第48話 新たなる生命の誕生
今回から第3章の始まりです。
つい最近、目立つようになった光景がある。
それは両親が、いつにもましてピンク色の雰囲気を振りまいている事だ。
そんな状態が続き、そろそろ何かあるんじゃないかと思っていた時である。
それは5ノ月の半ば、春風が穏やかに吹く、良く晴れた日である。
今日は珍しく、地元であるシャルティス村の屋敷へと戻っていた。
理由は実に簡単な事である。
毎日毎日、夜になると色々とお盛んな声が響いていた結果が今日、生まれるのだ。
今、この屋敷には助産師としてお婆様がいらっしゃっている。
ただ、お婆様曰くこんなに早く出来るなんて思っていなかったと言っていたのが気になる。
普通、エルフは長命な種族が故、妊娠率が低い傾向にある。
普通なら短くても二十数年は妊娠しないんだとか。
どうやら私が発していた気に充てられたようだ。
何せお盛んになったのが、あの事件以来だからだ。
とはいえ、両親もこうなることを望んでいたようなので、良かったのだろう。
「旦那様、生まれましたよ!男の子です!」
今まで激戦が行われていた部屋から、今回の出産の手伝いをしていたダジエイルだ。
いつも淑女然とした佇まいの彼女にしては珍しく、興奮冷めやらぬ様子である。
「おぉ!男の子か!」
「はい、旦那様!」
今まで部屋の前で、ずっと落ち着かない様子で扉の付近をうろうろしていた父が、嬉しそうに小躍りを始める。
ここまで浮かれている父を見るのは初めてで、驚いてしまった。
「旦那様。ネリア様が驚いてらっしゃいます」
「おっと、コホン!」
わざとらしく咳払いをしてから、父は医務室へと入る。
私も父に続いて部屋の中へと入る。
ベッドには母が、生まれたばかりの赤子を抱いていた。
赤子は、静かに眠っているようなので、静かに近づいていく。
ベッドそばまで近づくと、赤子の顔がはっきりと見えてくる。
「……可愛い」
知らず知らずに、そんな言葉が口から洩れていた。
そんな様子をみていた母が、クスッと笑いながら抱いてみると聞いてきた。
私は黙って頷く。
「それじゃ、落とさないようにね」
そう言って、私に渡してきた。
私は起こさないように慎重に抱きかかえる。
すると動かされたのに気づいて赤子が目を覚ます。
そして私の方を不思議そうな表情で見つめてきた。
ここで私はある事を思い出す。そういえば、スキルの調整するのをすっかり忘れていたな、と。
ヤな予感がしたので万理眼で覗けば、やはり父と同じような状態になっていた。
というよりも、まだはっきりとした自意識に目覚めていなくても、上位者スキルが発動してしまうのだなと思ってしまった。
今後、役に立つかどうかわからないが、とりあえず新たな事実を確認出来た。
それにしても私に弟が出来たのか。
前世での弟といえば、実弟ではなく舎弟しかいなかったので、こうなんか血の繋がった弟というのは、なんだかとても良いものである。
そんな気持ちに浸っていると後ろから父に声をかけられる。
「そろそろ私にもいいかね?」
私の後ろから父がソワソワした様子で話しかけてきた。
ハッとしてすぐさま振り向く
「どうぞ」
そう言って父に赤子を渡す。
ここでふと思った。そういえば、まだ名前を聞いていなかった。
「父上、そういえば名前は何というのですか?」
「あぁ、そうだったな。もちろん、すでに決めてあるぞ」
「名前は、シュルクエードよ」
「シュルクエード。いい名前だね」
赤子改めシュルクエードは、かなり大人しい子みたいだ。
不用意な泣き声をあげていない。
もしかしたら私が近くにいるせいかもしれないが。
ということで新しい生命の誕生に沸く室内にドアをノックする音がする。
「ご歓談中に失礼します。ドリュッセン伯爵様に緊急の連絡が入ってきました」
そう言って慌てた様子で王都との連絡役が入ってきた。
「緊急の連絡だと?」
「はい。今すぐに王城へと参られよとの事」
「わかった。今すぐ戻ろう。すまないが私は王都に戻らなくてはいけなくなった」
「えぇ、わかりました。こちらは問題ないので気にせず行って下さい」
「すまないな。ネリアもシュルクエードと母のことはよろしく頼むよ」
「わかりました」
ということで父は王城へと向かうべく、王都へと転移していった。
それから翌日になって父が、少し疲れた様子で戻ってきた。
「どのような用事でしたの?」
「あぁ。そのことなんだが、ちょっと大変なことになったので、一度食堂に集まってくれ」
「わかりましたわ」
「あと、ネリアも参加していてくれ。王家に関わることだからな」
「わかりました」
それだけ伝えると、自身の書斎へと向かっていった。
母は、いちど抱いていたシュルクエードをダジエイルに預けると、私と共に食堂の方に向かう。
しばらく食堂の方で待っていると、父が戻ってきた。
「遅くなった」
そう言いながら、食堂の扉を閉める。
それから席に着くと、おもむろに話を始める。
