第8話 ネリア、はじめての策謀
森から帰ってくると、まずはファスタを一度、実家の方に連れて行く。
実家に戻ると裏にある水洗い場へと向かう。
「ファスタ、とりあえずここで体洗うから、じっとしててね」
私は近くの水栓からホースを伸ばし、蛇口を開きファスタに水をかけて汚れを洗い流していく。
それでも取れない汚れはクリーンの魔法で落とす。
「よし、OK。いまから乾かすから、まだじっとしてて」
ドライの魔法で手早く体全体を乾かす。
乾かし終わってから家に入れる。
家に入れるとファスタの巨体のせいで、かなり広いはずの、家の中が狭く感じる。
「なぁ、ファスタ。お前ってサイズを変えるとかできないのか?」
「サイズを変える?やったことはないができるとは思う」
「そうか、今のままだと大きすぎて、何かと不都合だからさ、小さくなってみて」
「わかった」
すると、スーッと体の大きさが小さくなっていく。
大体、大型犬ほどのサイズまでなると、そこで小さくなるのをやめた。
「どうだろうかご主人?このぐらいの大きさなら問題なかろう。これなら白銀狼のように見えるだろからな」
「まぁ、どんな種族に見られようと問題は無かったからいいんだけど。そうだね、その大きさなら問題は無いかな」
大きさの問題も解決したので、そのまま2階へと上がり、自分の部屋までファスタを連れて行く。
「さぁ、中に入って」
ファスタを中に招き入れ、部屋のカギを閉める。
ファスタは、中を興味深そうに見回しながら適当な所に座る。
私は、ファスタの前に向かい合うように座り、私に関する重要な話をすることにする。
「ファスタ。これから私が話すとこは、一応秘密のことだから私の許可なく話さないでね」
「心得た、ご主人」
それからファスタには、私が別世界から召喚された勇者で、その途中で死んで転生してきて、前世の記憶を持っていることなどを話した。もちろんスキルのところもだ。
その間、ファスタは私のことをじっと見ながら、真剣に話を聞いてくれた。
一通りの事を話し終わると、口を開いた。
「ご主人はある意味とんでもない存在なのだな。それにしても上位者スキルといったか。あれはなんだか受けてみて分かったが恐ろしいものだな。知らず知らずのうちに、己の内から服従される感じがする。今でも少しだが我を屈服せんと何かしろの力を感じる」
「うん?という事はファスタ。お前さんは、私に下克上でもしようと企んでいるのか?忠誠を誓ったくせに。もしかして私の事、舐めてるの?」
ちょっと威圧をかけながら猫なで声で、ぐっと顔を近づけてやる。
するとファスタがカチンコチンとなり、途切れ途切れで言い訳を始める。
「いや、そういうわけでは…、ないのだが…、あ、あの、その、ちょっと…、こ、言葉の綾というか…、わ、我は…」
私は徐々に威圧のレベルを上げる。ついでに脅迫のスキルも追加してやる。
すると何かが変わった感覚がする。スキルをかけたままステータスを確認すると、威圧のレベルが一つ上がりレベルが7となっている。
レベルが7となったために派生スキルの重複強化というスキルが発生している。なので、試しに発動させてみる。
ファスタは尻尾をまた下に入れてゆっくりと後ろに逃げ出した。なので、一気に最大レベルに威圧をかけてやる。
ゴロンと転がり、腹を見せて服従の姿勢をとるファスタ。足が痙攣しているみたいみ小刻みに揺れている。
私は今までかけていたスキルを全部解除してやる。
ファスタは今までかかっていた重圧から解放されて体中の力が抜けて、だらんとなる。気絶したみたいだ。
幸いというのか下の方は特に漏れることはなかったようだ。
漏らされたら片づけるのが面倒だったからね。
ほどなくして気が付き、元のお座りの姿勢に戻る。
先ほどとは異なり、なんだか今までよりも従順になったような気がした。
なので、万理眼でファスタのことを視てみる。
すると今までなかった従属状態となっている。これで完全に支配したことになった。
ファスタは先ほどのことを謝り、私もそれを許した。
