第50話 語られることのない話
記念すべき50話目です。
内容はあれですが
気が付いたときには目隠しをされ、手足はきつく荒縄で縛られていた。
何とかしようと藻掻こうとしても、座らせられている椅子は全く動かせない。
それでもどうにかして現状を掴もうとしてみるが、伝わってくるのは、どこかの室内という事だけであった。
そんな状況は、意外にもすぐに終わりを告げた。
「ほ~ぉ、目が覚めたか」
その声は非常に若い女の声、もっと言えば少女の声である。
だが、縛られ拘束されている男には聞き覚えのある声であった。
「こんぉー!ぬぉーおこぁ!」
叫ぶが口を塞がれて上手くしゃべれない。
そんな様子を見ているだろう少女は、静かな声で指示を出す。
「どうやら何か言いたいことがたくさんあるようだ。ゼルファスト、拘束を外してやれ」
「すべてでございますか?」
「あぁ、問題ない。どうせ何もできはしない」
「わかりました。ではそのように」
ここで新たな声が加わる。
それは今まで感じることのできなかった存在だった。
声を発するまでいたのかどうかさえ分からなかった。
ゼルファストと呼ばれた男がこちらに近づいてくる。
そして男の後ろに回ると、今まで拘束されていた荒縄を解き始める。
しばらくして全ての拘束を解かれた男は、すぐにこの場をどう切り抜けようかと思案し始める。
だがしかし、薄暗い室内のせいで周りが良く見えない。
そのせいで、隙をついて逃げることができなかった。
なので、男はどうにかしてネリアから話の主導権を握るかに考えをシフトする。
今いるのは現状ではネリアと、その連れらしきゼルファストと呼ばれる男の2人。
それに対して男の方は自分1人だけ。
それに最悪なのは、男の方にはネリア達に対する切り札というべきカードがほとんどないという事だ。
それでも男は何とかして、この現状を切り抜けるために数少ない話題を振り絞ろうとしていた。
そしてそのまま妙な腹の探り合いのような様子に誰一人話そうとしない。
そんな中、最初に話始めたのはネリアの方からだった。
「このままでもいいが、せっかく私の方からご招待したのだ。こちらから話始めようじゃないか」
「……」
「そうだね。最初になぜ私があなたをご招待したのかから始めようじゃないか。そう思うだろう、ミラストリング侯爵様?」
「ぬぅ」
ミラストリング侯爵と呼ばれた男は、ネリアの底知れぬ瞳に見つめられ何も返せないでいた。
それどころか、その瞳に見続けられているうちに、今まで何かないかと考えていたのに、今ではどうでもよくなってきてしまった。
それでも何とか、よくまわらなくなり始めた頭で現状打破の方法を模索する。
そんな様子を見ながら、ネリアはさらに話を続ける。
「それでだ。今回はこんな強引にご招待したのには深い訳があるのだが、知略に優れていると言われている侯爵様のことだ、もちろん分かっていらっしゃるのだろう?」
そして試すような笑みを浮かべながら、ネリアはミラストリング侯爵が答えるのを待つ。
ミラストリング侯爵は、どうにかして言葉を紡ぎだす。
「い、いや……、わからぬな。わしには何のことやら……」
「ふ~ん、そう。わからないかぁ。それは残念。それじゃ仕方がない。あくまでもだんまりを決め込むのなら、こちらとしては別の方法を取るしかないな」
そう言って今まで座っていた椅子から立ち上がると部屋の奥へと歩いていく。
訝しげにその様子を見ていたミラストリング侯爵は、ネリアが歩く先に扉があることに気が付いた。
そしてネリアが扉の前まで近づくと、扉がライトアップされる。
ミラストリング侯爵は、その扉に文字の書かれたプレートが張り付けられているのを見つける。
そして、そのプレートの文字を読んで不思議そうに呟く。
「特別談話室?」
「そう。特別談話室。どうしてもあなたが私とお話をしてくれないものだから、あなたがどうしてもお話をしたくなるようにするためにね」
そう言って扉を静かに開く。
そうすれば、特別談話室の方から嗅いだことのない匂いが漂ってくる。
「さぁ、どうぞ。こちらの方へ」
そう言ってミラストリング侯爵を部屋に入るように促す。
ここでミラストリング侯爵は、非常に嫌な予感を感じていた。
それは今までの経験からくる警告だった。
しかし心の中では分かっていても、なぜか体がいう事を聞いてくれない。
ネリアの促すままに部屋へと一歩ずつ近づいていく。
そして扉まで後少しのところで、何とか足を止めることに成功する。
するとネリアは、少しばかり意外そうな様子でミラストリング侯爵を見るが、すぐに表情をいつも通りにしてしまう。
「どうしたのですか?お部屋までは、あと少しですよ?」
「あ……、あぁ、そう、だな。あと少しだな」
少しばかり戸惑いながらも、結局ネリアに言われるがままに部屋の中へと入っていった。
ミラストリング侯爵が部屋に入ると、ネリア達もそれに続く中へと入る。
中にはスポットライトによって照らし出されている、やたら重厚な作りの武骨な金属製の椅子が1脚のみがあるだけだった。
ミラストリング侯爵は何の疑問を抱くことなくその椅子へと座るのだった。
すると座った途端に手足が強制的に拘束される。
ここにきて今まで曖昧だった自意識が覚醒する。
「なっ!なんだ、これは!」
驚き暴れだそうとするが拘束はびくともしない。
そんな様子をネリアは、まるで困った奴を見るような様子で見ている。