「王都に呼び出された理由は、国王夫妻に遂に第一子が生まれたんだ。それも男の子だそうだ」
「まぁ!それは喜ばしいことですわね」
「あぁ、なかなか子宝に恵まれていなかったからな。それも王子だ。これで一応は後継者問題もひと段落するだろう」
それから今日にいたるまでの事について説明されたが、まとめると、父は王都に王子誕生に伴う色々な仕事を今日まで寝ずにやっていたという事だ。
「ここまでは問題ないな。よし、それでなんだが、国王陛下からの直々の依頼がネリアにあった」
「それはどのようなことでしょう?」
「簡単に言うのならば、王子の護衛役だな。もっと正確に言うのならば、子守というヤツだ」
「子守ですか?」
「あぁ、できればシュルクエードも一緒に見てくれると嬉しいのだが」
どうやら国王陛下は弟と王子を懇意にしたいようだ。
それだけ我ドリュッセン家が王家から信頼されているという事だろう。
それにこれは今後、私の計画においてもいい事かもしれない。
王子の護衛となれば、それだけ私の意見を汲み取って貰えるかもしれないからだ。
それに何時かになるかわからないが、勇者召喚の儀が王子が王になってから行われるのならば、かなりの利点になるだろう。
何せ幼い頃からの護衛であれば、王子にとって非常に重要な家臣であるのだから。
「わかりました。その話、お受けします。それに私は王家の騎士ですから、受けるのは当然の事でしょうし」
「そうか。わかった。そのことについて私から陛下に報告しておこう」
「お願いします」
とここでいったん休憩となった。
お茶で一服した後、父からこれからのことについて聞かれた。
「そういえば、ネリアよ」
「何でしょうか?」
「学院の方はどんな感じなのだ?これから王子の護衛役をやるうえで聞いておきたくてな」
「そうでしたか。学院の方は問題ありません」
「というと?」
「実は学院の卒業認定はすでに戴いているので」
「そ、そうなのか。ならこちらに専念できるというわけだな」
「そうなりますね」
「わかった。でも何かある時は遠慮せずに言ってくれて構わないからな」
「わかりました」
それから数日が経った。
シャルティス村の慣習では本当ならば、赤子が生まれてから約1年は生まれ故郷で過ごすことになっているのだが、今回は国王からの命令もあるので、1週間程で王都へと戻ってきたのだ。
すぐに父と私は王都に戻り次第、王城へ登城したのだった。
王城につき次第、私達は国王陛下の執務室へと向かった。
「陛下。ダリア・シャルティス・ドリュッセンとネリア・シャルティス・ドリュッセン、ただいま到着いたしました」
「入れ」
そう声がかけられると、扉が開かれる。
一礼してから執務室の中に入ると、国王陛下であるヨハンス・ミドルテッシモ・ジュルダースと王妃であるバルトリザル・ミドルテッシモ・ジュルダースが待っていた。
そしてバルトリザル王妃の腕には、生まれたばかりの王子であるミハイリバル・ミドルテッシモ・ジュルダース王子が抱かれていた。
「よく参った2人よ」
『はい』
「それでこれから紹介するのが、我らが待ちに待った子であるミハイリバルだ。そうだな、これから長い間一緒にいるのだからネリアよ、1度我が子を抱いてみてはどうだろうか?」
「良いのですか?」
「もちろんだ。それに何かとこれから抱く機会もあるだろうしな。一種の練習とでも思ってくれて構わぬ」
「そうですか。それでは失礼します」
そう言って王妃から王子を受け取る。
これで赤子を抱くのは2度目であるが、それでも何か私の中で大きくなってくる感情があった。
なんだかとても暖かな気持ちである。
もしかしてこれが母性本能というものなのだろうか?
よくは分からないが、とても気持ちいいことである事だけは分かる。
そんな気持ちになりつつ、しばらく抱かせてもらってから、再び王妃に王子を返す。
「これで顔見せは終わったな。それではこれから詳しいことを決めていきたい。バルもう戻って大丈夫だぞ」
「それではこれで。ネリアもこれからよろしくお願いしますね」
「はい。お任せください」
ここで王妃は部屋を出ていった。
王妃が退室してからは、これからの予定を3人で煮詰めていく。
基本的には毎日、両親の出勤と共に王城へと向かい、ミハイリバル王子と弟のシュルクエードの面倒を一緒に見ることになった。
もちろん私の用事は優先してもいいという事でだ。
そして護衛の期限だが、それは王子が12歳を迎える頃までとなった。
12歳を迎えるころになれば、私が護衛の任を受けるよりは、次期国王として父の護衛を受けた方が良いだろうという事である。
といっても12歳を過ぎても私は専属護衛から離れるだけなので、もし王子が継続して私に護衛の任を与えるのなら、話は別であるが。
そんなこんなで色々な決まり事などを決め、今日はお開きとなった。
実際の護衛を開始するのは、翌週からとなった。
私は王城からの帰り道の間、これからの事を考えながら、自宅へと戻ったのである。