「それじゃ、私のことも分かっただろうし、今日は自由にしていてもいいよ。ただし、この家の中ならだけれど。あと、基本的に家の者のいう事は聞くことね。いいね?」
「承知した」
ファスタを私の部屋に置いて、私は一度村の中を散策することにした。
家を出て村の中を散策しながら、今後のことを考え始めた。
今の私の目標は土台固めである。今、私には何か安心して事を起こすだけの力もなければ、もしもの場合の緊急退避地というのがない。
前世の経験から安全な隠れ家的な拠点を持つことは、かなり重要なことであることが分かっている。立て直しができなければ意味がない。
なので、それをどこにするかと悩んでいた。理想としては、あまりコミュニティとしては大きくないこと。そして周りを固めて籠城しやすい環境が欲しい。
ついでに言えば協力してくれる人たちが屈強だとなおさら良い。そういう意味でいえば、この村はかなり良い。
でも、だからといって今の状態で、この村をどうこうする事は出来ない。何かいい切っ掛けがあればよいが。
そんなことを思いながら歩いていると、何やら人目に付きにくいところで何か話しているグループを見つけた。
集まっているのは男ばかりで、何か真剣な表情で打ち合わせをしているようだ。
私は隠蔽スキルを発動させ、彼らから見えにくい位置まで移動し、聞き耳を立てる。
「で、気づかれた様子はないんだな?」
「あぁ、それは大丈夫だ。人員の配置も問題ない。それでそっちの方はどうなんだ?お前さんの奥さんかなり感がいいだろう。不審に思われたりはしてはないんだよな?」
「大丈夫だ。いつも通りにしている。それで隊長、最後の協力者には話は済んだか?」
「あぁ、この後ちょうどアヤツが婆さんの家から戻る。その時に話すつもりじゃ」
「よろしく頼むぜ、長老。ダリスのやつが参加するかしないかでかなり変わるんだからよ」
どうも何か事件を起こそうとしているようだ。
驚いたことに村の長老であるミゼルまで参加しているとは。
ここにいるのが男共だけで、何か女性陣に聞かれたくない様子。
そういえば、この村では男性の方がいろいろな意味で立場が低い。
という事は、自分たちの地位向上を企んでいる様子。
ここで私はいいことを思いついた。この事案を使って村全体を自分の支配下に置くチャンスではないかと。
早速私は隠蔽スキルを切り、その集団のもとに近寄る。最初に私に気づいたのは長老のミゼルだった。
「おや?ネリアちゃんではないか。どうしたんだい?何か儂に用かのう?」
私はすぐさま懐柔スキルと交渉スキルを発動させる。
「いえ、特に何かあるというわけではないんですが、ちょっと私も協力できるとこがあればと思いましてね」
この言葉に少し男共がざわつく。話を聞かれていたことに気づいたようだ。
「いや、ネリアちゃんには関係ない話だから…」
ここまで話してきたところで、ミゼルの言葉が途切れる。ほかの男性陣も一歩後ろに下がる。
おっと気づかないうちに威圧スキルが発動したようだ。慌てて切る。
ざっと万理眼で視てみる。状態が恐慌状態になりかけている。ならばムチが少しばかり効き過ぎているようだ。ならば、次はアメだな。
「わかっているとは思いますけど、あまりこの村の女性陣のことを舐めてると足をすくわれますよ。ただ、いつも女性の尻に敷かれているのもあまり不憫。そこで私なのです」
「ね、ネリアちゃんがいればどう変わるんじゃ?」
「簡単ですよ。父上に協力を取り付けてあげます。私がやれば、私に甘い父上のことです。簡単に協力してくれます。それに私も協力してあげますし、ね」
「そ、そうか。それじゃったら…、頼もうかのう」
ちゃんと懐柔スキルによって判断力を失わせ、まるで強力な仲間になったように感じるだろう。
懐柔スキルの怖いところは相手の判断力を奪う事。これによってほとんど疑問に思うことなくこちらの話が通るのだ。気づいたときにはすでに遅い。
という事で彼らに協力するという話を取り付けた。もう一度視てみると従属状態になっていた。
