第52話 成人の儀(前編)
前編です。
この国、ミドルテッシモ王国の王子付きの近衛となってから3年の月日が流れようとしていた。
私も正式に15歳となり、晴れてちゃんとした大人の仲間入りとなる日だ。
そんな日を迎えようとしていたある日のことである。
いつも通りに王子のお世話などをしながら過ごしていた日である。
私は1日の仕事を終え、自宅に着いた時であった。
屋敷に近づくと何やら門の方が騒がしい。
「何だろうか?」
「そうですね。私が先に確認してまいりますので、少々お待ちください」
「あぁ、お願い」
ミセルに屋敷の様子を見てきて貰っている間に、私の方でも簡単に覗いてみることにする。
屋敷の方に万理眼を向けてみてみると屋敷の中では、父と母の他にも多数の人間がいた。
視た感じは穏やかそうなので、変な問題にはならないだろう。
しばらくしてミセルが戻ってきた。
「どうだった?」
「はい。どうやらネリア様の成人の儀に関しての通達だったようです」
「そうなのか。という事は教会からか?」
「はい。そのようです」
この世界における教会は、基本的には管理神と呼ばれている神々を祀っている。
管理神はこの世界を管理している神々で、この世界の殆どの人々が信仰している。
そんな神々を祀っている教会だが、このミドルテッシモ王国の王都にある教会で祀っているのは生命・時空神のメルスティーである。
という事で、私の事を待っているだろうから、ここは急いで戻らなくては。
「ただいま戻りました」
そう言って皆が集まっている談話室に入る。
そこには両親と、教会の人間だと思われる白い法衣を着た人々がいた。
よくその法衣を観察すると、どうやら最高司祭自らお越しになられたようだ。
「おぉ、ネリア戻ったか。ちょうど成人の儀について話をしていたところだ。こちらに来て参加しなさい」
「はい」
父から言われたとおりに私も話に参加する。
私が座ったところで、最高司祭が立ち上がり、挨拶してきた。
「初めまして、ネリア騎士爵様。私がミドルテッシモ王都メルスティー教会、最高司祭のトリセントと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「あぁ、ネリア・シャルティス・ドリュッセンだ。こちらこそ、よろしく頼む」
お互いに挨拶を済ませると早速、本題へと入る。
「まずは今回、我々がこう参上することになりました経緯についてお話させていただきます」
「そうだな。最高司祭、御自ら訪れるという事は、何か特別な事があるでしょうから」
「そうです。今回は歴代最年少で騎士爵に任じられたネリア様であるからこそ、今回の女神への締めの祝詞をお願いしたく参上したのであります」
「女神への祝詞、ですか」
「はい」
女神への祝詞は、最高司祭が行うということになっているモノである。
それでも過去には、小さい頃から優秀であったり、偉業を成し遂げた者が、成人の儀の女神への祝詞を行ったことがあるらしい。
なので今回、過去の事例に則って私に行ってほしく、わざわざ最高司祭自ら来たという。
普段は忙しいはずの最高司祭が、貴重な時間を割いてまで訪れたのだから、ここでお断りするのも申し訳ない。
それに普段、体験することの出来ない事をやれるのだというのなら、この依頼を引き受けるのにやぶさかではない。
ただ少し不安事といえば、こういう神事を行うという事は、巡り巡ってあの人に関わるという可能性がある。
さすがに変な事はしてこないだろうが、ちょっとしたイレギュラーな事態を起こす事ぐらいしてきそうだ。
それで騒ぎになるのもアレだが、まじめな場面で変に茶化すような事はしないでああろう。
という事で、女神への祝詞の役を引き受けることにした。
「わかりました。その役目、ぜひ私にやらせていただきたい」
「おぉ!そうですか!分かりました。それではまた儀式が近づいたころに連絡させていただきます」
「わかりました」
という事で、トリセント最高司祭は笑顔で屋敷を去っていった。
それから成人の儀が行われる4ノ月までの間、私は忙しい日々を過ごすことになった。
最初は成人の儀の時に着ていくドレス選びからだった。
この成人の儀はまさしく人生において一度限りのことである。
という事は家族にとって、この日を迎える時、一番気を使うこととなる。
特に貴族では、この時の服装がだめならば、周りから笑われてしまうので、服装選びには特に時間とお金をかける。
と言っても変に派手なものは選べない。
あまりにも派手過ぎては、神事という場面のおいて不適切だからだ。
だからこそ、派手にもならず清楚で、かつ可憐なドレスを選ばなくてはいけなくなる。
豪勢でいて清楚な出で立ちという一種の矛盾した条件をクリアしなければならない為、非常に時間がかかる。
もちろん私の家であるドリュッセン家も例にもれず。母に街中へ連れ出されていた。
「ネリア。あなた、なぜそんなに無関心なのですか?」
「いえ、無関心という訳ではないのですが、さすがにこうも同じような物ばかり着せられていると、その、疲れてきまして」
「それではいけません。何せ一生に一度の晴れの日なのです。ここで後れを取るなどありえないことなのですから!」
「は、はぁ」