「何を驚いていらっしゃるのですか?あなた自身が私と真剣にお話し合いをしたいと言うからご案内したのに」
「誰が!誰が好き好んで、こんな状態になりたいと思うのかね!」
「ふむ、お気に召しませんでしたか?」
「当たり前であろう!これではまるで拷問をされるかのようではないか!」
憤慨した様子であったミラストリング侯爵だったが、ネリアの次の発言によって凍り付くことになる。
「何をおっしゃっているのやら。何処をどう見たらそのような言葉が出てくるのやら。いいですか、ここにあるのは全て単なるコミュニケーションツールですよ。まぁ、お話をしてくれない口の代わりに別の箇所用ですけどね」
そう、ここでようやくミラストリング伯爵は気づいたのである。
ある時を境に他の自分のような貴族が一切、ネリア・シャルティス・ドリュッセンに対してちょっかいをかけなくなったのかを。
あまりにも遅い気付きであった。
「おかしい、何なのだ!?貴様は!く、狂っている!」
「全く失礼ですね。この私に対して狂っているなんて。あまりにも心外です」
「……」
完全に言葉を失ってしまったミラストリング侯爵だった。
そんな侯爵を尻目にネリアは次の話へと移る。
「で、これから口以外に素直にお話合いをしてくれる場所はどこですかね、侯爵様?」
そう言って指を鳴らす。
すると一気に部屋の明かりが灯される。
突然のことで一瞬だけ目を瞑るが、次に目を開けたときに飛び込んできたのは、ずらりと並べられた見たこともない器具であった。
その器具に見受けられる共通の特徴は、すべて何かしらの液体によって汚れているという点であろう。
そしてここでミラストリング侯爵は気づいたのであった。
すでに自分に一切の自由なので有りはしないという事に。
そして告げられるのは絶望の言葉であった。
「それではお話合いを始めましょうか」
そして何刻が過ぎた頃であっただろうか。
特別談話室から出てきたミラストリング侯爵は、ものすごくやつれていたのだった。
「お、終わったのか……」
そこには生気の欠片さえ見るとこは出来なかった。
「えぇ、すべて終わりです。すべてがね」
そう言ってミラストリング侯爵の後から出てきたのは、妙に肌をツヤツヤにしたネリアだった。
「とても有意義な時間を過ごせました。あとは追って沙汰をお待ちになられますように」
そう言ってネリアは、ミラストリング侯爵を転移魔法にて彼の屋敷へと送るのだった。
それから翌日になり、王都は非常に騒がしいことになっていた。
町のあちらこちらには、普段見かけることの少ない王国の近衛騎士団の姿だった。
近衛騎士がたくさん街中で目撃されるという事は、とある事を象徴していた。
それは貴族にて何かしらの事件が発生したという事である。
もちろん今回の騒動の中心はミラストリング侯爵である。
ミラストリング侯爵邸の周りには幾人もの近衛騎士達が、ネズミ1匹さえ逃がさない様相で囲んでいた。
それからほどなくして、隊長と思われる男性が、屋敷の門の前へと進みで出る。
「ミラストリング侯爵!あなたには殺人容疑にて嫌疑がかけられている!大人しく我々に同行してもらおう!もし抵抗するというのならば、多少の被害は覚悟せよ!」
そう宣言すれば、門が門番によって開かれる。
基本的に近衛騎士は非常に高い権限が与えられている為、門番たちは基本的に逆らうことが出来ないのだった。
そうして門が開かれると同時に、一気に屋敷の敷地へと騎士団が流れ込む。
そして騎士団がミラストリング侯爵邸に踏み込んでから約1刻程過ぎた頃、容疑者である公爵を連れて出てきた。
侯爵は一切の抵抗することもなく、騎士団によって王城へと連行されるのであった。
ミラストリング侯爵が逮捕されてから1週間ほど過ぎた頃、国王からとあるお達しが、出されることになった。
それはミラストリング侯爵家お取りつぶしであった。
理由としては王家の反逆と発表された。
ただし罪は、侯爵1人とされ、そのほかの家族や一族は一度、爵位の剥奪だけに留められた。
これは今回の企てを起こしたのは侯爵の単独犯であったこと。
それと、侯爵家の者たちが自主的に爵位の返還を申し出たことにより、その他の者に反逆の意志なしとされたことが大きかった。
こうして事件は異例の速さで終了することとなった。
そして、それと同じくして貴族間にとある不文律が浸透することとなる。
それは全て、とある1人の人物に関してのことであった。
そして、これは一切表に出ることのない話である。
とある男は必死に王都を逃げていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ。何なのだ、一体!なぜこの俺がこんな目にっ!」
追われ続ける事すでに1刻半であった。
何とかやっとの思いで姿の見えない追跡者を振り切り、とある路地裏で息を整えていた。
「これで、何とか巻いたかぁ、はぁー」
そうして一服しようとして胸元へと目を向けると、そこには血の付いた切っ先が生えていた。
「なっ!なにが!かはっ!」
そして男はそのまま崩れ落ちる。
そんな男が最後に見たのは、暗闇の中に光る金色の瞳であった。
「ふぅ。勘は鈍っていなかったようですね。これでネリア様に頼まれていたお掃除は終了ですね。ファスタ、あとの始末はいつも通りに。私は先にネリア様にご報告してまいります」
「わかった。また後で、ミセル」
こうして全ては闇の中へと消え去るのだった。




