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最後の道

 分岐点から通じる道は三つ。そのうちの二つ、右と中央は、どちらも先へと続く通路ではなかった。

 ……いや、まあ、中央には死ぬほど怪しい珠があったし、なんならアレが魔王が遺したという宝なのではと思わなくもないが、断定するには少し不安要素が大きすぎる。


「それで、残るは左方向の道か。確か、この道から感じる魔力は、他と比べて小さいんだよな?」

「はいっ。ほとんど感じないくらいです」


 ほとんど感じない、か。……それだと、その先に続く場所があるのかも怪しい気がしないでもないが、まあその時はその時だよな。

 もともと通常ルートではない部屋から辿ってきたわけだし、行き止まりでも仕方がない。そうなったら戻って一から出直せばいいだけだ。


「それじゃあ、行こうか」


 そう告げると、アイは気合の入った様子で頷いた。

 どうやら彼女は、先程の謎の珠を見てから危機感を覚えたらしい。緊張感が以前とは段違いだ。

 そうして俺たちは、先へ向けての一歩を踏み出した。


 相談して、アイが前方を、俺が後方を警戒しながら進むことになった。単純な敵襲なら基本的な戦闘能力が高いアイが対応すればいいし、後ろから不意をついてくる精霊の光線は俺に当たれば無効化される。二人組なのだから大した工夫ができるわけでもないし、恐らくこれが最適解だろう。

 通常時は俺より遥かに強いとはいえ、外見的にも精神的にも庇護するべき子供である彼女を先頭に立たせるのは抵抗がなくもないが、そんなところで意地を張ってはいられない。少しでも慢心すれば、一秒先には命を落としているなんて事態もあり得るのがこのダンジョンなのだから。


「そういえば、アイってどのくらいの年齢なんだ?」


 移動中、ふと気になったことを問いかける。もちろん、その間にも油断はせずに、周囲の警戒を怠らないままだ。


「おぼえてないので正確にはわかりませんけど……たぶん、見た目通りだと思います」

「見た目通り?」

「はい。特に手を加えずに変身したので、わたしの歳は人間に換算するとこの見た目くらいかと」


 なるほど。初遭遇時はあんなに威厳と絶望的な威圧感を持っていたアイだが、ドラゴンの中で言うとまだ子供なのか。まあ、人間の十三歳くらいということなら、長命種のドラゴンであるアイは現時点でも普通の人間よりは長く生きてるんだろうけど。

 しかし、見た目通りということなら、逆に妙というか。年齢に対してアイの態度は少し幼すぎる気もするが……。やはり記憶を失ったことによる精神的な退化なのだろうか……。

 というか、子供でもこのレベルって、氷結竜(アイス・ドラゴン)の成体は一体どうなってるんだ。


「……っ! ご主人様、止まってください」


 そんなことを考えていると、急にアイが立ち止まった。


「どうした、敵が現れたか?」


 音や気配は感じないが、アイの五感は俺とは比べ物にならないほど優れている。遠くにいるものや、隠れているものを見つけたとしても不思議ではない。


「敵じゃなくて罠みたいです。十メートルほど先の地面に、不自然なくらい魔力がこもっています」

「どんなものか分かるか?」

「踏んだら魔法が飛んでくるタイプの単純なものだと思います」


 俺の質問に、アイは即座に答えた。

 そうか、この道からはほとんど魔力を感じないって言ってたもんな。そんなところにある罠とすれば、俺たちが足を踏み入れてから急遽作られた簡単なものというわけか。

 しかし、それなら大して威力もなさそうだし、先程までのアイならわざと踏み抜いて跳ね除けるくらいの強引な除去方法を取りそうなものだが。あの珠の発見は、行動原理すら変えてしまうほどの衝撃だったのだろう。

 まあでも、『魔法罠』ならさしたる脅威でもない。それこそ、アイがやらないのなら……。


「ご主人様っ!?」


 驚いたように声を上げるアイ。ぽかんと小さな口を開けている。

 それもそのはず、俺は自分から罠があると思われる場所の上に移動したのだ。


 瞬間――案の定、展開される魔法陣。

 魔力を放ちながら輝き、物理法則を無視した魔法が発動されかかったところで……。


 ――――効果を発揮する前に、消滅してしまった。


「……ぁ、そっか、ご主人様の……」

「よかった。うまくいったみたいだ」


 安心して、ふぅっと止まっていた息を吐き出す。大丈夫だとは思っていたが、実際にやってみると緊張するな。

 そう。俺が持つ『能力無効化』と思われる力を利用して、罠を無効化したのだ。直接攻撃等ではなく設置された罠なため、今までのものとは少々勝手が違ったが、問題なく作用したらしい。