やけに気合が入っているというか、なんだか変に空回っているような。
多分だが、母の負けず嫌いに火が入ってしまったようだ。
これは私がちょっと上位者スキルを使ったとしても、どうにもならないだろう。
何せ一度そうと決めたら、とことんまでやらないと気が済まないたちだからだ。
これは今日1日、覚悟を決めなければならないようだ。
という事で、結局1日中街中を歩き回る羽目になってしまったのだった。
そして家に戻ったころには、動く気力さえなくなっていた。
「ネリア様。よろしいでしょうか?」
「ん?ミセルか。入っていいよ」
「失礼します」
そう言ってミセルが入ってきた。
「大丈夫ですか?」
「まぁ、何とか。体は疲れてはいないんだが、気力的に疲れた」
「そうですか。それでは食事の方は、どうなさいますか?」
「そうだな。今日は軽めのものにしてもらおう」
「わかりました。そうお伝えしておきます」
「頼んだ」
私はベッドに横たわったまま、ミセルに応える。
本当の事を言えば、そのまま寝てしまいたい気分だが、変に食べないよりも、軽くだが食事をしなければならないだろう。
なぜかといえば、帰り際に母から言われた言葉からだ。
明日は採寸をするから、ちゃんと休みなさいよ、と。
なぜならば、こういうオーダーメイドの場合、事細かく採寸をすることになるので非常に長丁場になるのだ。
その為にも最低限の体力は保持しなければならない。
だからこそ食事を抜くわけにはいかないのだ。
しばらくしてミセルが、食事が出来たと報告に来た。
「ネリア様。お食事が出来ましたけど、どうなさいますか?」
「そうだな、部屋まで持ってきて来れないか?」
「わかりました。少々お待ちください」
そう言って再び、部屋を後にした。
10分ぐらいすると、夕食をワゴンに乗せて戻ってきた。
「お持たせしました」
「ありがとう」
今夜の食事は、スープとサンドイッチのようだ。
これなら問題なく食べれそうだ。
私はベッドから起き上がり、部屋のテーブルへと移動する。
私が席につけば、すぐさまミセルが食事の準備に取り掛かる。
準備の間は、ボーっとしながら待つ。
いつもより頭の働きが弱い感じがする。
「どうぞ、お召し上がりください」
そうミセルに声をかけられて、ハッとする。
そんな様子をミセルが心配そうに見つめてくる。
「ネリア様、何かあったら遠慮無く言って下さいね。私はあなたの眷属なのですから」
「そうか、ありがとう。それじゃ、その、食べさせてもらえると、助かるかな?」
「分かりました。ネリア様のお望みのままに」
ミセルはそう言って、私の隣に座る。
それからサンドイッチを手に取ると、私に差し出してくる。
「はい。どうぞ」
「あ、あーん」
いつもこんな感じに甘えた風な、やり取りをしないせいで、今更ながら恥ずかしくなってきた。
なんというか、新婚だったりカップルがするみたいで、恥ずかしい。
多分だが、顔も赤くなっているのではないだろうか。
それでもミセルが楽しそうにしているのだから、ここは恥ずかしさなど気にせずいった方が良いだろう。
そんな感じで、ミセルと甘い時間を過ごしたおかげか、食事の終わる頃には、だいぶ気が楽になったような気がしてきた。
「ネリア様。それではお休みください」
「あぁ、食事の時はありがとう」
「いえ、私も久々にネリア様と良い時間を過ごさせてもらったので」
「そうか。それじゃお休み」
「はい。おやすみなさい」
そうして私はベッドに入ると、すぐに深い眠りへと入っていったのだった。
そして翌日の朝。
窓のカーテンから透けてくる光に促されて、目を覚ます。
そしてベッドから起き上がり、1つ伸びをする。
するとちょうどその時、ドアをノックする音がする。
「ネリア様。起きてらっしゃいますか?」
「あぁ、ちょうどいま起きたところだ」
そう答えると、ミセルが部屋に入ってきた。
「おはようございます、ネリア様」
「おはよう、ミセル」
朝の挨拶を済ませると、すぐに身支度を開始する。
ミセルに手伝ってもらいながら、たわいのない話をする
「ネリア様。疲れの方は取れたようですね」
「あぁ、すこぶる快調だ。これもミセルのおかげだよ」
「そうですか。それは、ありがとうございます」
そんな感じで朝の身支度を済ませて食堂へと向かう。
食堂ではすでに母が待っていた。
「おはようございます、母上」
「おはようネリア。どうやら問題ないようですね」
「はい。万全の調子です」
「それはよかった。それで今日は、昨日伝えておいた通り、採寸をしに行きます。準備は問題ないですか?」
「はい。問題ありません」
「そうですか。それでは朝食を取ったら出かけますよ」
「わかりました」
ということで、昨日のうちに決めた店へと向かう。
店に到着すれば、直ぐに採寸へと入る。
それから約1刻もの間、店員のされるがままになる。
基本的なサイズが終われば、次に細部の装飾などの合わせをする。
そうして細やかなところまで終えて、やっと解放された。
「お疲れさまでした。それでは3週間後までには完成させますので、それまでお待ちください。完成しましたら連絡させていただきます」
「分かりました。完成を楽しみにしてますね」
という感じのやり取りと共に、店を後にしたのだった。




