美少女(年齢不明)、誕生
「お前は一体……?」
見たことのないような美しさを持った、恐らくは年下だろう少女に問いかける。
えーっと、待てよ。そもそもどこだここは。こんな崖っぷちにある広間に来た記憶なんて……。
確か俺は……。
最高難度ダンジョンにみんなと一緒に挑戦しに来て。進んでいって。それで橋がある部屋に入って。
ドラゴンに会って。
そうだ、それで皆に囮にされて、橋を壊された。
その後、ドラゴンに殺されかけて、でもなぜか生きてて、急に力が湧いてきて。
ドラゴンを倒した。
そして、急に気を失ったのだ。眠くなるとかいう前兆はなく、唐突に。
……そういえば、スキルの使いすぎで魔力を一気になくした人は俺と同じようにいきなり倒れると聞いたことがあるが、まさかそれと同じなのか? あの時の異常な力はスキルによるもの、とか。でも無能はスキルを持てないはずだよな。
「あの、大丈夫ですか、ご主人様?」
思考に没頭していると、寝っ転がっている俺の顔を、先の少女が心配そうに覗き込んできた。
……そうだそうだ、そうだった。気絶よりも、この娘の方が謎なのだ。
水色のひらっひらが過剰についているロリータ服に身を包み、透き通るような水色の髪と瞳、それに真っ白な肌が綺麗なこの少女。
どう考えたっておかしい。
そもそも、ここは何度も言うようだが、最高難度のダンジョンだ。一流の冒険者のみが入ることを許された、禁則地域なのである。
俺のような一部の例外を除いて、まともに戦闘をできない者が入ってくることはありえない。スキルが使える使えないどころか、職業すら手に入れていないような年端もいかない子供がいるはずがないのだ。
しかも、綺麗な真っ白い肌。つまりは無傷で、服も全く汚れてすらいないのである。
どう考えてもおかしい。おかしいというか、絶対こいつ人間じゃない。
極限状態の俺が生み出した幻覚なのか、それともモンスター等の罠なのかはわからないが、見た目通りの存在ではないことだけは確実だ。っつーか、ご主人様って何だよ。
とりあえず、もう一度聞こう。
「お前は何者なんだ? どうしてここにいる」
ストレートに疑問を投げかけた。罠であればどの道俺一人で助かることなどあり得ないので、半ばやけくそである。
「わたし、ですか?」
「ああ、そうだよ。人間ではないよな?」
あざとくこてんっと首を傾ける少女に、俺は重ねて質問をした。そうすると、少女はあっさり頷いて、口を開く。
「はい、人間ではありませんよ。ドラゴンです」
「ああ、ドラゴンか。なるほど……って、はい? ドラゴン!?」
え、今何て言ったこいつ!? どんな答えが来ても驚くまいと備えていたが、そんな防御壁一瞬で突破されたぞ。
驚愕で固まっていると、少女はさらに俺を追い詰めるようなことを言う。
「そうです。ご主人様に倒された氷結竜ですっ」
…………。
「はぁああああああ!?」
驚きのあまり絶叫する。
え、えぇ……!? あの気高き竜が、こんなちんちくりんの美少女?
たしかにそれだったらここにいることも納得だが、そんな朗らかな口調で『倒された』とか言うか?
ああ、でも本当だ。いつのまにかドラゴンの巨体が影も形もなくなっている。もしかして、本気でドラゴンが人間に変身した姿なのだろうか。
「信じられないのでしたら、一回元に戻って見せましょうか?」
「え? あ、おう。頼む」
自称ドラゴンの少女の言葉に反射的に頷いた。……なんかどんどんカオスな方向に転がっていっている気がするのだが、大丈夫なのかこれ?
