第55話 宮廷魔導士団の日常
それから半刻ほど過ぎた頃だっただろうか。
母が私を呼びに来た。
「ネリア。準備が整ったから、こちらにいらっしゃい」
「わかりました」
という事で隣の執務室に入ると、そこには丁度ここに来てからよく見かける服が置かれていた。
「もしかして、ここの制服ですか?」
「えぇ、そうよ。急いでサイズの合うものを選んできたの。ここにいる間は、この服で過ごして貰います。あなたは、ここの研修団員として入ってもらいますから」
「そうですか。わかりました」
そう言って制服を受け取り、もう一度、隣の部屋に移り着替えを行う。
そして着替え終われば、再び執務室へと戻る。
部屋に入った私の姿を見て、母は満足そうに頷く。
「サイズはピッタリの様ね」
「はい」
「中々、様になっているわよ」
「ありがとうございます、母上」
私は部屋に置いてあった姿見で、もう一度、自分の宮廷魔導士団の制服姿を見てみる。
魔導士といえば魔法を使うのだから、その恰好は一般的に思いつく姿といえば、魔法使いの恰好、つまりローブを纏った姿と言えるだろう。
しかし、それはあくまでもお話の中の世界である。
現実の魔導士は後方で動かずに魔法だけを放ち続けるだけの仕事では無い。
実際の魔導士といえば、絶えず動き回り、前衛などと一緒に動き支援を続けなければならない。
後ろで留まっているだけでは、前線の様子を知ることは難しくなり、適切な支援が出来なくなってしまうからである。
といっても全く動かない魔導士職もある。
魔導士といっても、その中でも色々な種類の魔導士がいる。
この世界の一般的な魔導士の形である、他の戦士職らと共に戦場を駆け巡る基本型。
後方の拠点より魔法を放ち、戦場の支援を行う拠点型。
単独や少人数で戦場を駆け巡る遊撃型。
そして、拠点や陣地などを守護する防衛型など様々居る。
といっても、やはり主な戦い方なのは小隊に所属し、戦場を駆け抜ける基本型の魔導士だ。
つまりローブなど羽織っていては動きが阻害されるローブなどは着用せず、一般的な兵士と同じような格好であることが多い。
もちろんこの国の宮廷魔導士も例にもれず、制服は兵士たちと同じような軍服である。
ただ、一般的な兵士達が着るような緑色系では無く、黒色系の服である。
これは通常の兵士と区別する為と、魔導士は何にも染まることは無く、例え何があろうとも任務を遂行しなければならないという意思を示す為である。
というわけで、そんな制服を着た姿はいつもより何割か増しでかっこよく映った。
特に、プラチナブロンド色の髪色と対を成すような黒色の制服がモノトーン調でいい感じに見える。
「それじゃ、着替えてもらった事だし、早速訓練に参加してもらいましょう」
という事で、私達は魔導士団の庁舎を離れ、王都近郊にある軍事演習場へとやって来た。
ここは王都から5時間以上も離れたところにある場所だが、行き帰りを母の転移魔法で済ませている為、ほぼ時間は経っていない。
基本的に母は万能型の魔導士である。
ただ、性格的には大規模爆発攻撃系の魔法を連発する方が好みの拠点型の魔導士である。
といっても完全に守られる側ではなく、敵が近くにやって来ようものなら、自ら拠点を飛び出してやりに行くタイプである。
「それじゃ、これから戦闘訓練を開始したいと思いますが、その前に今日から1週間程度、研修団員として参加する方がいます」
そう言って私の方を向いて、前に出てくるように促してきた。
私が前に出ると、団員達から驚きの声が漏れ聞こえてくる。
「皆、知っていると思うが、ネリア騎士爵様だ。身分的にはここに居る者達の中で一番高いだろうが、今は一介の研修団員だ。対等に付き合ってやってくれ」
母が私の事を紹介する。
それに合わせて私も挨拶をする。
「紹介に預かりました、ネリア・シャルティス・ドリュッセンです。これからよろしくお願いします。先輩方」
そう挨拶をしてお辞儀をすれば、集まった団員達から拍手をもらう。
拍手が鳴りやみ後ろに下がれば、母が今日の訓練内容について発表する。
「それでは今日の訓練内容だが、基礎、基本の他に魔力訓練を実施する。解散後すぐさま準備せよ」
『はっ!』
こうして、解散の号令と共に、団員たちがすぐさま散らばっていく。
「それじゃネリア。あなたも準備して貰いたいのだけど、必要なものは自前の魔導杖だけでいいから」
「そうなんですか?」
「えぇ、基礎訓練は単純に体力作りで、基本訓練は棒術か槍術の模擬戦になるわね。そして魔力訓練はひたすら魔力を使うだけね」
「なるほど。あくまで実戦主義という訳ですか」
「そうね」
という訳で私は、つい最近買い換えたばかりの魔導杖を取り出す。
これは最初に魔導杖を買って以来、贔屓にさせてもらっている美しき筋肉美に訪れた時である。
「これは珍しいわね?」
