第51話 勤め人ネリアのとある休日
王子の暗殺未遂事件は、王家の反逆扱いにて終了した。
首謀者であるミラストリング侯爵家はお取り潰しとなり、侯爵本人は極刑となった。
これにより現在、王子に対しての直近の危険は無くなった。
それでも今後どんな事が起こるか分からない以上、警戒は怠らないようにしなければならない。
そんなこんなで時が過ぎ、季節は夏へと移り変わっていた。
王都は相変わらずで賑やかな様相を見せていた。
そんな中、私は久しぶりの休日を堪能することにした。
ここ連日、王子や弟の面倒を見る毎日だったので、ようやく長めの休暇を取ったのだった。
せっかく1週間もの連休だ。何か有意義な時間を過ごしたい。
とりあえず今日は久しぶりにギルドにでも顔を見せに行こうかと考えた。
つい最近は1人で居ることが少なくなってきていて、なんだか新鮮味を感じながら、ギルドの中へと入る。
ギルドは相変わらずというか、いつも通りの混沌ぶりである。
あらゆる地域からの来訪者がいるからである。
そんな中を通り抜け、コネクションボードの前へと進む。
今の時間は、割の良い依頼は無く、常設依頼や高額依頼、長年にわたり放置されている依頼や曰くつきの依頼なんかが残っている。
そんな中を見ているうちに、1つの依頼に目が留まる。
それは不良債権といわれる依頼の1つである。
「依頼内容は……。なんだ、これ?」
読んでみても依頼内容がたった一言のみであった。
“血求む!”
さっぱり意味が分からない。
何せ依頼人の名前さえ書かれていないのだから。
ただ私は何かあるような予感がした。
依頼書を剥がすと、受付まで持っていく。
「すみません。これをお願いします」
「はい。ただいま確認してまいりますので少々お待ちください」
受付に依頼書を差し出し、職員が内容の詳細を確認しに行く。
いつもより少し時間がかかって、依頼書の詳細を持ってきた。
「お持たせいたしました。こちらが詳細になります」
そう言って差し出された書類を確認する。
しかし、そこに書かれていたのは、依頼者の詳細ぐらいで、依頼内容は掲示物と全く変わらない。
「依頼内容はこれだけなのですか?」
「はい。こちらに書かれている以外はありません。一応、依頼人との面談で、依頼人の身元など等は問題ないので、よほどの不利益はないかと思われます」
「わかりました。それじゃ、これをお願いします」
「承りました。所属証を預かります」
ギルド職員に所属証を渡す。
職員は手元にある魔道具に依頼書と所属証をセットする。
チリンという音がすれば、セットした依頼書と所属証を取り出す。
「これで依頼の登録は完了いたしました。依頼完了しましたらこちらの完了書にサインを貰ってきて下さい」
そして完了書を貰い、私は早速依頼書の下へと赴くことにしたのだった。
今回の依頼書に書かれている住所に行ってみれば、そこは王都郊外にある森の奥であった。
殆ど人は立ち寄ることのない場所である。
「それにしても俗世から離れる場所に住んでいるという事は、多分お決まりのアレなのかな?67歳、女性、結婚歴なし、家族ともここ10年以上にわたり疎遠。それでいて森の奥で血を求める何かをしているという事は、アレなのか?魔女的な?まぁ、行けば分かるか」
という事で、歩いて1刻と少しで依頼人の家の前へと到着した。
依頼人の家は蔦植物に覆われ、家の周りは軽く整備されているだけで、いかにもという感じである。
何か近寄りがたい雰囲気に、少しばかり躊躇したが、ここまで来てやめるのは意味がないので、とりあえず扉をノックする。
「ギルドより依頼を受けに来た者です」
声をかけてから程なくして、中から扉の鍵を開く音がして、中から依頼人が現れる。
姿を現した依頼人は、本当に絵にかいたような魔女のような恰好だった。
黒いフード付きのローブを被り、手には自然の木の枝を加工したハンドメイド品と思われる杖を手にしていた。
杖にはマルビートルという深紅色の触媒石が取り付けられている。
「あんたが提供者かい」
提供者。なるほど確かに血を求むというのならば、確かに血の提供者である。
「そうだ」
「それにしても、まさか若いエルフが来るなんて驚いたね。まぁ、いいさ。とりあえず上がりな」