「さすがご主人様ですっ!」

「大したことじゃないよ」


 キラキラとした視線を向けてくるアイに、謙遜して返す。……いやまあ、どうせ俺がやらなくてもなんとかなってただろうし、本当に大したことじゃないと思うが。


「結局、どんな罠だったんだろうな」

「確証はないですけど、魔法陣を見た感じ転移系のトラップだったみたいですね」

「転移系?」

「はい。魔法陣の上にいる人が強制的にどこかに転移させられる、というものだと思います」


 疑問を呟く俺に、アイは解説をしてくれる。そういえば、アイが現れた時の魔法陣と少し似ていたような気もするな。


「……それって、かなりえげつなくないか?」

「もしわたしがはまっていたら、ご主人様と離れ離れになっていたかもしれません……」


 青ざめた表情のアイ。あっさりと対処完了したが、意外と危険はすぐそこだったのか。

 まあ、もしそうなっていたらそうなっていたで、罠を地面ごと叩き壊したりして解決していたような気もするが。


「……気を取り直して、進もう」

「はい!」


 想定外の危機に驚きつつも、より緊張感が増した俺たちは、さらに歩を進める。

 特に何事もなく歩いていると――さして時間も経たないうちに、先程の比にならないほど予想外なものに行き当たった。


「え、これって……」

「行き止まり、だな……」


 一本道の通路の先に立ちはだかった、氷の壁。隙間はどこにもなく、完全に進めないようになっている。


「外れ、ってことか」


 まあなんとなくそんな気はしていたが、いざ目の当たりにしてみると、少しショックだな。死にかけた先に何もなかったっていうのは。

 結局、氷結竜(アイス・ドラゴン)の部屋に先には何もなかった。存在自体がただの罠だったということだ。

 ……どの道いつかは破綻していただろうとはいえ、あのパーティから離れることになった直接のきっかけだ。せめて『何か』があってほしいという思いがあったのだが……。

 いや、あの謎の珠があったわけだし、無意味だったと決めつけるのは早計か。さっきはろくに調べもせずにスルーしてしまったが、今度はしっかり……って。


「どうしたんだ、アイ。何か見つけたのか?」

「……え、いや、えっと……」


 俺が一人で考え込んでいる間に、アイはうんうんと唸りながら、行き止まりとなっている壁をあちこち触ったり叩いたりしていた。


「なにか、ちょっと違和感が……」


 自信なさげな表情のアイ。

 違和感? 他と変わらないただの壁に見えるが……。流石に壁自体が幻覚ってことはないだろうし。

 まあ、一応……。


「っと。……俺が触っても何も起きない、みたいだな」


 もしかしたらと思い能力無効化を試してみたが、不発に終わった。やはりただの壁のようだ。


「仕方がない、引き返そう」


 振り返って、もと来た道を歩いていく。

 しかし、こうなるとどう動くべきか。常識的に考えれば冒険者ギルドに戻るべきなんだろうが、必然的に幼馴染達と再会することになる。顔合わせたくねぇなぁ……。

 やはり、魔王の涙の攻略を続行……、って。


「アイ?」


 ふと後ろを振り返ってみると、アイは未だに壁の前に張り付いていた。まだ何か気になることがあるのか?


「やぁっ!」


 掛け声とともにアイは壁に向けて竜の吐息(ドラゴン・ブレス)を放った。爆発したような破壊音が鳴り響く。

 見ると、壁が跡形もなく消え去っている。……壊れた? あれだけ暴れても傷一つ付かなかったこのダンジョンが?


「やっぱり。……この部分だけ他と違って魔力を感じなかったんです。だから、もしかしたら()()()んじゃないかって」

「……たしかに、道は先に続いてるな。壊して行けってことだったのか」


 まだ探索を続けられるのはありがたい。気合を入れ直して、前へ進んでいく。

 しかし、今のはなんだったんだ? 魔力のこもっていない、ただの氷の壁。探索者への妨害にしては少々違和感がある。

 単純な話、先に進ませたくないのであれば他と同じように破壊不可能の氷で塞いでしまえばよかったのだ。それを何故そうしなかったのか。

 考えられる可能性としては……あの壁を作ったのがダンジョンの制作者とは別人だった? 道を塞ぎたかった第三者が、元から行き止まりだったように見せかけたのか?

 だとすれば、その目的は一体……。


「……っ! ご主人様!」

「どうした?」


 考え事をしながら歩いていると、唐突にアイが大きな声をあげた。まさか敵が現れでもしたか。

 アイは一本道を駆け足で進み、急に立ち止まった。慌てて追いかけると、どうやら下へと向かう階段があるようだ。

 彼女と同じように下の方を覗き込む。


 ……は? 馬鹿な、これは……。


「人……間……?」


 中段あたりに、一人の少女が倒れていた。

 俺と同い年くらいだろうか。赤いドレスを着た少女は、頭から血を流し気絶している。


「……っ、アイ、あれは……」

「たぶん、人間ですっ。モンスターとは気配が違います」


 モンスターが擬態しているわけではなく、本物の人間。俺と同じように迷い込んだ冒険者ってことか?

 だったら助けないと。


「大丈夫か、しっかりしろ!」


 駆け寄って呼びかける。

 脈はしっかりとしており、血も乾いた様子はない。どうやらこの状態になったのはついさっきのことらしい。

 一体何が、モンスターの襲撃でも受けたのだろうか。


「アイ、回復魔法を使えないか?」

「ごめんなさい、できません」


 クソっ、どうしたらいいんだ。

 気を失った状態で頭部からの出血。ましてやここは、氷でできた極寒の洞窟だ。医療知識などない俺でも、このままにしておくのは危険だとわかる。


「……この先、少し行けば外に出られると思います」

「っ!? わかるのか?」

「空気の流れから、おそらくは」


 不幸中の幸いか。外に行けば、治療する術を持った人がいるはずだ。


「案内してくれ。すぐにここを出る」

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