「ご無沙汰してます」
声を掛けてきたのは、この店の店主であるシリアーズ・ニコライト。
ニコライト子爵家の三男だが、20歳の頃に家を出奔して各地の転々としていたそうだ。
そんな旅の中で出会ったのが当時、冒険者として活動していた私の母であるネイシアだったらしい。
その時に何やら琴線に触れたのか、この魔導杖などを扱う魔導具店を始めたそうだ。
「それで今日はどんなようじなのかしらぁ?」
「そろそろ魔導杖を買い換えようかと思っていまして」
「そうなの?それじゃ、丁度いいものがあるのよ」
「どんな奴なんです?」
「それはコレね!」
そう言って丁度カウンターに置いてあった杖を差し出してきた。
とりあえず持ってみることにした。
持ってみると重さは程々の感じで、手に持った感覚は非常に良い。
「これは良いですね。これは何処の何ですか?」
「それは今あなたも使っているヘイジルック社製ね。それもまだ世に出回っていない試作型」
「へぇ~、よくそんな物、手に入りましたね」
「それは、ちょっと試験運用するにはとっておきの人が居るからって言ってね」
「そ、そうなんですか……」
まさか私が買い換えようとする事が分かっていたような言いぐさだった。
「それにしてもよくわかりましたね。私が買い替えを検討しているなんて」
「それはもちろん。見てれば分かるわよ」
「見ていたのですか?」
「えぇ、何せ王宮に魔導具を納品しているのはウチなんだからぁ。その時にね」
そうか、これは意外だった。
この見た目で、オネェときたら普通は城内には入れないように気がするのだが、そこは母のおかげらしい。
「それでどうかしら?安く譲るわよ。何なら相手方に掛け合って貴女専用にしてもいいように許可もとるけど、どうかしら?」
「う~ん、そうだなぁ……。なら、貰うかな」
「毎度あり。それじゃちょっと待っててね。許可取ってくるから」
そう言って店の奥へと引っ込んでいった。
それからは何の問題も無く、試作の杖を格安で譲り受け今に至るという訳だ。
ついでに言えば、杖自体にも色々と細工を加えている。
今のところ付与できるだけのモノは詰め込んである。
とはいえ、今ここで使うような事は無いのだが。
そうして解散してから10分程度で再び団員達が用意を済ませて集合した。
しかし、集合していたのは宮廷魔導士団だけではなかった。
それは団員達が用意をしている間に来た見慣れた集団だった。
「それではこれより近衛騎士団との基礎訓練を始める。演習場の周りを10周。準備運動完了後すぐさま開始しなさい」
という訳で、近くで実習訓練中だった第3近衛騎士団だった。
という事で、各自必要最低限の準備運動を済ませれば、魔導師団と騎士団が入り混じって、基礎訓練を開始する事となった。
ところで、この基礎訓練だがかなりきついモノである。
特に近衛騎士団は実戦と同じような装備で、山あり湿地有りの演習場の周り、1週約5キロにもわたる距離を走らなくてはならないからだ。
例え、この世界のレベルシステムの能力補助があろうとも、30キログラムもある装備を身に着けたままでのランニングは、かなりつらいものである。
だからと言って魔導士の方が楽かと言われたらそうでもない。
何せ常に騎士団よりも先に周回を終えなければならないからだ。
何せ保衛に追いつかれるイコール攻撃を受けるという意味になるからだ。
必ずしも防御用の魔法を使えるという訳ではないからだ。
その為、1人でも追いつかれるような時間で周回を終えようものなら、後で今よりもキツイ訓練を課せられてしまう。
だが、このぐらいの訓練が出来ないようでは国の最高峰の戦力としては数えられないのだ。
という事で訓練を開始したのだが、やはり世界を見ても非常に精強だと言われているだけはある。
10キロ程度では誰一人も汗をかくこともなく走り続けている。
私の場合はレベル的に197となり、もうすぐでレベルが200へと辿り着きそうなほどである為、ほぼこの訓練は軽いものでしかないが。
とまぁ、私の事は置いといて他の団員達も今のところは問題なさそうである。
しかし、順調だったのは30キロ程走った頃までだった。
そこからは徐々に表情にも険しさが混じり始め、最後の1周になるころは、かなりきつい表情で、騎士団も魔導士団も走っていた。
そしてついに魔導師団が先に全員走り終え、それに続く形で騎士団も10周を終えたのだった。
「皆、よく頑張った。それでは1刻の休憩を挟んだ後は、基本訓練を開始する。それまでには万全な状態になるように準備するように」
母のねぎらいの言葉と共に、一旦休憩へと入る。
私は殆ど疲れていないので、その間は軽く走り込みなどを槍ながら休憩時間を潰していた。
そして1刻を過ぎた頃、基本訓練へとプログラムは進む。
今回の基本訓練は1人だけで他の支援を受けられそうにない時の為の訓練である。