とりあえず寝っ転がった体勢から起き上がり、その場であぐらを組んで座った。もうどうにでもなれの精神でいこう。
少女は俺からそこそこ離れたところまでとてとてと歩いていき、広間の反対側あたりまでたどり着くと、こっちを振り返った。
「それでは、いきますよーっ」
そう言うと、彼女はほおを膨らませて踏ん張り、見るからに力んでいるとわかる格好をとった。それだけなら微笑ましい光景なのだが、明らかにまずいレベルの魔力が少女の周りに出現するのを感じる。ドラゴンと同じく、刺すような絶対的な威圧感を伴う魔力だ。
その数秒後、彼女は一瞬で魔力によって形成された巨大な氷に包まれた。
そして……。
「……っ!! あ、ああ……」
その氷が砕けていくと同時に、中からあの忌まわしき氷結竜が姿を現した。……本当に、少女はドラゴンだったのか。
あれ、待って。記憶が正しければ、俺って一回あいつを殴り倒したんだよな。……これ、消されるんじゃないか?
怯えながら見ていると、ドラゴンは先程の逆再生をするように氷を纏って砕き、少女に戻った。
あっけなく、ドラゴンは再び姿を消したのだ。
「ご主人様っ、これで信じてくれましたか?」
唖然としていると、少女はこちらに駆け寄って、「褒めて褒めて」とでも言いたげなキラキラとした目で見つめてきた。
「そ、そうだな……」
とりあえずどう対応していいかわからないので、無難な返事をしておく。
すると、少女は何故か俺の方に頭を寄せてきて、上目遣いでこちらを見上げてきた。物欲しそうな視線を向けてくる。……え? 撫でろと?
「ご、ご主人様ぁ〜」
目を剥きながら恐る恐る美しい水色の髪を撫でてみると、少女は蕩けたような笑顔になった。無邪気な子供が浮かべる、無防備な笑顔だ。
彼女の髪の毛はさらさらで触り心地がよく、いつまでも撫でていたいとすら思ってしまうほど。
あぁ、楽しいなぁ。
「……じゃねえよ! 何やってんだ俺は!」
はっと正気に戻って叫ぶ。少女が俺の豹変に驚いてびくっと震えたが、そんなことはどうでもいい。
馬鹿なのか俺は。どうしてまだ状況によくわかっていないのにドラゴンを撫でて和んだりしているんだ。
「えぇと、ちょっと待ってくれ。お前があのドラゴンだっていうのはわかったけど、なんでそんな俺に親しげなんだ。普通自分を倒した相手とか恨むものじゃないのか?」
これがわからないことには一切安心できない。こんな可愛らしい容姿をしていても、あの凶悪なドラゴンなのだ。だまし討ちとかを狙っている可能性……はないだろうけど、隙をついて魂を奪うとかなんかそういう……。
とはいえ、もしそうだったとしたら何も抵抗はできないか。
答えを待っていると、少女はにぱぁっと笑顔になり、口を開いた。
「ドラゴンでは強さが絶対ですから、自分を倒した相手に付き従うことはよくあるんですっ。なので、わたしを簡単に倒したあなたをご主人様に……。……もしかして、迷惑でしたか?」
言っている途中で不安になったのか、目元に涙をためていまにも泣き出しそうな表情で俺を見てくる少女。やめてくれ、これだと俺がまるで悪人みたいじゃないか。相手はドラゴンだぞ。
心の中でため息をつきながら、俺は少女の頭をなで始めた。これでさっきは機嫌が良くなったのだから、今度もどうにかなってくれという期待を込めて。
すると、うまくいったようで、少女は先ほどまでの笑顔を取り戻した。その様子を見て安心しつつ、俺は次の言葉を言う。
「でも、残念ながら俺は強くはないぞ。お前を倒した時はなんかよくわからん力が湧いてたけど、普段は人類最弱格だ」
一応、しっかりと伝えておく。これで失望したとか言われて殺されるのは嫌だが、どうせそのうち露呈するのだろうから、先に言っておいて反応を見たほうがいい。
こんないたいけな少女を騙すというのも、気分が良くないしな。
それを聞いた少女は、まず意味がよくわからないとでも言いたげな表情で首を傾げてから、再び目をキラキラと輝かせた笑顔になった。
「なるほどっ、その謙遜が強さの秘訣なんでしょうか?」
「謙遜じゃないよ。俺は実際弱いんだって」
「またまたぁ〜、ご主人様が弱いわけないじゃないですか! 寝てる時ですらわたしの攻撃を全部無効化するなんて、並の英雄でもできませんよ」
「いや、だから、俺は本当によわ……え? お前今なんて言った!?」
何度も念押ししていると、途中で少女からとても気になる発言が。驚いて聞き返す。
「ご主人様が寝てる間に何度かブレスや魔法を当てたり、直接攻撃したりしてみたんですが、一つも通用しませんでした。あんなこと初めてで、その時に私はご主人様のものになろうって決めたんですっ」
全く知らない間にめちゃくちゃめっためたにやられてるんですが。え、それでも五体満足ってどういうことなんだ?