そう言って、先に中へと戻る。
私も、それに続いて依頼者宅へとお邪魔する。
中は意外と普通な感じである。
とはいえ、普段生活するところまでアレだとさすがに気が滅入るだろう。
という事は本命となる部屋は、この奥という事だろう。
とりあえず、まずは依頼人の事について詮索するよりも、詳しい依頼内容を聞くことが先決だ。
それぞれ席につき、落ち着いたところで、話を始める。
「それで、依頼の内容について詳しくお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「そうだね、簡単に言えば触媒が欲しいのさ」
「触媒ですか?」
「そうさ」
血を触媒として使うという事は、普通の魔導とは違うという事だ。
血といえば一つの生命を表すものであり、それに伴い魔術や魔法においても同じような意味を持つ。
その意味というのは贄である。
贄を必要とする物の代表例で言えば呪術である。
呪術は魔法とも魔術とも少しばかり性質が違う。
呪術はその名の通り一種の呪いである。
この呪いというものは、生き物の生命に対してにしか効力を発揮しない。
そういうモノである呪術は、術を行使する際に生命を表すものを触媒として用いらなければならない。
その為に生命を表すものとして簡単に手に入る血を使うのが一般的である。
特に血は体内の魔力循環に関わる部位のため、魔力との親和性が高いため触媒として非常に優秀なのである。
それでいて使う血の種類が違うと術の行使において差が出てくる。
特に魔力との親和性が高いエルフの血なんかは、特に質の良いものだと、プレミアムが付くほどである。
という訳で今回の依頼は呪術に関する触媒の提供をするという事だった。
「わかりました。喜んで提供しましょう」
「いいのかい?こう言っちゃなんだが、忌避とかしないんかい?」
「なぜでしょう?依頼を受けているのですから、依頼書の要望に応えなければいけないでしょう?」
「あぁ……」
何か不思議なものを見る目で見られる。
おかしいことは言っていないと思うが、まぁいい。
とりあえず、話を進めることにする。
「で、それで血の方はどのぐらい必要になりますか?」
「そうだね。これの半分ぐらいあれば十分だね」
そう言って取り出したのは、非常に小さなコップであった。
コップを依頼者から受け取ると、机の上にコップを置き、ナイフを取り出す。
ナイフで腕に切り、コップに血が落ちるように調整する。
しばらくしてコップの半分程度まで保ったのを確認すると、治癒魔法を掛け、腕の傷を治す。
「これでいいか?」
「十分だね」
「それじゃ、この完了書にサインをお願いします」
完了書を依頼者に渡し、依頼者は完了書を受け取るとサインをして私に返す。
完了書を受け取り、一度収納する。
本当ならここで依頼終了という事で変えるべきなのだが、せっかくだし、どのような使われ方をするのか見学させてもらうと考える。
「あの、少しよろしいですか?」
「何だい?」
「その血を使って何をするのか見せてもらってもいいですか?」
「ん、いいよ。こっちに来な。これから始めるから」
そして依頼者は部屋の奥にある扉を開け中に入る。
私もそれに続いて中に入ると、そこにはこれまたそれらしい部屋が広がっていた。
そして部屋の中心には、今回の血の利用先があった。
「召喚術」
「へぇ。あんた、これが分かるんかい」
「まぁ、一応。知識としてだけど」
「ふ~ん、そうなのかい。それじゃ、始めるよ」
そう言って血の入ったコップを魔法陣の中心に置く。
そして魔法陣に手を添え、魔力を流す。
すると魔法陣が淡く光り、それに伴い中心に置かれたコップの中の血も赤く光りだす。
「我、声を聞きし悪魔よ!我求めに応じ、今ここに姿を現し給え!」
祝詞を唱えれば、魔法陣が強く光りだし、部屋を光で染め上げる。
そして光が収まると、そこには普通の生き物とは違う昏い魔力を纏った男が立っていた。
「おぉ!」
依頼者が感嘆の声を上げる。
現れた男はあたりを見回し、召喚者となる依頼者を見つけると口を開く。
「ふむ、汝が吾輩を呼び出した召喚者であるか。上質な魔力だと思っていたが汝は違うようだな」