このことからレベルの差が小さいほど上位者スキルが聞きやすくなるようだ。これで一つ実証ができた。
この後、彼らの教えてもらった今回の参加者のもとを訪れ、それぞれに何かしろの恩を与え支配圏を確実に増やしていく。
全員のもとを巡ったら次は一度家に戻り父を探す。
父の気配が書斎からするので向かってみる。
ちょうど書類仕事をしているようだ。開いたままのドアを叩いて中に入る。
「ん、ネリアか。どうした?何か用か?」
私は今まであったことと今回の件に参加するように要請する。
「う~ん。わかった。でも母さんと母上には言うんじゃないぞ。さすがにあの二人にばれたら危険だからな。何をされるか分かったもんじゃない」
「えぇ、大丈夫ですよ。あ、あとそれと一つ忠告を。事を起こすなら明日の朝6の刻から始めるとよいかと。それでは」
これで協力も取り付けたことできたし。実行犯を二分するとこで最初の襲撃が多分失敗する事だろうし、父の方が成功すれば彼ら失敗した方もそれなりに納得するだろう。
あとは、この件が終わった後のことを考えていない様子だし、少し手助けをしてやろう。それならば一番いいのはお婆様に協力を願えば問題ないだろう。村一番の権力者だしね。
それから私はお婆様のところに向かう前に、村の女性陣と今回の騒動に参加するとこのない男性陣のところを回り、恩を売ってこよう。
そうして、私は村の中を回り、徐々に支配圏を村全体へと広げていった。
村全体を巡り終わり、最後に再びお婆様の家の前へまで来た。
「お婆様、ネリアです。少しよろしいでしょうか?」
そう声をかけると程なくしてお婆様が出来てきた。
「どうしたんだね、ネリア?」
「いえ、ちょっと協力してもらいことがあったので、お伺いした次第です」
「わかった。それじゃ上がりな」
再び家に上がり居間に向かう。
「それにしても、協力してほしいとは何のことかね?」
「それはですね…」
こうして、手短に今起きていることを説明し、これから私が目指していることも話す。
話し終わってからお婆様は少しばかり考えてから、こう聞いてきた。
「事情は分かった。確かにそろそろ男衆も、それなりにストレスが溜まってきたことだろうからね。協力するとこには問題は無い。引き受けよう。それにしても長老ともあろうものが…。はぁ。まあ良いか。それでネリアよ。一つ訪ねたいことがある。話せるだけでよいからね」
「わかりました。それで内容は?」
「ネリアはどういった存在なんじゃ?とても5歳児とは思えん様子だし。それにいろいろ知っていたようだしね。私の予想としては転生者ではないかと思っているのじゃがね。どうかね?」
「はい、私は転生者です。正確に言えば今後召喚されるだろう勇者の転生者ですけど」
「勇者じゃと!それは真か!」
「はい。鑑定で称号を見てもらえれば分かります」
すぐさま鑑定を用いて称号を確認する。
「確かに勇者の称号を持っているね。そうか。嘘ではないようさね。確かに転生者といわれれば、今までの疑問も解消されるしね。それにしても異世界の転生者とは…。ところでもう一つ質問、良いかね?」
「大丈夫ですよ」
「そうか。それで前世はどうだったのじゃね?何か不穏なスキルがたくさんあったようだが」
「それは、この世界でいうならば、貧民街などの顔役の一家のトップの息子でした。年齢としては18歳でした」
「裏の顔役か。確かにそういわれれば腑に落ちるさね。それにしてもネリア、元男か。それで大丈夫なのかい?」
「大丈夫です。転生させたヒトがかなり優秀?でしたから」
「そうか。それらならよい」
それからいろいろと話していたら、だいぶ日が傾き始めて窓から夕陽が差し込み始めた。
「それではいろいろとお願いします。あまり責めないでやってください」
「はは。いいじゃろう。それでは気をつけて帰りな」
「はい」
こうして私はお婆様の家を後にして帰路へとつく。
さて、明日は先に戻って母上に協力をしてもらわなければ。
母上とお婆様さえいれば何とかなるだろう。
私は次の事を考えながら家へと戻ったのだった。