つまりは騎士団との模擬戦である。
形式としては1人の魔導士に3、4人の小隊との模擬戦である。
装備はそれぞれの戦闘時の装備で、武器はこれも実戦で使う正式装備での訓練である。
といってもさすがにそのまま戦うと訳ではなく、母が張った特殊な訓練用の結界の中での非殺傷用訓練である。
ただ模擬武器でやるよりは、実際の武器を使った訓練の為に緊張感は違う。
かなり重みをもった訓練だった。
訓練は順調に進み、ついに私の番が来た。
今回の私の相手は4人小隊で、誰もかも実力者ぞろいの古参の小隊であった。
それぞれ向かい合い、開始の合図を待つ。
私は出来るだけ自然態に構える。
相手の小隊は、かなり警戒心の籠った視線を投げかけてくる。
暫く無言が続き、緊張感が最大限溜まった頃だった。
「始め!」
審判役の騎士から鋭い声が響く。
それと同時に騎士達が勢いよく、私に向かって走り出した。
「ウォー!」
気合の入った雄叫びと共に、先頭の騎士があまりにも愚直に剣を振り上げて迫って来る。
その他の3人の内、先頭の後ろに居る2人は、ある程度は先頭の騎士の後ろから付いて来たが、私と先頭の騎士がお互いの武器の合間に入ろうとした時に、左右に別れて私を囲むようにしてばらける。
この訓練では魔導士側は、基本的に魔法を使用してはいけないことになっている。
しかし、それでは圧倒的に不利になるだけではなく、普通は相手方も魔導士相手なら魔法を警戒して変に無理な攻撃はしてこないので、訓練時は1人が相手をしている間は、牽制的な攻撃しかして来ないようにするのだが、どうやら私の場合は、それは無しというルールになっているようだ。
これは多分だが、あまり私の戦っている様子を見たことのない母が仕組んだものだろう。
少し驚きつつも、私は正面の騎士とは打ち合わないようにする為、大きく後ろへと身を引こうとしたが、先ほどから姿の見えない4人目が気がかりで一瞬どうするか考える。
この場合、考えられるのは後ろからの攻撃である。
特に前方に1番、対処をしなくてはならない相手がいる場合、どうしても後ろへの警戒は弱まってしまう。
その為、注意が散漫となっている後方からの攻撃が1番怖いのだ。
多分だが、この騎士達もそれが狙いなのであろう。分散した2人がなぜか逃げ道を開けるかのように、後ろや横ではなく、私の斜め方向に位置取りしているからだ。
かといって馬鹿正直に前方の騎士に対処すれば横からの攻撃を受けてしまう。
本当ならば私の場合、身体能力の差を使って強引に切り崩すことも可能だが、それでは訓練にならない。
ならばどうすれば良いか。
ここで1つの方法を思いつく。
相手が想定している状況を崩してやれば良いだけだ。
それも出来るだけ想定外な動きでだ。
「はっ!」
掛け声と共に前方へと踏み込む。
踏み込むと同時に攻撃を受け止めるために杖を使うのではなく、攻撃を繰り出すために杖を槍のように構え、前方に繰り出す。
まさかここで攻撃を選ぶのだとは思っていなかったようで、少し攻撃に隙が生じる。
その隙に体をずらし、相手の剣の軌道から逃げるように外れると、わざと攻撃せずに、相手が予定外の行動に対処するために動いた際に出来た隙間を使って包囲網を突破する。
突破すれば、一気に反転し、対応できずに居た先ほどまで前方にいた騎士に、後ろから鋭い一撃を浴びせる。
「ぐはっ」
「まず、1人」
1人対処し続け様に、流れるようにもう1人、少し近かった左側の騎士を潰す。
そうすれば今まで不利だった4対1の状況から2対1の状況に好転する。
先ほどから見えていなかった騎士は、私が3人に注視している間に3人の後方を私から見えないように遠回りして居たらしい。
そのもう一人が急いで、もう1人と私を挟むように移動してきた。
だが、そんな隙は私にとっては十分な時間になりうる。
もう一人が位置につくまでの間に、最初の3人のうちの1人に神速の突きで鳩尾を強打して打ち倒す。
そうすれば、まだ構えも十分でない中途半端な1人を打ち倒すのは、簡単な事であった。
「そこまで!」
審判によって終了の宣言が出される。
「ふぅ~」
模擬戦が終わって緊張感から解放された為、自ずとため息が出てくる。
やはり自分が思っている以上に、気持ちが高ぶっていたようだ。
とりあえず倒れている騎士を起こし、整列する。
お互いにお礼をして、今日の基本訓練は終了した。
それから訓練は小休止をしてから魔力訓練に移る。
魔力訓練はどこも同じで、適当な魔法を使い、自分の体内魔力を魔力欠乏症になる前まで出し切った後に、魔力回復を行うことによって、魔力量の強化を図る訓練である。
これはあまりにも地味な風景なので語るまでも無いだろう。
そんな感じで1日の訓練が過ぎていくのだった。
次回も訓練のお話