気絶する前急に湧き出した力といい、不思議なことが起きすぎている。俺にそんな英雄のような力はないはずなのに……。
いや、まさか『無能』に何かあるのか? 百年に一人しか現れないなら、まともに調べられておらず、能力が知られていなかっただけの可能性もある。……でも、それを信じて一年鍛錬して無意味だったんだよな。
「あの、ご主人様。どうしてそんなに自分のこと弱いって言うんですか……? もしかして、わたしにつきまとわれるのが嫌だから、強くないふりを……」
なにやら再び不安になったようで、どんどん顔色が悪くなっていく少女。今度は本当に泣き出してしまい、えっぐえっぐと嗚咽を漏らし始めた。
だめだ、中身がドラゴンだとわかってはいるが、それでも良心の呵責に耐えきれない。
「いや、ごめんごめん冗談だ。俺は強い、強いから泣かないでくれ」
当然子育ての経験などなく、自分より年下の相手と話したこともあまりないので、おろおろしながらそう言う。
「じゃあ……わたしの、ご主人様になってくれますか……?」
「なる、なるから泣くのをやめてくれ」
「本当ですかっ!? やったぁ!」
ぱぁっと満開の笑顔を咲き誇らせる少女。なんなんだよ、情緒不安定かよ……。
まあ、機嫌を直してくれたのならいいか。
やったやったとぴょんぴょん飛び跳ねる少女を見ながら、そう思う。もう本当にドラゴンの威厳ゼロだな。
「それで、ご主人様。この後はどうされるんですか?」
「この後?」
って、ああ、そうか。ここにいつまでもいるわけにはいかないか。
ちらっと後ろを振り返り、元来た扉を見つめる。ドラゴンである少女に協力してもらえば、向こうに行くこともできそうだが……。行きたくないな。このまま生還すれば、きっと幼馴染み達と会うことになってしまうだろう。それは嫌だ。
「なあ、奥の方の扉の先にはなにがあるんだ?」
少女に尋ねる。奥へと進む近道なのではないかと考えていたが、ここは罠っぽかったし、実際どうなのだろう。
「すみません、知らないです」
帰って来たのは申し訳なさそうな声。知らない、のか。
「ごめんなさい……」
「いや、それは別にいいんだが、ダンジョンのことを知らないってことは、外から召喚でもされてここに来たのか?」
流石に普段からいる場所のことがわからないなんてことはないだろうし、本来は外にいるモンスターなのかもしれないな。そう思って聞くと。
「ごめんなさい、ご主人様っ。それも、わからないんです」
「わからない!? 自分のことだろ!?」
爆弾発言をした少女。どういうことだよ。驚いていると、少女は口を開く。
「は、はい。じつは……ご主人様に殴られたあと、外傷はすぐに治ったんですが、脳に損傷が残ったみたいで……」
そこで一旦彼女は言葉を切り、引きつったような笑みを浮かべた。
「ご主人様に倒された以外の記憶が、頭から飛んじゃいましたっ」
「えぇえええええ!?」




