴーレムか?


「すまない、油断していた」


 こんな怪物がすぐ後ろにいたのに気がついていなかったのだと思うと、背筋が凍ったように冷たくなる。完全に慢心していた。もっと警戒しなければ。


 一瞬でもアイのことを疑ってしまったのを謝ろうと思ったが、しかしそんな余裕はすぐになくなってしまう。


 部屋の中に、数えるのも億劫になるほどに大量で、しかも尋常ではない魔力を秘めた魔法陣が出現したのだ。


 冷や汗が全開になりながらも周囲に注意する。

 無限にも感じられるような、されど短い時間が経った後に、魔法陣から大きな影が出現した。


「おいおい、嘘だろ……!」


 いるだけで圧迫感と威圧感を感じる、とんでもないモンスターが現れた。

 大広間の中に、巨岩のように大きなアイスバーグ・ゴーレム。その数約三十体。


 アイスバーグ・ゴーレムはアイシクル・ゴーレムに上位種で、その力は比べ物にならないほど大きい。一体でも現れれば、一流の冒険者パーティでも死を覚悟しなければならないほどの、圧倒的な脅威。

 しかもそれが三十って……。これはいくらアイでもまずいんじゃ……。


 焦ってアイを見つめると、いつのまにか彼女はそこから居なくなっている。慌てて顔を動かし探すと、アイは背中に氷でできた羽を生やし、俺の頭上に浮かんでいた。


「ふぅぅ、やぁあああああああああッ!!」


 そして、息を吸うように魔力を溜めてから、大きな掛け声とともに一斉放射。

 それは、真下を除いた全方向へのドラゴン・ブレス、乱れ撃ち。一つ一つ果てしない量の魔力を込められ、物理的な破壊力を持った光線を、散弾のようにゴーレム達に撃ち込んでいる。


「あぁ……マジかよ……」


 アイが撃つのをやめ、地面にゆっくりと着地する。

 周囲を見てみると、瓦礫の山がいくつも。


 アイスバーグ・ゴーレムの大群は、出現から二十秒後に、一つ残らず全滅していた。


「あり得ねぇ……」


 俺は引きつった顔で、ぼそっと本音をこぼす。

 信じられないなんてものじゃない。いくらアイが氷結竜(アイス・ドラゴン)だとはいえ、ここまでのありえない戦闘力を有しているとは。もしかして、ドラゴンの中でもかなり特殊な個体なのか?


 今度こそ完全に戦いは終わっただろう。ふうっと一息ついてから、アイに向かって声をかける。


「いやぁ、流石――」

「――ご主人様ッ、危ない!!」

「……えっ?」


 アイの切羽詰まったような声に、驚きながら、それでも何かまずいことが起きているのはわかったので、慌てて振り向く。

 その瞬間、後ろから感じた大きな魔力。


 俺たちが元来た方向の通路から、先程アイを襲ったものと同じ水色の閃光が、俺に向かってやってきていた。


 ……ああ、これは死んだな。

 なぜかスローモーションに見える光線を眺めながら、俺はそう考える。


 今からだと、さすがのアイでも間に合わないだろうし、もうこれは無理だなぁ。


 せっかく命拾いしたというのに、結局こんなところであっけなく終わるのか。


 まあでも、それは覚悟していたのだ。仕方ない。


 自分に迫り来る、死という名の運命を受け入れて、自分でも驚くほどの平静を保ちながらその瞬間を待った。

 そして、閃光が俺に触れ






 ――た瞬間に消え去った。……はい?

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