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攻略開始

「いい……のか? 本当に」


 あまりに軽く、あっさりと返ってきた言葉に、驚愕しながら確認する。アイはなんでもないような顔をしたまま、それに答えた。


「はい、特にわたしはやりたいこともありませんし、ご主人様がそう仰るなら反対する理由もないですから」

「そ、そうか……」


 思いのほか簡単に受諾されてしまった。いや、俺としては嬉しいのだが、それでいいのだろうか。何か釈然としない。

 まあ、彼女がいいのなら何も問題はないか。もしかしたらドラゴンの本能で戦いを求めてる、なんてこともありそうだし。


「ではご主人様、どっちの扉から行きますか?」


 すぐに次のことを尋ねてくる。……この分だと、俺が気にするだけ無駄か。

 心の中で折り合いをつけ、アイの言葉に返答する。


「そうだな、向こう側から行ってみたいんだが、いいか?」


 そう言って俺が指したのは、来た道とは逆の、奥にある扉。安全策を取るなら戻ったほうがいいのだろうが、どうせだったら向こうに何があるのか確かめておきたい。


「そうですか。じゃあ、早速行きましょう! れっつごーですっ」

「ああ……っと、ごめん少し待ってくれ」


 意気揚々とまるで遠足にでも行くかのように気軽に進もうとするアイに、一度頷いてからそう言った。


「……? どうかされたんですか?」


 首を傾げながら振り返り、質問してくるアイ。……首の角度どうなってんだ。普通なら折れてるぞそれ。

 一つ一つの所作から垣間見える化け物感に呆れつつも、俺は冷静に答える。


「いや、大したことじゃないんだが……」


 そう言ってから俺は、背負っている袋からサラマンダーの皮を取り出した。そして、かつて橋があった場所、奈落の底に向けて放り投げる。

 突然の俺の行動に、アイは驚いたような顔になった。


「いいんですか?」

「ああ、無駄に重いし、邪魔なだけだからな」


 たしかにそこそこの金にはなるが、これから俺は魔王の宝を手に入れようとしているのだ。それに比べれば雀の涙も同然。少しでも生き残れる確率を上げるために、不要な荷物は捨てておくべきである。

 それに、あいつらが狩ったものを手元に置いておきたくないという思いもある。もうあいつらとの繋がりは切れた。それなのに持っていくのは、なんとなく嫌なのだ。


「それじゃあ、行こうぜ」

「はい!」


 気を取り直して、前進。一応また何か罠があるかもしれないから警戒しつつ歩き、扉の前に立つ。

 この先に何が待っているのだろう。最深部への近道か。今までと変わらないダンジョンの一部か。まさかの出口とかいう可能性もなくはないし、二重トラップの場合だって考えておかなければいけない。


 一度深呼吸をし、逸る気持ちを落ち着けて、俺は扉を開いた。



「なんだ……ここは……」


 そして、その先に広がっていたのは――


 氷でできた、洞窟であった。床も壁も天井も、見える全てが氷になっている。


「綺麗、ですね……」


 うっとりと見惚れるような表情になっているアイ。たしかに、どこまでも透き通った氷が、魔力がこもっているのかぼんやりと発光していて、幻想的な雰囲気となっている。

 だが、そんな風景を楽しんでいる余裕は俺にはなかった。


 寒い。それはもう、尋常じゃなく寒い。

 入った瞬間から震えが止まらない。アイと最初に遭遇した時も、彼女の放っていた冷気によって寒気を感じていたが、これはそれの更に上をいく。

 更には足場が悪い。ツルツルの氷でできた地面は立っているだけでも体力を使うくらいに踏ん張るのが難しく、走るなど夢のまた夢のようだ。


「事前に調べた時は、こんなところ情報になかったぞ……。どういうことだ……?」


 『魔王の涙』は、普通の洞窟の形をしたダンジョンのはず。間違っても氷の世界などではない。

 かなりのところまで進んだはずの過去の英雄の記録にも、こんなところの存在は書かれていなかった。


「行きましょう、ご主人様っ」


 震えながら白い息を吐いていると、アイがそう言って走り出してしまった。


「お、おい、待て!」


 無計画に行っていい場所じゃない。不足の事態が起きた時は撤退が冒険者の鉄則だ。都市に戻って装備を整え、万全の準備をして再突入するべきである。

 だが、そんな俺の考えを嘲笑うかのように、軽々と前に行ってしまうアイ。


 ああもう、行くしかねえか。

 転んでも受け身を取れるように前かがみの態勢で走り出す。半分滑りながらだが、逆にそのおかげでそこそこのスピードが出た。


 曲がり角のところまで行くと、アイが右側に向かって戦いの構えを取りながら立っていた。

 俺は壁に受け止められるようにスピードを殺して停止してから、アイと同じ方向を見る。


 そこには氷の塊のような、人間大くらいの何がか置いてあった。何かと思って目を凝らしてみると、わずかに動いているように見える。……あれは、モンスターか?