そこまで言ってから、ここで私の存在に気づく。
とりあえず今は、隠蔽や偽装スキルなどでわざと誤魔化している。
それの方が余計な事にはならないだろうと思ったからだ。
どうやら悪魔とやらは魔力に敏感のようで、召喚に使われた魔力が私のモノだと気づかれたら、ややこしい事になるからだ。
今のところはうまく誤魔化せているようで安心だ。
「まぁ、良いか。この際誰の魔力だとか関係はあるまい。それより召喚者よ、汝の望み何であるか?下らぬ望みは言ってくれるなよ?」
ここまでなんというか定番みたいな感じである。
この世界の悪魔も、あちら側の世界の悪魔の印象と同じようだ。
というよりも、この世界の悪魔というもの自体が、あの人の創造物かもしれないが。
こういうお約束事を如何にも取り入れそうな人だからな。
そんな事を考えていると、依頼者の様子がおかしい。
何やら焦っている様子。
先ほどから何やらボソボソとつぶやいてるだけで、一向に悪魔に対して返答できないでいる。
どうやら、こうもあっさりに召喚に成功しただけではなく、低級の悪魔では無い、どう見ても上位の悪魔を召喚してしまって、全く用意が出来ていなかったようだ。
確かに下級程度ならちょっとした贄程度で済むだろうが、どう見たって、人ひとりの命を簡単に要求してきそうな感じである。
このままでは少し不味いかもしれない。
悪魔は未だにまごまごしている召喚者にイラつきを隠せないでいる。
「まさか汝、何も考えずに吾輩を呼び出したのではあるまいな?」
このままでは最悪、依頼者の命にもかかわってきそうなので、今まで使っていたスキルを止める。
すると悪魔は驚いた様子で、こちらを見てきた。
それから何やらあわあわと焦り始める。
その様子をみていて、何かピンっと来るものがあった。
これは何か使えるかもしれない。
こういう反応を見せるという事は、何か私に関係するもので、あの悪魔にとって不都合なことがあったのかもしれない。
という事は、これを逆手にとって良い“お話”材料になるかもしれない。
そう思い一歩近づいたところ、悪魔の方が驚きの行動を起こす。
いきなり、それは華麗な土下座を決めてきたからである。
「どうか、ご勘弁を!」
ここまでの反応を見せるという事は十中八九、あの人が原因だろう。
あの人は面白半分で人の人生を狂わせそうな感じがするからだ。
それから聞いてもいないのに今まであった酷い目を上げてゆく。
あぁ、これは私が何もしなくても勝手に相手から下ってきそうな感じである。
このままでは何もしていないのに変な罪悪感が湧いてきてしまいそうだ。
とりあえず、悪魔を止めることにする。
「あぁ、分かった。分かったから。何もしないから、ね。だから一旦落ち着こうか」
声をかけると共に妖艶なる女王の称号の効果も上乗せしておく。
そうすれば、やっと土下座をやめた。
「え~と、何だろうな?とりあえず、ちょっと良いかな?」
「はい!なんでもお申し付けください!」
完全にさっきとは別人である。
悪魔の威厳とか、そういうモノを一切感じられない。
何だか可哀そうだが、この機会を逃すと悪魔との関わりを持てなくなりそうなので、一気に畳みかける。
「そう。だったら、これはお願いだけどいいかな?」
「問題ありません」
「それじゃ、彼女と契約をしてね。ただし、対価については私が出すから、いいよね?」
「はい!」
「そう、それじゃ契約成立ね」
という感じに話を付ける。
こうすれば、私と関係と続けられるし、依頼者も悪魔と安全に契約できると、まさに一石二鳥な解決方法である。
まぁ、その代償に私が契約の対価を支払うことになるが、そこはいくらでもやり様はあるので問題ない。
という事で、契約が済んだ悪魔は、そのまま依頼者と一緒に暮らすこととなったのだった。
それから私は、完了書と共にギルドへと向かった。
ギルドに着くと、完了の報告を済ませて報酬を受け取る。
「はい。こちらが完了の証書と報酬になります」
「ありがとう」
「またのお越しをお待ちしております」
私は全てを終えて、ギルドを後にする。
こうして、かなり濃い1日が終わりを告げたのだった。