 えぇと、あの特徴に合致するモンスターは……。


「アイ、あれはアイシクル・ゴーレムだ! 物理攻撃はほとんど通用しないから、魔力を使った遠距離攻撃が有効――」

「やぁ〜、とぉっ!」


 知識の中からモンスターの情報を探し出していると、アイがゴーレムに向かって飛びかかった。

 一瞬唖然としつつも慌てて止めようとしたが、目で追うことも難しいくらいのスピードで、気がついた時にはゴーレムのすぐそこまで辿り着いている。

 そして、彼女は可愛らしい掛け声とともに拳を振りかぶり、ゴーレムの中央部に向けて振り抜いた。


「えぇ……」


 その次の瞬間、ゴッという鈍い音が響きゴーレムが砕け散っていた。とんでもなく物理耐性が高いはずの、アイシクル・ゴーレムが、だ。


「……? ご主人様、何か言いましたか?」

「いや、なんでもない……」


 アイはなんてことの無いような顔をしながら振り向いて、俺に向かって尋ねてきた。相手の弱点の情報だったんだが、全く意味なかったなぁ。


 誤解されないように言っておくと、アイシクル・ゴーレムはかなり強いモンスターだ。あの幼馴染みパーティでも、敗北する確率の方が高いくらいに。

 それなのに、一番悪手のはずの打撃系物理攻撃で、しかも一撃で葬り去ってしまうとは……。

 いや、氷結竜(アイス・ドラゴン)ならばそれも当然か。


「よくやったな、アイ」


 予想以上の圧倒的さに、呆然としつつもアイを褒めておく。


「えへへっ、ありがとうございます!」


 だらしない笑顔で答えるアイ。頭を撫でてやると、更に嬉しそうにふんにゃりとした顔になった。

 その可愛らしさに和みつつ、無残にも木っ端微塵となったゴーレムの残骸を見る。こんな愛らしい少女が、こんな馬鹿げた芸当を成し遂げるような力を持っているのだと思うと、本当に恐ろしい。

 だが、少なくとも今のアイは俺の味方だ。俺のことをご主人様と慕い、寄り添ってくれている。それならば、心配する必要もない、か。


「それじゃあ、もっと先に行くか」


 アイによって癒されて、少しは寒さもマシになった気がする。とんでもない力を見たせいで不安がなくなったのも関係しているのかもしれない。

 もうどうにでもなってしまえと、そう思いながら言った。


「はいっ」


 アイが頷くのを見て、俺たちは一緒に歩き出した。


 代わり映えしないながらも、相変わらず綺麗な場所だ。少しだけ見とれながら長い通路を進んでいると、分かれ道に遭遇した。

 右と左、それに中央。三つの道に分かれている。


「どこから行くのがいいと思う?」


 モンスターがやってこないか注意しながら、アイに尋ねた。


「そうですね……。そこそこ大きい魔力を感じますし、右から行きましょうか」


 大きな魔力を感じるところから行くのかよ。そこ絶対避けるべき場所だろ。

 思わずツッコみたくなったが、まあアイならどんな敵が現れても大丈夫か。

 俺は了承し、二人で右の道を歩んでいった。


 しばらく進むと、行き止まりに到達する。

 なんだ、何もなかったか。魔力を感じるとか不穏なことを言っていたからドキドキしていたが、無駄足だったな。

 そう思っていると、急に背後から大きな魔力の波動が。


「……っ!? なんだ!?」


 慌てて後ろを見ると、そこには靄のような不思議な何かがあった。中央部から水色の玉が光を放っている。

 そして感じる大きな魔力。間違いなく強力なモンスター。

 会ってはいけない、その時点で終わりだ。そう教えられていた、悪夢を象徴するような氷属性の怪物。


 フロスト・スピリット。氷の下級精霊である。

 下級と言えども精霊の戦闘力は人智を超えている。たとえレイ達が死力を尽くして戦ったとしても、絶対に勝つことができないような、そんな存在。


 実体がないフロスト・スピリットは、倒すことが非常に難しいのだ。

 魔力に対する耐性がかなり高く、弱点のコアをスキルで叩くことはできない。しかし移動可能なコアを物理攻撃で狙うのも無理がある。

 レイ達に勝ち筋があるとすれば、相手の魔力切れを狙うことだけ。

 ただ、まあ。


「えいやぁーっ!!」


 両手をフロスト・スピリットに向けたアイは、気絶する前に見たドラゴンブレスのような魔力による砲撃を、気の抜ける掛け声とともに放った。

 そしてその攻撃は相手の全てを包み込み、容易くコアを破壊する。


 そして、砲撃が終わったあとには、何も残っていなかった。まるでそこには最初から何もなかったかのように、あっさりと。


 ……とんでもないが、そりゃあ当然だ。勝ち目がないとは言えレイ達でも戦うことができるフロスト・スピリットに対して、氷結竜(アイス・ドラゴン)は次元が違う。いるだけで戦意を喪失させるほどの絶望的な力の差を持っているのだ。

 ぶっちゃけ、どう考えても負けない。


「すごいな。お疲れ様、アイ」


 一瞬で敵を片付けたアイに、労いの言葉をかける。

 この分だと本当に完全攻略できるかもしれないなぁ。


 ……しかし、アイシクル・ゴーレムに、フロスト・スピリットか。

 事前にこのダンジョンについて調べたときには、こんなモンスター達は名前すら聞かなかった。

 というか、そもそもここを創り出したかつての魔王は火属性のはずで、氷属性のモンスターがいること自体がおかしいのだ。アイのように召喚されたのならばともかく、生息しているというのは自然の摂理に反している。

 そして、見たこともないような氷の洞窟。



 ここは本当に、魔王の涙なのか?

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